特訓
「そう落ち込むなよシュンタ。ほら、コーヒーでも飲め」
シュンタ――バッタ男は、ゴーレムエルフに全く歯が立たずに負けた。
バッタ男の姿のままで気を失った彼を、少し前まで使っていた屋台に隠してこの店――憩いの店タチバナまで運んできたのは私だ。
少し前までは屋台の喫茶店だったのだが、元手がほとんどいらなかったので儲かったのと組織の資金援助により、私の店は独立した立派な店舗となっていた。
言い忘れていたが、私の名はノルトロス・O・ヤッサン。
秘密結社シン・デンジャーの諜報員である。
役目は店を経営しながらの情報収集、それとバッタ男――シュンタの監視と管理だ。
「ありがとう、おやっさん」
私の淹れたコーヒーを音を立ててすすった後で『ハァ』と、大きなため息をつくシュンタ。
シュンタは、ゴーレムエルフにあっさり倒された。
それで落ち込んでいる。
「何がヒーローだよ、とんだ役立たずじゃないか」
私のコーヒーを飲んだくらいでは、復活しないか……話すならこのタイミングだな。
「だったらやってみるか?」
実は私は、シュンタにある行動をとらせるように、組織から命令されている。
「やってみるって……何を?」
シュンタが顔だけこちらに向けて、質問をしてきた。
その答えは、シュンタの望みを叶えるための行動であり、組織にそうせよと命じられた行動でもある。
その行動とは……。
「特訓だ」
「……はい?」
「特訓でシュンタを強くするんだ」
――――
― 採石場跡地―
「ここは?」
何やらごつごつとした山の中へと連れてこられてしまった。
「採石場の跡地だ」
おやっさんが、えらく真面目な顔で答えた。
「採石場? こんなところでいったい何を?」
「特訓だ」
「それは分かってるんだけど……」
どんな特訓をするかを聞きたいんだが。
「あそこだ」
おやっさんの指さすところを見ると、崖のような坂があった。
坂の上には、直径5mほどの大きな岩がある。
「まさか……」
「そのまさかだ、あの坂の上から私が岩を転がす。シュンタ、君は転がってくる岩を受け止めて、破壊するんだ!」
いやいやいや! 何言ってんのおやっさん!
「無理無理無理! そんなもん受け止めるとか無理! 人間には無理!」
首をぶんぶんと横に振って不可能アピールをしてみたのだが……。
「大丈夫、お前は改人だからな」
「改人だからとか、そういう問題じゃないから! 俺にそんな強度無いから!」
「何を言っている、強くなりたいんだろう!」
「そりゃあなりたいけど……」
「だったら特訓だ! 大丈夫、この特訓を乗り越えれば必ず強くなる!」
「えぇー…………」
なぁ、おやっさん……。
本当にそんな無茶な特訓、乗り越えられると思ってんの?
ものすごーく嫌な予感しか、しないんですけど……?
…………
「変・身」
俺がバッタマンに変身して、準備は完了。
結局、説得されてしまった。
自分の意志の弱さが憎い……。
「いいかー、落とすぞー」
はいはい、どうせ駄目だって言っても落とすんでしょ?
坂の下にセッティングされた時点で、覚悟決めましたよ。
「いいですよ、おやっさん」
「それ!」
返事に対して食い気味に、おやっさんが岩を落としてきた。
ごろんごろんごろん……。
大きな岩が転がり落ちてくる。
ごろんごろんと――――やっぱり無理な気が……。
「やっぱ無理!」
「避けるなシュンタ!」
「避けるなったってこんなもんどーすりゃ――――えーい! もうヤケだ! こいや……ごふおぅ!!」
頑張って受け止めようとした俺は、そのまま岩と正面から激突し……。
意識がふっとんだ。
――――
さて、魂を回収して……と。
「うむ、バッタ男のやつ見事に潰れたな――よくやったぞノルトロス、お疲れー」
「首領、これでよろしかったのですか?」
「死体もそんなに損傷無いし、いい仕事だよ」
バッタ男の死体を、モグゴブリンたちが回収している。
「シュンタをどうやって強化なさるので?」
「シュンタ?――あぁ、バッタ男な。こいつを再改造して、バッタの他にアイアンゴーレムも交配してみるつもりなんだよ」
「アイアンゴーレムもですか……?」
「そう、人間ベースも含めて計3種の交配を試してみようという訳だ」
「3種交配ですか」
「上手く行けば、組織の改人もこれからは3種交配にするつもりだ。そうすれば、戦力の強化が今よりもお手軽にできるようになる」
どうだ、いい考えだろう?
「上手く行きますでしょうか? 魂や人格に影響があったり、強化に繋がらない可能性があったりとかは?」
ノルトロスが、微妙に心配そうな顔つきをしている。
こいつめ、バッタ男に情が移ったな――世話を任せているので、まぁそれも仕方ないか。
「だからそれを、バッタ男で実験してみようという訳だ。なに心配するな、上手く行かなかったら元の体と同じのを作って、魂を戻してやればいい」
また何かの実験に使えるかもしれないし、元に戻すのも大した手間でも無いしな。
「心配ということもありませんが……」
「すまんがこれからも、バッタ男のことは頼むぞ」
「はっ、お任せください」
という訳で、再改良を始めよう。
どうなるか、楽しみだなー♪
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 国都・憩いの店タチバナ ―
「う~ん……」
どれだけ気を失っていたのだろうか――気が付いたら俺は、見慣れた部屋に寝ていた。
「目が覚めたか、シュンタ」
「あぁ、おやっさん……」
俺は確か――そうだ、無茶な特訓をして、転がり落ちる岩と激突して――そこから先が記憶に無い。
「気分はどうだシュンタ、頭の具合は? どこか体におかしいところは無いか?」
岩に激突したからな、と思いながらベッドから体を起こし、あちこち動きを確認してみるが――あんなに物凄い衝撃を体に受けた割には、特におかしなところは無い。
俺の身体――バッタマンの身体は、いつも通りのように感じられた。
「問題無さそうだ――その、頭も」
「そうか、良かった」
おやっさんが、本気でホッとした顔をしてくれている。
特訓は無茶だったが、心配してくれるのは本当に有難い。
俺にとっては、この世界で唯一心を許せる相手だ。
「ありがとう、心配してくれて」
「それはまぁ……仲間だからな」
照れくさそうなおやっさん。
「やろうか?」
なんとなく、俺の為というよりもおやっさんの為に、やる気になってみた。
「何をだ?」
「特訓の続きだよ。結局、あの1回だけで気を失っちゃったから……」
「もう必要ないぞ」
あっさりと言われたおやっさんのその一言に、俺は戸惑う。
無駄だと諦めたのか? それとも俺の身体を気遣って……。
「大丈夫、俺はまだできるから」
「違う違う、そうじゃない。気づいて無いのか? 自分の身体を、鏡で良く見てみろ」
「鏡?」
俺は立ち上がり、部屋の姿見に自分の――バッタマンの身体を映してみた。
えっ? 何だこれ?
鏡に映った俺は、マイナーチェンジをしていた。
姿かたちは以前と変わってはいないが、色合いが少し変わっている。
今まではいかにもバッタの改人と言わんばかりに、全身が緑を基調とした色合いだった。
だが今の俺は、首の付け根から肩――さらには手首に至るまでに、銀色の線が入っている。
その銀色の線は、腰から足首に至るまでの場所にも入っていた。
更に手首から先、足首から先も銀色だ――まるで銀色の手袋やブーツを身に着けているように。
顔にも変化がある。
鼻から下、顎にかけても銀色になっていた。
あと触角も……。
「これは……俺の身体に何が?」
いったい、何が起きた?
「それが特訓の成果だ――シュンタ、君の身体は特訓によって、鋼のような硬度を得たんだ」
「鋼の……?」
鏡に映ったおやっさんが、いつの間にか剣を握っていた。
ヒュンっとその剣が振るわれる。
「うわっ! 何するんだよおやっさん!」
いきなりだったので避けられず、わき腹に剣の一撃が……!
バキンッ!
わき腹に当たった剣が、ポッキリと折れた。
「うそ……だろ?」
「嘘じゃない、たった今自分の目で見ただろ? 君の肉体には、鉄の剣もこの通りだ」
俺はおやっさんから折れた鉄の剣を受け取り、じっくり眺める――本物だ、間違いない。
柄に残った剣の部分で、左腕に軽く切りつけてみた。
カキン!
金属音とともに、折れた剣がはじき返される。
もちろん腕は無傷だし、痛みなど全く無い。
「凄い、これが俺の……」
「そう、それが特訓により進化した君の肉体だ」
「進化……」
俺は鋼鉄の肉体を手に入れた。
これならばもっと強い敵でも戦える!
街のみんなを守ることが出来る!
俺は今、柄にもなく戦ってみたいと思っていた。
敵が現れるのが待ち遠しいと感じていた。
早く新しい自分の力を、確かめてみたいのだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 秘密基地 ―
ノルトロスから連絡が入った。
バッタ男の再改良は、どうやら成功したようだ。
旧バッタ男の死体を埋めて畑で栽培したら、6つの花が咲いた。
そのうちの1つにアイアンゴーレムを交配し、新たな交配種を作った。
それに魂を入れたのが、完成した新バッタ男である。
当然残った5つの花はそのまま実となり、旧バッタ男の肉体が5体収穫できた。
この5体の量産型バッタ男は、イノゴブリンたちと同じように俺の言うことを聞く。
そこで思いついた。
新バッタ男の能力テストをこの量産型バッタ男たちを使ってやれば、分かりやすく比較できるのでは無いだろうか?
5体の量産型バッタ男を、新バッタ男にけしかけてやろう。
それで3種交配の成果を確認するのだ。
よし、すぐにでもこいつらを出撃させてやれ。
俺は急いで準備を整えることにする。
早く新バッタ男の力を、確かめてみたいのだ。




