死体
異世界生活二日目
知らない天井だ……と言う前に、落ちてきた雨漏りの水滴に起こされてしまった。
「冷てー……つか雨漏りかよ」
難民キャンプだもんなー、安普請は仕方ないか。
「今日はどうします?」
ベトラスさんのところに行って、今日の予定を聞いてみた。
「今日は無理せず、ここで待機することにしました」
ということは、今日は無収入?
ベトラスさんは、雨の中無理して働きに出て病気にでもなったら、薬を買う金も無いし治るまで働けなくなるから無理はしないそうだ。
あと奥さんが今日から働きに出ているというのも、無理はしない理由らしい。
ちっ! ヒモ亭主め!
とりあえず硬いパンをひとつ確保してあるので、俺も今日は仕事するのは止めよう。
うん、無職って不安だ……。
昼飯に毎度おなじみうっすい麦粥とパンを食べてたら、ベトラスさんのとこの子供にじーっと見つめられた。
もちろんパンを……すんごい食いずらいぞ、おい。
仕方ないので1/3ほど分けてあげた。
ベトラスさんには礼を言われたが、パンを見つめる子供たちをわざと放置していたのを俺は知っている。
子供にそんなことさせるくらいなら、親のお前が頭を下げて頼みに来いと言いたい。
言えなかったけど。
この世界に来て初めての知り合いなので、むやみに争いたくはないのだ。
…………
夕刻には雨は止み、夜になってベトラスさんの奥さんが帰ってきた。
賃金を貰えたらしく、パンや豆を持って。
昼の件もあるので少しはおすそ分けでもあるかと思ったが、期待は裏切られてしまった。
というかベトラスの野郎こっちの視線に気が付いているのに、露骨に目を逸らして無視しやがった。
覚えとけ、食い物の恨みは恐ろしいんだぞ!
いつか俺の収入が増えてたくさん食べ物を手に入れても、おまえら家族には分けてやらねーからな!
ちくしょう!
麦粥が冷たくなっちまったぜ……。
☆ ★ ☆ ★ ☆
異世界生活三日目
「知らない天井……じゃないんだよなー」
この天井は昨日も見ている、難民キャンプの天井である。
気付いたら、ベトラス一家がいなくなっていた。
別の難民さんに聞いたところ、奥さんの就職先に一家そろって世話になるのが決まったらしい。
俺には一言も無し。
人の繋がりって、なんなんだろうね。
ともかく、仕事して食いぶち稼がないとな。
小麦の塊みたいな硬いパンでも無いよりマシなのだ。
………
というわけで、俺は朝から薬草採取だ。
袋に半分ほど溜まったところで、一旦難民キャンプへと戻る。
うっすい麦粥でも、無いよりマシなので。
列に並んで今日の配給の麦粥を貰う。
で、俺の寝床に戻って気が付いた……無い……。
採取してきた薬草が無い!
やられた……盗まれた……これは完全に俺の油断だ。
犯人捜しは意味が無い。
薬草を持っているやつを見つけても、それが俺の物だとは証明できない。
薬草に俺の名前が書いてあるわけでは無いのだ。
泣き寝入り以外、できることがない。
ふざけんな! ちくしょう!
この中に俺の薬草を盗んだやつがいる。
そう思った瞬間、この難民キャンプは俺にとって急に居心地の悪い場所になってしまったのであった。
…………
居場所のない男は、だいたい仕事に逃げる。
というわけで、昼からまた薬草採取である。
盗まれたのが薬草だけで、袋を盗まれなかったのは幸いだった。
てか、自分用の袋欲しいなー。
今は食べられそうな草とか入れるのに、服の中に入れてるんだよね。
葉っぱがね、チクチク痛いのよ。
腹が減っていて、食べられそうなものを探しながらの薬草採取だったので、採取効率があまり良くない。
結局昨日と同じくらい採取したところで、赤い夕陽の時刻となってしまったのであった。
そして帰り際、俺はそれを見てしまった。
獣人の死体、そしてその死体の首を切っている男を。
この世界の獣人は、人間にケモ耳とかケモ尻尾のある人間に近いタイプではない。
獣が二本足で立って歩き前足が人間のように手となっている、立って歩いて喋る獣さんタイプだ。
最初見た時は、野生の獣を解体でもしているのかと思ったが、近くに寄ったら獣人だと気付いた。
「何見てるんだよ。こいつは俺が先に見つけたんだからな! 横取りすんじゃねぇぞ!」
首を切り落としている男が、俺を威嚇しながら作業を続ける。
ひょっとして獣人を食べるために解体しようとしてるのか、と思ったが違った。
男の目的は、獣人の首に付いている『奴隷の首輪』だった。
この『奴隷の首輪』というのは文字通り奴隷に付ける首輪で、付けられた相手は自我を失い命令通りに動くようになる、という代物だ。
絶対に逆らわないし命令通りに動くのだが、命令以上の事はなんとなく程度にしかできないので、基本単純労働にしか向かない。
おかげで単純労働者の賃金が、あおりを食って暴落している。
俺が今やっている薬草採取などが、その良い例だ。
「よしっと、取れた!」
男が獣人の首をようやく切り落とし、奴隷の首輪を嬉しそうに眺めている。
一瞬俺の存在を忘れていたようだが、気付いてこちらを睨んできた。
「なんだよ、なんか文句でもあるのか? こいつは俺が先に見つけたんだぞ」
「首……切り落としたのか?」
聞かなくてもいいだろうに、つい聞いてしまった俺。
「こいつの持ち主しか外せねぇんだから、切らなきゃ首輪が取れねぇだろうが? 何言ってんだ?お前」
怪訝そうにこちらを見た男は、こんな奴に構っていられないと言わんばかりに、すぐにその場を後にして街へと戻って行った。
あの男の態度から見て、奴隷の首輪はけっこう良い値段で売れるのかもしれない。
そして残されたのは、俺と獣人の死体……。
死体になっている獣人は随分と小柄だった、たぶん子供だろう。
狐……なんか動物園で見たキタキツネっぽい獣人。
なんかこのままにしておくのも忍びないので、せめて土に埋めてあげよう。
と思ったが穴を掘る道具が無い……そういえば、神様にもらった鍬ってどうしたんだろう?
そう頭に思い浮かべた途端……。
「うお! なんじゃ!」
俺の右手に木の鍬が現れた。
どうやら、出て欲しいと思えば出てくるし、消えて欲しいと思えば消えるらしい。
これは盗まれる心配も無いし、すごく便利だ。
鍬でしっかりと穴を掘って、狐の子供獣人を埋めてやる。
ふと視線を感じたので辺りを見回すと、半透明になった狐の子供獣人が立っていた。
たぶん今埋めたばっかしの。
どうやら幽霊……というか魂のようだ。
たぶん俺の【魂の刻印:魂の管理】のおかげで見えているのだろう。
どうやら俺が死体を埋めてあげたので、感謝してくれているらしい。
いいよ気にすんな、俺がやりたくてやっただけなんだからさ。
このまま魂を放置しておくのも何なので、とりあえず俺が回収して保管しておこう。
死に刻印だと思っていた【魂の管理】を、こんなに早く使うことになるとはなー。
そのうち天使にでも出くわしたら、この魂を渡してあげよう。
俺が神様の元へ連れて行ってやってもいいんだが、まだ死ぬ予定は無いんだ。
だからそれで勘弁してくれな。
…………
薬草採取の成果は50ギニスにしかならなかったが、気分は良かった。
相手は魂だったが、この世界に来てから初めて気持ちが繋がった気がしたからだ。
またパンを二つ買って帰る。
今日は食べられそうな葉や木の実もあるのだ。
晩飯は、きっと美味しく感じるだろう。
☆ ★ ☆ ★ ☆
異世界生活四日目
もう天井について触れるのは止めよう。
張り切って朝から薬草採取に出た。
気分が良いので、採取も順調。
ちょっと疲れてるけど、昼飯前に昨日死体を埋めた場所に行ってみる。
自分が良い事をしたと確認すれば、気分が上がって疲れなんか吹き飛んじゃうのだ。
人間なんてそんなものだ。
…………
狐の子供獣人を埋めた場所に行くと、何かの芽が出ていた。
しかもでかい芽が……俺の膝丈くらいあるやつ。
「なんじゃこりゃ!?」
いやいやいや、あり得んだろう?
何かの種が紛れ込んだにしても、こんなに早くこんなにでかい芽が出てくるとかさ。
ここで改めて思い出す。
俺には【魂の刻印:農神】があったことを……。
※ ※ ※ ※ ※
【魂の刻印:農神】
農神能力一覧
絶対生育:どんな物でも作物として絶対に生育できる。
品種改良:品種改良が必ず成功する。
品質向上:作物の品質を向上させる。(一等級程度)
促成栽培:収穫までの期間を大幅に短縮する。(期間は固定)
完全土壌:耕した農地が作物に最適な環境になる。
収穫増加:作物の収穫量が増える。(増加量は固定)
農業用水:農作物に最適な成分の水を無限に出せる。
作物管理:作物に命令できる。(他者の収穫禁止や品質の微調整など)
収穫保管:収穫物や種を完全な状態で保管できる。
※ ※ ※ ※ ※
たぶんこの中の『促成栽培』の効果なのだろうが、それにしても早い。
これって数日で実をつけちゃったりしそうだなー。
何か美味しい実でも生ったら凄く嬉しいのだが……。
あれ? これってまさか、狐の恩返しだったりするのかな?
死体を埋めてあげた、狐の子供獣人の恩返し……。
もしそうだったら、嬉しいな。