再会の二人
― 人間国軍・魔人国方面駐屯地付近 ―
「報告いたします――アオイ様、駐屯地で戦闘が起きております」
「戦闘? 魔人国軍が攻めてきたのか?」
物見の兵士の報告に、アタシは驚いた。
でもそれなら、アタシのいるこの軍勢は丁度いい援軍になるはず。
「いえ、相手は2体で現在サユリ様が交戦中ですが、相手のうち1体は獣人です」
「獣人? なんでこんなところに……」
それに小百合が直接戦わないといけない相手なんて、そうはいないはず。
兵士が報告を続ける。
「しかももう1体は、以前国都に現れたような怪物です」
「怪物だって!?」
以前国都に現れたような怪物――奴らか!
あいつを――野呂田を殺した奴ら……。
アタシは乗っていた馬の鞍の上に立って、頑張って戦場を見る。
くそうっ! もうちょっと背が欲しい!
鞍の上に立ったまま馬を進めて前へ――見えた!
確かに獣人が1人いる、あれは……犀かな?
そして緑の鎧を着けて飛び回っている小百合に、何か飛ばしているのは――あれはスライム系の怪物!
だったら奴の飛ばしているのは酸!
まずい! たぶんあいつには小百合の【毒の霧】が効かないはず。
小百合がスライム系の怪物から離れていく――なるほど、獣人のほうを相手にするつもりなのね。
おや? じゅうじんのようすが……。
犀っぽい獣人の角が長く大きくなって……燃え始めた!?
小百合が【毒の霧】を使った――けど効いてないみたい。
ここはアタシが手を貸してやらないといけないみたいね――でも小百合の奴、意地っ張りでプライド高いから嫌がるだろうなぁ……。
でもそんなことを言ってる場合じゃ無いよね。
「輸送隊、アタシについてきて! 小百合を助けに行くよ!」
「お待ちください、お1人では危険です!……全軍速度を上げろ!」
結局全軍で移動することになった、いいけどね。
あ、獣人だった燃えてる怪物が飛んだ! 小百合のほうへ飛んでく――危ないっ!
もう見てらんない!
「小百合ー! 助けてあげようかー!」
黙って助けたら、あいつヘソ曲げそうだから、一応聞いておこう。
「その声は……お猿!」
小百合がこっちに気付いたみたいだけど……。
「誰がお猿か!」
思わず軍の前に飛び出してツッコミを入れてしまった。
てか小百合! その呼び方は止めろっつーの!
あたしには猿田 葵という立派な名前が――いや、確かに苗字に猿は付いてるけどさ!
「おい、青い鎧のお前ツノ! お前勇者だよなツノ!」
燃えてる怪物が、アタシを指差して言った。
「そうよ――1対1の勝負なんてケチなことは言わないから、2匹まとめて掛かってきな!」
小百合ではどっちでも勝てそうに無いし、ここはアタシが両方相手にしないと……。
「やっぱり勇者かツノ。でもお前は後回しだツノ――バーンスライム、そいつは任せるぞツノ」
「お任せをバーン」
とりあえずアタシの相手は、バーンスライムとかいう怪物らしい。
あのタイプは1度やったことがあるし、ちゃっちゃと片づけちゃうか。
「小百合! ちょっとの間頑張って逃げていな! すぐにこっちを終わらせて、助けてやるからさ」
「お猿の助けとかいらないから! こんなやつ……」
なんで命の掛かってるこんなとこで意地を張るかな、この娘は。
「【毒の霧】が効かないのに、どうしようってのよあんたは」
「それは……」
「意地張ってないでアタシに任せな」
この怪物たちには、間違いなくアタシのほうが相性がいいからね、
「もう話は終わったかいツノ、だったら――バーンスライム、やっちゃえツノ!」
「バーン!」
バーンスライムというのが、スライム系のゲル状の羽をバタつかせてこちらに突進してきた。
けっこう速い、前に見た人型に比べたら全然違う。
だけど……。
アタシはポケットにたくさん詰め込んでいる小石を1つ手に取り、ピンっと親指で上に弾く。
そして、落ちてきたところを……。
「【爆裂拳】!」
爆裂拳で吹き飛ばし、爆風と衝撃波で突進を止めてやった。
「輸送隊、今のうちに『アレ』の準備をしときな! 弾は2番で!――まだまだ続くよ化け物、【爆裂拳】!」
ポケットの中にはまだまだたくさんの小石が入っているので、そう簡単に爆裂拳の爆風と衝撃波は途切れたりはしない。
伊達に常日頃から、小石のジャラジャラを我慢していたわけでは無いのだ!
「アオイ様! 準備終わりました!」
よしよし、早いわね――訓練の成果が出てるみたい。
「よしっ! じゃあ一気に決めるわよ!」
組み立て終わった物は、車輪の付いた台座に、分厚い鉄製の筒が乗っただけのもの。
これがアタシの新兵器だ。
怪物相手に苦戦しないように、野呂田の仇であるあいつらを倒すために、頑張って考えた新兵器。
筒の中に金属の塊をいれただけの簡単仕様だけど……。
「【爆裂拳】!」
アタシの爆裂拳の爆発力があれば、ただの筒に入った金属の塊が、強力無比な砲弾と化すのだ!
バーンスライムに向かって大量の金属球が飛ぶ。
大量に命中して酸に溶かされながらも、金属球は奴のかなりの酸の肉体を吹き飛ばした。
「核を外した! 2号弾、次弾装填!」
2号弾は、筒の中に入るサイズの缶に、大量のゴルフボールサイズの金属球が入ったもの――言わば散弾タイプの弾だ。
「装填完了!」
このために散々訓練を積み重ねた兵士たちが、キビキビと動く。
「よしっ! 2発目いくよ――照準合わせ!」
バーンスライムは、飛び散った肉体を徐々に集めているが、動きはほぼ止まっている。
ここがチャンスだ。
「照準合わせ良し!」
照準を合わせる早さもバッチリ、これなら敵の隙を確実に突ける。
「今度こそ核に当たれっ【爆裂拳】!」
2号弾――散弾が勢いよくバーンスライムに襲い掛かる。
「うぎゃあバーーン!」
金属球の1つが核に命中し、敵の怪物――バーンスライムを倒した。
「やった!」
「命中した!」
「やったぞ!」
うおおおおぉっ、と兵士たちが喜びの声を上げる。
「まだだよっ! 次は1号弾を装填! 目標はあいつだ!」
アタシは小百合を追いかけまわしている、燃える怪物を指した。
「了解! 1号弾装填します!」
「照準合わせ! 用意!」
1匹倒したおかげで兵士も自信をつけ、士気も高まっているみたいだ。
「小百合! こっちに飛んできな!」
こちらの声に気付いた小百合が、燃えてる怪物を避けてこちらに飛んできた。
「逃がさんツノ!」
燃えてる怪物が追ってくる――速いけど、あれくらいなら命中させられる訓練はしてきたはず!
「当たれー! 【爆裂拳】!」
鉄の筒から、今度は1号弾が勢いよく飛んでいく。
1号弾は、筒状弾の先を円錐形に尖らせた、威力重視の弾だ。
あっという間に敵に届き――ぶつかった角をへし曲げ、頭部に命中!
「うがぁツノ!」
よし、効いた!
「当たった!」
「落ちたぞ!」
「アオイ様!」
2匹続けての戦果に、兵士たちが興奮している。
「角に当たって威力が落ちたか! 続けて1号弾を装填、今度こそ仕留めるよ!」
落下した敵の怪物は炎も消え、よろよろと立ち上がろうとしている。
この機を逃す手は無いが、威力が落ちたとはいえ1号弾を頭に食らって生きているとは――どんだけ頑丈なんだ?
「1号弾、装填完了!」
「照準完了!」
考える必要は無いか――かなり効いているんだから、このまま数発叩き込めば奴を倒せるはず!
「【爆裂拳】!」
鉄の筒から1号弾が勢いよく飛び出す。
1号弾は真っ直ぐに敵の怪物へと飛んで行き――空から何かが来た!?
空から来た何かは、立ち上がろうとしている敵の前に立ち塞がって――そいつが取り出した、大きな箱のようなものに1号弾が命中。
ゴオオオォォォン!
お寺の鐘と銅鑼の中間くらいの音色で、轟音が鳴り響いた。
…………
「ふう……危なかったな。大丈夫か? 黒犀大佐」
「大丈夫だよ……このくらいツノ」
フラフラと立ち上がろうとするツノサラマンダー――黒犀大佐だが、まだ目の焦点が合っていない。
「そう言う割にはフラフラだぞ――首領からの指令だ『無理はするな、苦戦しそうなら一旦戻れ』だそうだ」
「首領がツノ?――でもバーンスライムがツノ……」
「バーンスライムが殺られたなら尚更だ、ここは引くぞ」
「……分かったツノ」
…………
「【爆裂拳】!」
ゴオオオォォォン!
まただ、またあの四角い箱で防がれた。
なんて硬いのあの箱!……ていうか、あれは棺桶?
「無駄だよ、葵――全く効かないとは言わないが、その攻撃では俺の棺桶は撃ち抜けない」
頭に落雷が落ちたような気がした。
アタシのことを『葵』と呼ぶその声と口調は、死んだはずのあいつ――野呂田にそっくりだった。
「あんたは……」
野呂田なのかと問いかけそうになったけど、口には出さず押しとどめた。
声と口調は野呂田だけど、あれは怪物なのだ。
「俺は秘密結社モフトピアの首領直属連絡係――改人、鋼鉄ワイバーンだ」
「カイジン……?」
今までこいつらの名乗りなんて、真面目に聞いたことなど無かったが、元の世界での特撮ヒーローものでは、確かカイジンというのは人間を元にして作られていたはず……。
「あんた、ひょっとして元は人間だったりする?」
そこまで考えが及んだところで、反射的に聞いてしまった。
「…………」
鋼鉄ワイバーンは答えない。
「沈黙するってことは……」
「改人になる前のことは忘れてしまってな、人間だったかどうかは俺にも分からん」
それは嘘だ。
アタシには分かる。
アタシだって女なのだ、だから女の勘だってちゃんと持っている。
その女の勘が、こいつの言ってることが嘘だと告げていた。
「嘘ね、あんたは絶対に……」
「……ここで殺し合いをするつもりは無い。こちらも手は出さないから、黙って退却させてほしい」
話せば話すほど、こいつが野呂田だと思えてくる。
姿は怪物なのに……。
気付くといつの間にか、アタシの頬には涙が伝っていた。
「アオイ様……」
「どうしますか?」
兵士たちがアタシの背後に隠れつつ、敵の申し出をどうするか聞いてきた。
どうするか? そんなのは決まっている
「分かったわ、そちらの退却をこちらは邪魔しない。その代わり、そちらも一切攻撃をしないと約束してほしい」
アタシができる返答は、これしか無い。
「アオイ様、良いのですか?」
「敵をみすみす……」
「いいんだ――そもそもこちらの攻撃が通用しないのは事実、ならこちらに被害が出ない向こうの申し出は、人間国にとって不利益にはならない」
そうだ、アタシには人間国に絶対の忠誠を誓った勇者、だから人間国に不利益になることはできない。
たとえあの怪物が野呂田だったとしても、ただ見逃すなんて論外だ。
だけど今回は逃がすことが人間国の不利益にはならない――戦ってもこちらに一方的な被害が出るだけなのだから。
「こちらの申し出を受け入れてくれて感謝する――黒犀大佐、飛べるか?」
「う、うん、なんとかツノ」
2体の怪物が羽を動かし、空中へと浮かび上がった。
「ではさらばだ人間たちよ――――元気でな」
鈍色に光るその怪物の最後の『元気でな』という一言は、確かにアタシを見ながら言ったセリフだ。
間違いない――どうして怪物になってしまったのかは分からないが、あいつは野呂田だ。
怪物たちが空を飛んで行く――その姿はどんどん遠く、小さくなっていく。
自分の気持ちの中にある何かは、安堵と寂しさだろうか。
たとえあいつが野呂田でも、敵なら戦わなくてはならないだろう。
戦ったら、野呂田はアタシを殺すだろうか。
アタシは野呂田を殺せるだろうか。
アタシは殺せるのだろうな――と葵は思う。
勇者の使命は絶対なのだ。
でも、もし野呂田を殺してしまったら、アタシの心はどうなるのだろう?
考え事に取り留めが無くなってきた――野呂田はどこまで飛んで行ったろう。
目線を上げて、葵は野呂田が飛んで行った空を眺める。
目を細めて懸命に空を見つめても、もうそこには浮かんだ雲しか見つけることができなかった。
書いてて気が付いたらこんなエピソード。
恋愛要素とか入れるつもり無かったのに……。




