勇者寝返る
新たに召喚された勇者も1人いなくなり、俺は次の標的のことを考えていた。
軍司令部に詰めている、2人の勇者である。
こちらにも新たに召喚された勇者が1人いるのだが、問題は旧知の勇者――白の勇者だ。
【努力】【根性】【気合】と、ゲームの精神コマンドみたいな魂の刻印を持ったこの勇者は、とにかく化け物じみて強い。
カブトムシ男である俺も、何もできずに瞬殺されているほどだ。
新たに召喚された勇者の【魂の刻印】を確認したいのだが、白の勇者がせめて苦戦するくらいでないと、新たに召喚された勇者は出て来てくれないかもしれない。
だが、白の勇者が苦戦するイメージが湧かない。
……という訳で、俺は国都を散歩中である。
考え事は、歩きながらするに限るのだ。
あーでもない、こーでもないと考えながら歩いていると、声をかけられた。
「リョーさん! あぁ……やっと会えた! 相談があるんです、話を聞いて下さい!」
声の主は四角張った顔に細い目、後ろに束ねた髪型をした体形のがっしりした――茶色い鎧の男。
茶の勇者――野呂田であった。
うん、確かに『リョー』とでも呼んでくれとか言ってしまった記憶はあるが、『リョーさん』とか呼ばれるのは何か交番勤務のお茶目なおっさんのようで微妙なんだが……。
それよりも、勇者が相談って何だよ。
悪の組織の倒し方なら教えんぞ――ん? それとも借金の相談か?
言っておくが恋愛の相談なら、俺は役に立たんからな。
つーか、こいつに俺が日本人だと知られてしまったから、消す予定だったんだよなー。
まぁ勇者だから、どっちみち消す予定には変わらないんだけどさ。
何で生きてるんだよお前。
こないだの戦闘で死ねば良かったのに……。
「あの……道の真ん中では話しにくいことなんで、どこか店にでも入りませんか?」
道端では話しにくいとなると、やはり恋愛相談か?
欲しい海産物があるから手に入れてくれって話かもしれないな、俺はそういう業者ってことにしてあるし、海の無い人間国では、海産物は言わば密輸品みたいなもんだしな。
「あのー」
「あぁ、すまんすまん。じゃあ、あの店にでも入ろう」
指を指したのは甘味処、もちろん組織の店だ。
「いいですね、ちょうどおやつ時ですし」
よし、聞いてやろうじゃないか、勇者の相談ってやつを。
ついでに何か情報でも引き出してやろう。
――――
「へえ……この店の2階って、こんな風になってたんですね」
「普段はあまり人を入れないらしい、VIP席みたいなもんだ」
「そんな場所に良く……」
「知り合いの店だしね。この店にも食材は降ろしているし、商談でたまに使わせてもらってるんだよ」
「そうなんですか……」
俺がオーナーだと言ったら、こいつはどんな顔するだろう?
店員のおばちゃんが来たので、みたらしとゴマの団子と緑茶を濃い目で頼んでおく。
「で、早速だけど相談て何?」
恋愛相談以外なら、乗ってやらんことも無いぞ。
自殺したいとかなら、前のめりで聞いてやる。
「えーとですね……その……」
「その?」
「何と言うか……」
「何?」
ええい! はっきり言わんか!
「思い切って聞きますが、 リョーさんはこの人間国のことをどう思いますか?」
ん? どゆこと?
ポカンとしていたであろう俺の顔を見て、野呂田が続けた。
「この国、おかしくありませんか?――その、おかしいというのは、奴隷制とか周りの国全部と戦争しているとか……そういうことなんですが」
何言ってるんだ? お前勇者だろう。
急にどうした?
「おかしいですよね?――おかしいんですよ。今まで全然おかしいと思ってなかったのに、この間から急におかしいと感じるようになってしまって……俺、おかしいですよね?」
すまん、何言ってるかちょっと分かんない。
「待て、待て、待て、とりあえずあんたに何が起きたのかだけ話してみてくれ。正直何を言ってるのか理解できないんだ」
「えーと……そうですね、何から話していいものか……」
「おかしいおかしいって言ってたけど、最初のおかしいは何で、いつ何処で?」
人間の悩みなんてものは、ちゃんと整理すればなんとかなるものだ。
悩み相談の答えなんてものは、自覚してないだけで本人が知っているものなのである。
それでどうにもならないなら、考えないようにするしか手はない。
「つい最近、西門にテロリストが現れたのを知ってますか?」
「あぁ、知ってる」
全部見てたし。
というか、俺が首謀者だし。
「その時に俺も戦っていて、仲間の一人が【魂の刻印】――その、勇者の持っている特殊能力なんだけど、それを使った時に――たぶん使ったんだと思うんだけど――その時に、急におかしいと感じたんです……」
灰の勇者が【精神状態変更】の刻印を使った時だな、うむ。
「それで、何がおかしいと感じたんだ?」
「あぁ……『何で俺は戦ってるんだろう?』と感じたのが最初です」
「勇者なら人間国の為に戦うのは、普通だろう。何がおかしいと?」
「勇者がこんなこと言うのも変だと思うかもしれないけど、戦っている最中に急に人間国のために戦う理由が分からなくなったんですよ。おかしいですよね?」
「確かに、それはおかしい」
召喚時に洗脳されている勇者が、人間国のために戦うことに疑問を持つなんてあり得ない。
バッタ男のように【支配無効】の刻印でも持っていれば別だが。
「戦ってる自分が、急に分からなくなったんです。何で今まで人間国のために戦ってきたのか……何で平気で人間以外の人を殺せたのか……」
「いや、人間以外の人を殺せるのは、この世界の人間なら普通だから」
「そうなんですよねぇ……」
もしかして、これはアレかな?
「奴隷の扱いとか酷いもんだしな、この世界の人間」
「奴隷狩りなんてしていた自分が、信じられないんですよ……」
「なぁ……今、人間国に奴隷狩りをしろと言われたら、どうする?」
野呂田が固まった。
俺に言われるまで、考えてもみなかったらしい。
「ど、どうしよう!」
「どうしようと俺に言われてもなぁ……。てか、あんたはどうしたいんだ?」
「やりたくない」
「ほう」
これはひょっとして、洗脳が解けたのかな?
灰の勇者が【精神状態変更】の刻印を使った時に、たまたま『通常』とか『平静』とか引いちゃって『洗脳』の状態でなくなったとかかな?
こいつの場合、特別精神状態が変わったようにも見えないし。
「人間国の命令に逆らうとおっしゃる?」
「密告するつもりですか?」
野呂田の目が光り、気配が急に暴力的な圧を持ち始めた。
「いやいや、違うから。そういうんで無くてさ――今まで人間国の命令のまま戦ったり奴隷狩りをしてきたのに、今は人間国の命令に逆らうとか本当にできるのかな?と思ってさ」
一応、洗脳が解けたかどうか、確認の為に聞いてみる。
「やっぱり命令を拒否したりしたら、まずいですよね?」
「良くて牢にぶち込まれ、悪くて裏切り者として死刑かな」
人間国のやり方を考えたら、そんなもんだろう。
「ですよねぇ……どうしたらいいんだろう……」
まぁ、頭抱えるわな。
「そうだなぁ……黙って今まで通り命令を聞くか、命令を断って殺されるか、逃げて追われる身となるか……あと何か選択肢あるかな?」
考え込む俺。
頭を抱えている野呂田。
団子が届いた。
とりあえずみたらしを一本いただこう。
「野呂田くん、団子来たからとりあえず食べようよ」
「あ、はい……」
ゴマ団子を取ったな。
なんかすごい勢いで食ってる。
そんな勢いで食ってると……。
「う、ぐ……」
ほら、喉が詰まった。
「ほれ」つ旦
「ごくごくごく……ふう」
差し出されたお茶を飲んで、野呂田が一息ついた。
ついでにため息もついた。
「はぁ……やっぱり逃げるしか無いですよねぇ」
「それでいいんじゃね?」
俺もゴマ団子食べようっと。
「逃がしてもらうって、できますか?」
「ふぁい?」
団子頬張ってたので、変な返事になっちまった。
「うぐ、ごっくん……俺が逃がすの?」
「リョーさんの荷物に紛れて、どこか人間国の目の届かないところに……」
「他国は無理だからな――戦争中だから、人間なんか受け入れてもらえんし。あと人間国の目の届かない所となると、獣や魔物の縄張りになっちまうぞ」
「逃げ場無しかー……」
「魔物の縄張り強奪して、そこでサバイバル生活でもする? 必要な物くらいはたまに届けてやるから」
それで勇者は1人抜け♪
大した苦労も無く勇者を1人減らせるし、俺が日本人だと言う情報の漏洩も防げる。
――けっこういい案な気がしてきた。
推し進めてみるかな?
基地の候補地だったけど微妙だった場所があるから、なんならそこの地下に隠れ家でも掘ってやろう。
「そうなると、戦うしか無いのか……」
いや、なんでそうなる。
「逃げ隠れすればいいじゃん。なんで止めるの?」
「だって、実質逃げ場なんて無いじゃありませんか……それに……」
「それに?」
「何か、人間国のやっていることが納得いかなくて……」
野呂田が俯いたまま、拳を握りしめて言った。
「で、いっそ人間国と戦っちゃおうかと思ったと……」
「はぁ……」
「じゃあもう、いっそテロリストの仲間にでもなるか? 人間国とも戦えるし、テロリストの基地に逃げ込んじまえば人間国の目も届かんだろ」
なんかだんだん考えるのが面倒くさくなってきた。
「その手があったか!」
待て待て待て! 自分で言っといてなんだが、正気か勇者!
「マジで言ってる?」
「だってそれ以外に、人間国から逃げられそうな選択肢が無いじゃないですか!」
うん、まぁ、確かにそうだけどね――つーか、テロリストってうちの組織のことだよね。
「なぁ、本当にテロリストの仲間になりたかったりするのか?」
「伝手持ってませんか? 国外から海産物を密輸してるリョーさんなら、もしかして……」
「誰が密輸犯だこら――まぁ、伝手はあるっちゃあるけどさ」
俺が親玉だし。
「やっぱり!」
うん、何だろうね――それは『やっぱりお前はテロリストと繋がりがあったのか』って意味かい?
俺ってそんなに怪しい人間に見えるの?
そりゃー確かに、悪の組織の首領だけどさー。
「あー……でもさ、勇者仲間とかに仲のいいやつとかいるんじゃないの? そいつと戦えるのか?」
「……そうですね、それはちょっと辛いかな。でももう仲のいい勇者も2人しか残ってませんから――それに1人はおかしくなっちゃって俺のことが分からなくなってるみたいだし、1人は前線にいますから戦う機会もあまり無いでしょう」
察するに赤と青ってとこか。
「分かった。そういうことなら、そっち方面と繋がりのあるやつを当たってみるよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
繋がりのあるやつと言っても、俺だけど……。
まぁ、いいか。
成り行きだけど、勇者を1人ゲットすることになったようだ。
でもこいつ、勇者としては使えないほうなんだよなー。
バッタ男みたいに、改良でもすっかな。
* * * 敵勇者の数:残り8人 * * *




