光る国都
ジャラク平原で獣人国軍が敗北して、モロフンドの街が落ちた?
おいおい、それじゃ俺たちがグラビン砦攻略を邪魔した意味が無くなっちまっただろうが……。
そもそもジャラク平原側の軍は囮のはずだろう?
なんで囮が勝っちゃうかなー――てかさ、本軍をこっちが抑えたのに負けるなよ獣人国……。
「本当なのですか?」
「誤報じゃないんだろうね」
火事校長と雷船長が、地割れ店長に詰め寄る。
「本当だ、宰相府の諜報員から報告が入った。モロフンドの街からまず3万の獣人が、既に奴隷として運ばれているらしい――国都までの奴隷の食料の支援が、国に要請されている」
「3万人も!?」
犬獣人である雷船長が、獣人移送の報を受けて動揺している。
「首領、獣人解放の命は何卒この地割れ店長にお命じを」
今回の作戦で留守番だったから、つまんなかったんだなこいつ。
「首領! あたしに行かせておくれ! 早く助けてやらないと!」
同じ獣人だからな、雷船長の気持ちも解らんでもない。
だが……。
「さすがにすぐには無理だ――改良ゴブリン隊は全て土に返ってしまったし、解放した後の獣人たちをどうするかのプランも無い。だから俺は畑で改良ゴフリン隊を作るから、お前たちは獣人解放とその後をどうするかを考えておいてくれ」
「はい」
「わかりました」
「承知しました」
幹部たちが各々返事をする。
「あー……モフロンドの街どーすっかなー、でも街の解放とかまでは俺たちの仕事じゃ無いよなー…………うむ、後で考えよう。そういう訳だから俺は畑に行く、あとよろしく頼む。やっぱモグゴブリンは必須だよなー、あとスラゴブと蜂ゴブと……」
俺はブツブツと独り言を言いながら畑に向かう。
もう獣人移送の妨害計画は、臨機応変でいこう。
……行き当たりばったりとも言うが。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 2日後 ―
「全軍出撃! これより、人間国国都へ移送される獣人を開放しに向かう! 勇者を倒せ、兵を殲滅せよ! 人間どもの暴虐をこれ以上許すな! 大義は我らにあり!」
あっぶねー『正義は我らにあり』とか言いそうになっちまった……悪の秘密結社としてのアイデンティティーがブレるところだったな、うむ。
うおおぉぉぉ! と歓声が上がる――まぁ、歓声のほとんどが『ゴブ』であることは言うまでも無いが。
改良ゴブリン隊の数は3000匹――この数をわずか2日で育てた俺を褒めて欲しい。
おかげさまで寝不足なので、目的地まで寝るとしよう――蜂ゴブリンたちよ、ハンモックで寝るから運ぶのよろしく。
――――
「首領、偵察隊が戻りました。獣人移送に付いてきた兵は10000ほど、なお勇者は確認できておりません」
「勇者がいない?」
「今のところ見当たりません」
ふむ、ならば俺の命令は決まった。
全軍の先頭に立ち、声を張る。
「全軍戦闘準備! 目標は人間国軍! 遠慮も躊躇も情けもいらん、蹂・躙・せよ!!」
戦力的に負けは無いだろうが、この後モフロンドの街にも遠征する予定になってしまったので時間が無い――なので俺も出撃だ。
ブンッと空へと浮かび、3つの角をしっかりと前面に向けて一気に軍勢に突っ込む。
あ、俺ずっとカブトムシ男の形体だから、一応念のため。
ザクザクと人間の兵士に角が突き刺さる。
刺さったままだと邪魔なので軽く振り落とし、再び兵が密集している場所へと飛ぶ。
あとは繰り返しだ。
考えたら初めて人間を殺したわけだが、特に何の感慨も無い。
まぁ、それが普通だろう。
良くドラマやアニメで罪悪感や後悔の念で気分が悪くなるとか、動けなくなるとかいう表現があるけども、あんなものはストーリーを盛り上げるための演出に過ぎない。
でなければ視聴者を洗脳し、無用な思い込みを植え付けるための陰謀だ。
実際は人間を殺したところで、どうという事は無い――俺が証拠だ。
だいたい人間などというものは、同族を平気で大量虐殺できる生き物なのだ
特に『正義』なんぞというものの名において大量虐殺するのは、人間にとって得意中の得意だし、むしろそれが本性と言っても過言では無い。
例え人間同士とはいえ、仲間意識を持っていない相手などは、殺しても心理的な問題などあるわけが無いのだ!
(注:諸々ひっくるめて、考え方には個人差があります)
――――
戦闘は、我々の圧勝に終わった。
人間国の軍勢は、1人残らず始末された。
奴隷として捕まっていた獣人たちには、まだ奴隷の首輪は着けられていなかったようだ。
なんせ数が多いからなー、軍の物資として持ち運ぶのも大変だったのだろう。
老人・若者・女・子供、様々な種の獣人たちが鎖に繋がれていた。
俺たちは今、その鎖を外す作業をしている。
なんか助けに来たはずなのに怖がられている気がする――てか、そんなに怖い?
獣人たちをなんとなーく眺めていたら、なんとなーく違和感があった。
何だろう?
「首領、鎖を外し終わりました」
「よし、今度はモフロンドの街だな」
モフロンドの街の解放は、獣人国軍が主攻となって行われる予定だ。
犬獣人である雷船長が、獣人国へと先行して使者となっているのだが――獣人国が信用して動いてくれるかどうか……。
改良ゴブリンは10日しか存在できず土に返ってしまう、ここまで来るのにも日にちが掛かっているので、もう戦える時間は少ない――そんな理由で改良ゴブリンは、実は戦争には向かない。
なので人間国軍を混乱させるための攻撃をこちらが請け負い、主攻を獣人国にやってもらわねばならない――そうやって短期決戦に持ち込む以外、策が無いのだ。
まずは街の近くまで近づいて、穴でも掘って地下で雷船長の報告を待とう。
…………
「獣人国軍を動かせました、あと2時間で到着する予定です」
雷船長が朗報を持って合流した。
「よくこんな得体の知れない俺たちを信用したもんだ――どうやった?」
「方面軍の指揮官のところまで押し入り、力を見せつけて説得しました」
「……それ、脅しって言わないか?」
「説得です――モフロンドの街の早急な解放という大義に、向こうにも納得してもらいました」
「説得なんだ……」
「説得です」
雷船長のおばちゃんは、押しが強いからなー。
まぁおかげで獣人国軍が動かせたんだから、これはこれで良しとするか。
…………
モフロンドの街に駐留する人間国軍の数は50000。
俺たちの仕事は獣人国軍が突入するために、街の門を確保したりかく乱したりすることである。
この世界では、地下からの攻撃に対してほぼ無警戒だったりする。
なので今回も地下から街へとお邪魔させてもらう。
案の定人間国の兵士たちは、大混乱をしてくれたようだ。
俺も1人だけ見学はつまんないので、ブンブン飛び回っている。
時々矢が飛んでくるが、俺のカブトムシの甲殻は当たってもキンキンと弾いてしまうので問題ない。
ゴブリン隊が門を制圧したみたいだ――あとは獣人さんの軍隊待ちだ。
暇なので、街の上空を円を描くようにグルグル飛び回っている俺。
これ、飛んでる俺を遠目から見たらハエが飛んでるように見える気が……。
やがて獣人国軍がモフロンドの街へと攻め入り、人間国軍は駆逐された。
街の解放が宣言され、住民が歓喜と共に家から外へと出てくる。
若者・年寄り・男・女・子供たち、歓喜の声はやがて歓声となった。
何だろう? やっぱりなんとなく違和感が……。
「首領、お話が……」
雷船長が俺が停まっている木の上までやってきた。
「どうした? 獣人国が何か面倒なことでも言ってきたか?」
「いえ、そうではなく――住民が子供を探して欲しいと言っているのです。子供というか、赤ん坊なのですが……」
そうかそれか! 違和感の正体は!
「何人だ!――いや、どのくらいの住人が探して欲しいと言っている!」
「あたしが聞いた限りだと、今のところ十数人程度ですが……」
「もっといないか聞いてみろ!――あと火事校長か地割れ店長に全軍撤収の準備をさせろ、場合によっては強行軍で人間国国都まで向かう! 急げ!」
「は、はい!」
…………
待ちきれずに呼び戻した雷船長の報告は、俺にとっては最悪であった。
「街の赤ん坊たち全てを、人間国軍が無理やり連れ去ったようです。行方は――申し訳ありません、まだ見つかってはおりません」
「くそ! やられた……油断した!」
宰相府の諜報員の情報が奴隷とする獣人の移送だけだったので、頭から可能性を排除してしまった。
十分あり得る話だったのに……。
「首領! まさか人間どもは!」
火事校長も気付いたようだ。
「そんなまさか! そんな情報はどこからも……宰相府が許可を出したと言う話もありませんでしたぞ!」
地割れ店長が情報との齟齬に困惑し、驚愕する。
「宰相府の許可無しに事後承諾でやっちまうつもりなんだろうよ、アレを――【勇者召喚】をな」
俺の導き出した答えに、その場の全員が沈黙した。
恐らく間違いない。1歳に満たない1000人の赤子の魂をエネルギー変換し、異世界人を召喚し洗脳して使役する外法――【勇者召喚】。
人間国軍は、それをやるつもりなのだ。
「ゴブリン隊は時間的にもう持たん、我々だけでも人間国の国都へ――サヒューモ教の本部大聖堂へと急ぐのだ! 勇者召喚の前に赤ん坊を取り戻すぞ!」
赤ん坊は荷物のように馬車か何かで運ばれているはずだ、命を損なわないよう迅速に……。
急がねばならない。
勇者召喚だけは阻止しなければ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
昼夜を問わずの強行軍で、ようやく国都ユヒポニアの近くまで辿り着いた。
月明りに小さく国都の影が見える。
まだ赤ん坊を輸送する隊は見えない。
間に合え! 間に合え! 間に合え!
焦る気持ちとは逆に、国都の影はなかなか大きくなってはくれない。
「首領、あれは……」
比較的夜目の効く雷船長が、国都を指さした。
国都の真ん中付近に、小さな光の点が見える。
「光……」
「まさか!」
光は徐々に大きくなり、国都の影全てを覆いつくした。
俺は呆然とその光――絶望の光を見つめていた。
【勇者召喚】の夜は、満月の夜であった。




