激突! バッタ男vs白虎将軍
― 人間国国都・南門外部 ―
「くそっ、くそっ、くそう! 何で勇者を殺したのに、説教をされねばならんのだ!」
白虎将軍は憤慨していた。
勇者を倒し意気揚々と凱旋したはずの白虎将軍を待っていたのは、まさかの首領からの叱責だったのである。
…………
『お前なぁ……テッポウマンドラの能力を見た兵士を生かしておくとか、何考えているんだ? 目撃したやつを生かしておいたら次から対策を立てられちまうだろーが――ったく、そのためにお前を一緒に行かせたのに』
『あーあ、次は絶対対策立てられちまうよなー、これでテッポウマンドラは一発屋になっちまったなー』
『だいたいお前、勇者を倒したとか自慢げな報告してるけどさ、実際に倒したのはテッポウマンドラだろ』
『具合が悪くなって混乱したとか、そんなもん言い訳になるとでも? テッポウマンドラが叫ぶ時は、渡した耳栓をして10m以上離れとけって言っておいたよな――言・っ・て・お・い・た・よ・な』
…………
思い出したらまたイライラしてきた。
「首領だからって、ねちねちねちねち偉そうに説教しやがって! こっちは命がけで仕事してきたんだっつーのに、ふざけんな!」
確かに事前に『テッポウマンドラの能力を知られた、と思われる者は始末しろ』とは言われた。
『テッポウマンドラが叫び声を発する時は、耳栓をして10m以上離れろ』とも言われた。
だけど、あの戦ってる状況でそこまでやってる余裕なんかあるか!
頭が混乱しちまったんだから、そんな命令どっかに飛んじまったよ!
ふと視線を上げると、人間国の国都の防壁が見えた。
「ふん、ここが人間国の国都か――待ってろ人間ども、お前らでウサ晴らしだ」
勝手に人間と戦ったり殺したりすることは禁止されているが、そんなもの知ったことか!
首領への当てつけ込みで、暴れまくってやる!
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 国都・南門付近 ―
「ふ~ん♪ ふ~ん♪ ふ~ん♪ 天ぷらー、てんぷ~ら~♪」
俺の横をスキップしている、10歳くらいの人間の女の子の正体――実はタッキである。
今までの蟻×キツネ獣人に加えて人間の女の子を交配し、人間に変身できるようになったタッキと、今日は新しくできた組織の天ぷら屋の視察の予定なのである。
「あ、あっちの屋台も美味しそうだよ! しゅりょー……じゃなくてリョーキチ!」
「勝手にちょろちょろ動き回るんじゃねーよ――つーかお前、もう俺に敬語使う気とか、絶対無いだろ?」
人間形体になって人間国内を自由にうろつけるようになったので、タッキのやつがあちこち興味のあるところに、いちいち引っかかってなかなか目的地に到着しない。
「こんなちっちゃな子供が大人に敬語使ってたら、他人だと言ってるようなものだよ。 小さな女の子が赤の他人のおじさんと歩いてたら、通報案件だと思うんだけど――リョーキチはそれでもいいと?」
言われてみれば――というか、小さな女の子とおじさんって、こっちの世界でも通報案件なんだね。
「むう……それなら仕方ないのか――ほら、もう到着するからウロチョロすんな」
組織の天ぷら屋がすぐそこに見えるようになった。
派手な建物では無いが、居心地の良さげな2階建ての建物である。
建物からは香ばしい油のかおりが漂ってきている。
「ほら、早く入ろうリョーキチ」
「袖引っ張るんじゃねーよ――天ぷらの香りに釣られやがって、この食いしん坊キャラめが」
ここまであちこちの店に引っかかってたくせに、天ぷらの香りを鼻にしたとたんこれだ。
店の暖簾をくぐると、昼過ぎだと言うのにほぼ満席の店内が見える。
「こんちはー、上の部屋空いてる?」
もうタッキは人間の姿になっているので、そこらの席でも別に良いのだが、念のため2階にある個室の部屋で食べるつもりだ。
「あ……はい、どうぞこちらへ」
目ざとく俺を見つけた組織の諜報員を兼ねた従業員が、すぐに2階へと続く階段へ案内してくれた。
組織の人員御用達の、盗聴等の諜報活動を防ぐ構造になっている部屋だ。
海鮮天丼を2つ注文してから、窓を開けて国都の景色を楽しむ。
「この辺も2階建ての建物が増えてきたよなー」
最近、人間国の主導で国都に人が集められている。
奴隷人口が減ってきているせいで、国都が人手不足になっているらしい。
人口が増えた分、住居が不足してきているのだが、防壁に囲まれた土地には限りがあるので建物を2階建てにして、住居を増やしている。
これが国都で2階建ての建物が増えてきている理由だ。
増えている人間は、当然国都以外の場所から連れて来ている。
引き抜かれて労働人口が減った地域は、きっと困っていることだろう。
中央のために平気で地方を犠牲にするというのは、どこの世界でも同じらしい。
「お腹空いて死にそうだコンよー、さっきから美味しそうな臭いばっかしで食べれないから、もう生殺しだコンよ」
タッキはいつの間にかキツネ獣人に戻っている。
「せっかく人間に化けられるようにしたんだから、人間の姿になっとけよ。どこに人の目や耳があるか分からないんだからさ」
だいたい部屋に入った人間の女の子が、いつの間にかキツネ獣人になってたら不自然過ぎるだろーが。
「こっちの体のほうが、たくさん食べられるんだコン」
それが理由かよ。
「言っておくが、今日は天丼1杯ずつしか食わねーぞ」
「鬼だコン! 悪魔だコン!」
「残念だが、俺はカブトムシ男だ」
そんないつものどうでもいい会話をしていると、何やら外が騒がしくなってきた。
「ずいぶん騒々しいけど、何の騒ぎだ?」
ひょいと窓から顔出したら、なんか午前中に見た顔がそこにあった。
白虎将軍――カマキリオーガが、何か知らんが暴れていたのである。
「何であいつがこんなとこで暴れてるんだ?」
「知らないコンよ。あー、早く天丼来ないかなーだコン」
タッキに聞いても意味が無さそうなので、とりあえず様子を見ておくとしようか。
「ふははははカマ! ほらほら、早く逃げないとバラバラにしちまうぞカマ!」
カマキリオーガが嬉しそうに、人間たちを切り刻んでいる。
改人の出現に慣れていない南門付近の住人は、パニックになって上手く逃げられていないようだ。
「あの首領のクソ野郎めカマ!」
そう叫びながら、カマキリオーガがザクッと人間を切り刻む。
なんですと!?
首領って俺のことだよね……。
「ねちねちねちねち、説教がしつこいんだカマよ!」
またカマキリオーガに人間が切り刻まれた。
あー、あれな――すまん、それは自覚ある。
なんかついイラッとしちゃったもんでさ、ついつい愚痴と八つ当たりを兼ねて説教を……。
テッポウマンドラの即死の叫びは、何回か使い回しする予定だったからさ。
いや、反省はしてるんだよ?
嫌味な上司やっちゃったなー、とかさ。
無茶振りな仕事、丸投げしてるなー、とかさ。
けっこう平気で部下殺しちゃってるなー、とかさ。
なんかそう考えちゃうと、元日本人としてはどうなの的な感じになるわけだが……。
ま、今更だよねー。
ほら、嫌味な上司も、無茶振りな仕事丸投げする上司も、部下を平気で過労死に追い込む上司も現代日本にはたくさんいるんだから、現代日本人としてはセーフだよね?
考えちゃうと、若干の自己嫌悪は無くも無いが。
考えちゃ駄目だ、考えちゃ駄目だ、考えちゃ駄目だ……。
考えちゃ駄目よ! リョーキチくん! ヒトに戻れなくなるわ!
あ、俺もうカブトムシ男だから、手遅れか。
などとアホなことを考えていると……。
「こっちは命がけで戦ってきたってのに、留守番してただけのお前が説教すんじゃねーカマよ!」
カマキリオーガがまたザクッと人間を……。
留守番してただけとか、失敬な――俺だって金策とかしてたんだぞ。
あの説教はやり過ぎだったかもしれんが、そもそもお前のミスが原因なんだからな。
「確かに勇者を倒したのはテッポウマンドラかもしれんカマ――だけどよ、指揮したのは俺なんだから俺の手柄でいいじゃねーかカマ!」
もう1人、人間が――小さな女の子が、カマキリオーガの爪の犠牲になろうとしたその時である……。
若干かすれ気味の、口笛の音が辺りに響いてきた。
このメロディーは……。
「誰だ、下手くそな口笛なんて吹きやがってカマ! 姿を見せろだカマ!」
うむ、確かに下手くそかもしれんが、そこには触れてやるな……。
「とう!」
今回は宿屋の2階にいたそいつが、掛け声とともにカマキリオーガの目の前に飛び降りた。
そして、切り刻まれる寸前だった女の子を抱え……。
「とう!」
と、後方へと飛びのいた。
「さぁ、早く逃げるんだ」
「うん! ありがとう!」
女の子が走り去るのを確認し、その怪物の姿をした男はカマキリオーガへと向き直る。
「何者だ貴様カマ! 邪魔をするなカマ!」
白虎将軍――カマキリオーガが、人間虐殺の邪魔された怒りを露わに叫ぶ。
女の子を助けた男が言う。
「何の因果か異世界に、流れ着いたが俺の運命、軍や国には義理など無いが、人の情には恩がある――街の人々を傷つけるやつは、この俺がゆるさん! 俺の名はバッタマン! この街の人々は、俺が守る!」
そろそろお馴染みになったその口上を決めた男は、元勇者――今は正義に目覚めた1人の男。
正義のヒーローバッタマンこと、改人バッタ男であった。
どうやら登場シーンは、ハーモニカから口笛に変更したらしい。
たぶん上達しないから、諦めたんだろうな……口笛も音程微妙だけど。
バッタ男vs白虎将軍か……こりゃゴリゴリの肉弾戦だな。
お互い飛び道具も魔法的攻撃も持って無いし。
面白そうではあるのだが……。
こいつらが戦っちゃうのは、予定外なんだよなー。
出来立てほやほやの組織で幹部を失いたくない。
バッタ男も今後の実験にまだ使えるかもしれない。
止めた方がいいだろーか?
――――
「ほざけカマ!」
カマキリオーガが左手の鎌爪でバッタ男に襲い掛かった。
決めポーズをしていたバッタ男は、とっさの反応ができずにいる。
ガキイィィン!
「痛てぇ!」
右腕上腕部で受け止めたバッタ男が、悲鳴を上げ飛び退る。
「嘘だろ……鋼鉄の硬度になった俺の体に、傷がつくなんて……」
バッタ男の腕には、浅いが三筋の引っ掻き傷が確かに付けられていた。
「まさかカマ……この鎌爪が通用しないなどとカマ……」
カマキリオーガの左手の鎌爪は、僅かだが刃こぼれをしていた。
互いに驚愕している2人――2体の改人だが、戦いの趨勢はもはや明らかである。
カマキリオーガの最大の武器である鎌爪は、バッタ男には通用しなかったのだから。
「認めん! こんなものは認めんぞ!」
勇者との戦いでは、テッポウマンドラがいなければ恐らく負けていた。
今も勝手に人間国の国都へ人間を殺しに出向き、見知らぬ相手と戦い後れを取っている。
白虎将軍――カマキリオーガは、敗北を重ねる己を認めたく無かった。
己の敗北を認めがたいカマキリオーガは、ここで無謀な攻撃に出る。
「死ねえぇカマ!」
位置エネルギーを使った攻撃をしようと。背中に生えているカマキリの羽をフルに使い高々と飛び上がったのだ。
「とう!」
それを見たバッタ男も、羽を使って高々と飛び上がる。
接近したバッタ男にカマキリオーガが鎌爪を振るうも、より空中戦に慣れているバッタ男を相手に空振りに終わった。
悠々と鎌爪を避けたバッタ男は、今度は自分の番とばかりに反撃を仕掛ける。
「フライングバッタパーンチ!」
足場の無い空中で放たれたその拳は、それでもカマキリオーガを地面に叩き落とすだけの威力があった。
「ぐうあぁぁカマ!」
地面に叩きつけられダメージを負ったカマキリオーガに、バッタ男がさらに追撃を加える。
パンチからの流れで空中で一回転し、大きく右足を突き出すと、バッタ男は必殺の一撃を叫んだ。
「バッタキイィィック!」
必殺の一撃が決まるかと思えたその時、鈍色の影が両者の間に立ちはだかった。
ゴオオオォォォン!
金属と金属がぶつかり合った轟音が、街全体に響き渡る。
「何だ?」
必殺の一撃を止められ、しっかりと着地したバッタ男の目に入った物――それは金属の鈍色をした、バッタキックでひしゃげた棺桶であった。
「恐れ入ったな、俺の棺桶をこんな状態にするとは……」
ひしゃげた棺桶の後ろから、棺桶と同じ鈍色をした、背中に羽の生えた爬虫類型の人間――改人が、驚いた顔をしながら姿を現した。
改人鋼鉄ワイバーン――元勇者の野呂田である。
「新手の改人か……」
自身の必殺の一撃を防いだ相手に警戒をしつつ、バッタ男は戦いの構えを取った。
それを見た鋼鉄ワイバーンは、制止するように左の手のひらをバッタ男に向ける。
「まぁ待て、この勝負はここまでとしよう――おい白虎将軍、動けるか?」
「動けるが……なんで貴様がカマ……」
「首領の指示だ――お前の動きは、全て首領に筒抜けだったということだな」
「そうか、首領が……」
なるほどと納得した白虎将軍が、よろよろと立ち上がった。
動きが筒抜けだったと言うより、たまたま遭遇しただけなのだが……。
「ここは俺が引き受ける、お前は早く後退しろ。首領命令だ」
「分かった……くそっ」
最後の『くそっ』は、己の不甲斐無さに対してだろう。
「逃がすか!」
バッタ男が追いかけようとするも……。
「退却の邪魔はさせん」
鋼鉄ワイバーンが立ちはだかる。
「ふん! とう!」
立ちはだかった鋼鉄ワイバーンにパンチやキックを浴びせようとするが、バッタ男の攻撃はひょいひょいと軽やかに避けられた。
鋼鉄ワイバーン――野呂田の魂の刻印である【自動回避】の能力である。
「俺にそんな攻撃など当たらん!」
バッタ男の攻撃を鮮やかに避けた鋼鉄ワイバーンが、背中の羽をバッタ男の顔面へ叩きつけた。
「ぶわっ!」
顔面をしたたかに羽で打ち付けられたバッタ男が、距離を取る。
逃げているはずのカマキリオーガは、いつの間にか見えなくなっていた。
逃がしてしまったものは仕方が無い。
気持ちを切り替えて、バッタ男は鋼鉄ワイバーンへと意識を向けた。
「戦うつもりは無いぞ――もちろん人間を害するつもりも無い。引かせてもらうぞ」
バサッバサッと背中の羽を羽ばたかせ、鋼鉄ワイバーンが宙に舞う。
「待て!」
何故呼び止めたのか、それはバッタ男自身でも分からない。
呼び止めてしまったからには、何か聞くべきであろうと思考を巡らせた質問は、ごく無難なもの。
「お前は、何者だ?」
また組織の改人だということは、分かってはいるのだが……。
「俺は……」
野呂田 茶乃介――と言いかけてしまった自分を抑え、今の自分は何者かを思い出す。
「俺は鋼鉄ワイバーン、秘密結社モフトピアの改人だ。バッタ男――本号 隼太だったか……また会おう」
バッタ男――隼太は驚いた。
改人が自分の名を知っていたことに。
改人が自分の名を呼んだことに。
「あいつは――何か違う」
『やったぞバッタマン!』『助かった~』『バッタのおじちゃん、ありがとう!』
そんな街の人々の声を背にしながら、バッタ男は鋼鉄ワイバーンが遠く羽ばたくのを見つめていた。
何が違うのか思い浮かばぬという、もどかしさを感じながら……。




