難民キャンプ
俺、大地に立つ。
荒地の中に細い道が一本。
そんな場所に俺は降り立った。
いつの間にか俺の服は麻の上下に変わっている、ベルトは無くズボンは紐で縛るタイプだ。
荷物は無い。
道には、ぽつりぽつりと人が歩いている。
心なしかみんな、下を向いて陰鬱そうな雰囲気に見えた。
今にも雨が降りそうな曇天模様が原因ではなさそうである。
「参ったな、雨具なんて持って無いぞ」
雨具どころか、何も持っていない。
一文無しで当面の食料すら無い。
やべ、早まったかな……小銭くらいは貰っておくんだったか。
後悔しても仕方がない。
雨に降られないうちに、どこか街か村にでも辿り着かなければ……。
知らない土地なので、とりあえず道行く人々が向かう方向へと向おう。
歩くこと体感で5時間、ようやく防壁に囲まれた街が見えた。
なんとなくファンタジー系のアニメにありそうな中世風の街。
みんな並んでいるのところに、とりあえず俺も並んでみる。
とりあえず並ぶ……日本人の性だな。
「よし次!」
俺の順番が回ってきたのだけれど、この列って何の列だったのだろう?
ひょっとして俺、やらかした?
「で、お前さんもコムラオ村から逃げてきたのか?」
「あ、はい」
相手が勘違いしてくれたらしいので、とりあえず便乗してみる。
「荷物は無し……お前さんも持ち出せなかったクチか。いきなり魔人軍に村が襲われるなんて、お前さんたちも災難だったな」
「ええ、本当に」
なるほど、この列は魔人軍に襲われた村の難民の列だったか。
とりあえずガックリと肩を落としておこう。
「名前は?」
名前……どうしよう? 早く決断しろ、怪しまれるぞ!
「良吉です」
「リョーキチ……っと」
つい本名を名乗ってしまったが、特に怪しまれてはいないようだ。
良かった……。
「仕事は何をやっていたんだ?」
「農家です」
ここは、こう答えるしか無いだろう。上手くいけば小さくても土地を貰えるかもしれない。
駄目元、というやつだ。
「そうか、そりゃ厳しいなぁ」
「厳しい?」
「ほら、ゲルト村やパルチチ村も魔人にやられちまっただろ? 農地はもう難民で満杯さ、猫の額も残っちゃいないよ。農家は諦めて、他の仕事を探すんだな」
マジかよ……そう甘くはないとは思ってたけど、農家が無理だとはさすがに思わなかった。
「それじゃあ、これがこの街――キオドの街の仮身分証だ。ちゃんと後で役所に行って、本証を貰うんだぞ。それとこれが難民証明証だ、これがあれば十日間だけだが炊き出しにありつける。盗まれないように気をつけろよ、そこらの浮浪児が狙ってるからな」
二枚の板が渡された。
仮身分証も難民証明証も、木の板に文字が書かれたものだった。
その後連れて行かれたのは、床板と柱と天井の板がある場所。
そこに避難民がぎっしりと詰め込まれた場所。
難民キャンプであった。
マジかー。
異世界生活のスタートが難民キャンプとか、勘弁してくれよー。
昼飯は、うっすい麦粥であった。
…………
役所へ行って、仮身分証を本身分証へと変更してもらった。
今度は金属のプレートで、魔力を通すことで本人確認ができる魔具になっていた。
うん、俺にもちゃんと魔力があったようである。
さて、あとは職探しだ。
この街では、特に手に職の無い人間は『口入屋』という、いわば仕事の仲介所のようなところへ行って金を稼ぐのが一般的らしい。
なので、当然ながら俺もそこへ向かう。
道中の俺は薄汚れた子供たち四五人に、こそこそと付け回された。
これが街に入る時に警告された、難民証明証を狙う浮浪児たちだったらしい。
警戒しながら歩いていたら、やがて浮浪児たちは諦めたのか見えなくなった。
「さて、どうすりゃいいんだか……」
口入屋に辿り着いたはいいが、どの仕事が自分にできるのかがさっぱり判らない。
とりあえず、数ある受付の中の一番空いている婆さんのところに並んでみよう。
今日二度目の列並びである……。
…………
「元農家ねぇ……農家の手伝いなら人手が余ってるから、仕事なんかひとつも無いよ。どうせ他にできることなんかも無いんだろう? まぁ、とりあえず薬草採取でも受けときな。これならあんたでもできるだろうさ」
これが、受付の婆さんが俺に放った言葉の全てである。
自分で選ぶまでも無く、受付の婆さんに押し付けられた形だ。
与えられたおおよそB4サイズの袋いっぱいに薬草を詰め込んで持っていけば、60ギニスの金になる。
ギニスとはもちろん通貨の単位で、露店で見かけたパンの塊が20ギニスだったことを考えれば、この賃金は決して高額とは言えない。
「子供の小遣いかよ……」
愚痴ってはみたが、他に金を稼ぐ当ても無し。
一本だけ渡された見本の薬草を手に、俺は街の外へと薬草採取に向かうことにしたのであった。
…………
街の外は比較的安全で、魔物はあまり出ないらしい。
魔物の主な生息圏は大陸の外周部にあり、大陸中央にある人間国の周辺には魔物が少ないのだそうだ。
人間国の北には魔人国、南にはドワーフ国、西にはエルフ国、東には獣人国があり、いずれも人間国よりも広い勢力地域を持っている。
四方を囲まれた人間国は長きにわたる閉塞感を余儀なくされ、勇者の活躍でようやくそれが打破された、というのが人間国の国民の認識らしい。
勢力を拡大した人間国は、奪い取った領土に住んでいた異種人を奴隷にして国力を増大させているのだが、誰にでもできる薬草採取などの仕事を奴隷にやらせるようになって、賃金の低下を招いているのだそうだ。
と、今現在すぐ隣にいる男――俺と同じ薬草採取の仕事を請け負った難民さんが、教えてくれた。
この世界の事情を全然知らんのに、世間話を装ってここまでの情報を引き出した俺を褒めて欲しい。
「こんなもんですかね」
一緒に薬草採取をしている難民さん――ベトラスさんに尋ねられたが、俺もその辺の加減が全く分からないので、返事をしかねる。
「念のため、もう少し詰め込んどきますか?」
俺としては薬草の量が少なくて賃金がもらえない、という事態を避けたいので慎重に考えた返事だ。
「でも、そろそろ暗くなりそうですよ?」
思わず空を見上げると、確かに陽が沈みかけていた。
灯りになるものなど二人とも持っていないので、陽が沈めば暗闇で身動きが取れなくなる。
ここは撤退か……。
「そうですね、もう無理そうだ」
「帰りますか」
「帰りましょう」
俺たちは暗くならないうちにと、やや急ぎ足で街へと戻って行くのだった。
…………
口入屋で受け取れた薬草の代金は、俺が50ギニスでベトラスさんが40ギニスだった。
やっぱり満額は貰えなかったか……。
難民キャンプに戻る前に、屋台でひとつ20ギニスのパンを二つずつ買った。
なんか重くて硬い奴。
炊き出しのうっすい麦粥+硬いパン……おう、全部炭水化物だぜ!
味付けはどちらも塩のみだし……。
食事というより、気分はエサだな。
ベトラスさんに教えてもらって、食べられる草とかも取ってきて良かった……。
麦粥に草を千切っていれたら、美味しい青汁みたいな味になった。
まぁ、オール炭水化物よりはマシか。
ベトラスさんのとこは奥さんと二人の子供がいて、奥さんは今日の職探しで縫製の仕事が決まったらしい。
仕事は明日かららしいので、今日は賃金は無し。
なので今日は家族四人で二つのパンを分け合っているが、幼稚園児くらいの子供二人は少し物足りなさそうに見えた。
俺はと言えば、パンは小麦の塊みたいでけっこう腹に溜まったので、ひとつを食べてひとつは明日に取っておくことにした。
とりあえず一日二食は確保できそうだけど、もう少しましな稼ぎが欲しいよなぁ。
せめて宿に泊まりたいぜ。