シン・デンジャー幹部の正体!
― グラビン砦近郊 ―
「おー、壮観壮観」
うっすらと空が白み始め、地上の様子が見えてきた。
俺がかなり離れた空中から見下ろしているのは、獣人国のグラビン砦を攻略せんとする人間国軍――その数、およそ10万という大軍である。
10万という大軍を上空から見下ろすというのは、本当に壮観だな……。
「はっはっはっ、見ろ! 人がゴミのようだ!」
……すんません、一度言ってみたかっただけです。
グラビン砦は、2つの山に挟まれるような地形に作られた砦である。
本来この2つの山の間は街道であるのだが、その街道を完全にふさぐ形で砦は建てられていた。
また山にはそれぞれに小砦があり、グラビン砦へと向かう敵を挟み込むように攻撃する拠点となっている。
小砦に至るまでの山の斜面には無数の障害物があり、小砦への侵攻を妨げていた。
今回人間国が侵攻するのはこのグラビン砦だけではない、山岳地帯を挟んで南にある『ジャラク平原』にも陽動として6万の軍勢を差し向けている。
ジャラク平原とグラビン砦は共に、人口10万人を超える獣人国の街『モロフンド』へと通じており、軍の最終的な戦略目標は、実はこのモロフンドの街なのだ。
ジャラク平原は大軍が展開できるので、獣人国も防ぐには大軍を向かわせなければならない。
グラビン砦方面の獣人国軍をジャラク平原へと引き付け、その間にグラビン砦を突破してモロフンドの街を落とす、それが今回の人間国の侵攻作戦の概要である。
ここから先の人間国軍の動きは入手した情報書類が焼けてしまって失われているが、恐らくモロフンドの街の住民を捕まえて奴隷を確保するつもりなのだろう。
だが、そうはさせない。
人間国10万の軍勢は、ここで止める。
グラビン砦を突破できると思うなよ、人間国。
――――
夜明けとともに、人間国の攻撃が始まった。
まずは左右の小砦を落とす作戦のはずだ。
勇者の【魂の刻印】で作った爆弾を使って小砦の障害物を破壊し、左右の小砦を攻略する予定らしいが――勇者の爆弾って、どんなんだ?
爆弾を出す勇者の【魂の刻印】を確認したいのだが、これだけの軍勢に紛れているとどこに居るんだか探すのに苦労しそうだ。
何か目立つ行動でもしてくれないだろうか?
小砦へ向かう斜面の障害物が爆発した――あれが勇者の爆弾か。
つーか、離れた場所を爆発させるとか、もうそれ爆弾じゃなくて榴弾とかミサイルじゃん――と思ったが、良く見ると巨弓の矢に爆弾を括り付けて飛ばしているらしい。
爆弾を矢に括り付ける作業をしているのは――たぶんあの辺だな。
で、たぶんあの流れが爆弾を運んでいる兵士、だとすればあの辺に爆弾の勇者が――いた! たぶんあれだ! あのオレンジ色のやつ!
あんな目立つ色の鎧を着けてるやつなんて、勇者以外あり得ない。
早速【魂の刻印】を確認してみる。
たとえゴマ粒みたいに小さくしか見えなくても、見えさえすれば【魂の刻印】は確認できるのだ!
※ ※ ※ ※ ※
橙坂 清見
【魂の刻印:腐食】 触れることで有機物を腐らせる。腐食ダメージ無効。
【魂の刻印:爆発物敷設】 半径211mの範囲内に爆発物を敷設できる。爆発ダメージ無効。
【魂の刻印:全周囲視界】 全ての方向を常時視認できる。
※ ※ ※ ※ ※
おいおい、爆弾だけじゃなく【腐食】なんてのも持っているのかよ!
【爆発物敷設】ということは、地雷や機雷をバラ撒けるってことか?
あとは【全周囲視界】だが――便利そうだが、イメージしてみると逆になんか感覚が気持ち悪そうな……。
腐食ダメージも無効、爆発ダメージも無効だが、逆にそれ以外が有効なのだから……手傷を負わせるくらいなら、即席でなんとかなるかな?
――――
小砦への攻撃に邪魔な障害物が、少しずつ――だが確実に破壊されていく。
反撃として小砦からも矢が飛んではいるが、爆弾を矢に括り付けて放つ人間国の巨弓兵は大楯兵に巧みに守られている上に、交代要員も多いので攻撃の手はさほど緩まない。
紫の勇者が【雷撃の槍】で小砦の弓兵を攻撃している。
これで小砦の弓兵は壊滅するかと思われたが、獣人国もさる者で武器等を組み合わせて避雷針を作って斜面に突き刺し始めた。
まぁ、避雷針の近くにいるととばっちりで感電したりするし、避雷針の数もまばらなので大して防げてはいないようだが。
――――
障害物が1/3ほど壊されたところで夜になった。
人間国は夜通し小砦への攻撃を続けるらしい。
暗闇に紛れて、我々シン・デンジャーの出番が始まる。
こちらの作戦は単純なものだ。
夜陰に乗じて地下から敵陣へと潜り込み、兵糧を焼く――我が組織にとっては簡単なお仕事である。
思うのだが、陸戦において地中を歩く程度の速度で進軍できるというのは、反則的に有利なアドバンテージな気がする。
地中からの攻撃は全て奇襲になるし、地中に逃げれば追ってこられない。
モグラが攻撃してくるモグラ叩きゲームのようなものだ。
しかも穴の位置は予め特定することができず、さらにそのモグラが人間よりもかなり強い、改良ゴブリン戦闘員だという理不尽さなのだ。
連れてきた戦闘員の数は人間国10万に比べて僅か500でしか無いが、兵糧を焼き尽くす程度の事は簡単にできる。
明るいうちに食料供給の流れはしっかり把握しており、その流れを辿って物資の位置は掴んであるのだ。
兵糧を焼くついでに、あわ良くば勇者の1人くらいは始末したいが――さすがにそこまでは欲張り過ぎかな?
「では始めてくれ、火事校長。やつらの兵糧を燃やし尽くせ」
「お任せ下さい首領、造作も無い作業です」
目の前の美人のエルフ――火事校長が長い緑の髪をかき上げて、自信満々の返事を返してきた。
そしてそのまま、本来の姿に変身する。
全身をウロコが覆い長い尻尾が伸びてくる。
口が大きく裂け鋭い牙や爪が生えて、やがて体全体が赤褐色に輝き始めた。
「おっと、炎を纏うのはまだ早いぞ」
「心得ておりますサラ、目的地へ到達するまでは隠密行動ですねサラ」
火事校長の本来の姿――それは火蜥蜴×エルフの改人、火蜥蜴エルフであった。
火蜥蜴エルフは、モグゴブリンの掘った穴へと潜り出撃して行く。
そして今回参加する幹部はもう1人。
「雷船長、紫の勇者は任せたぞ」
雷船長は電撃が無効な体質の改人なので、紫の勇者に対するには最適だろう。
「大船に乗ったつもりでいて下さいワン。敵の雷使いの動きは封じてみせますワン」
犬獣人のおばちゃん――雷船長は不敵な笑みを浮かべ、本来の姿に変身し始めた。
ふさふさした茶色の体毛はやや短くなり黒っぽく変色し、尻尾は長く伸びて体の各所にヒレが生えた。
やがてヌメヌメと黒光りし始めた、魚の特徴が強くなったその姿……。
それが雷船長の本来の姿――電気ウナギ×犬獣人、ウナギ犬獣人なのだ。
……ウナギ犬獣人だから、間違えないように。
これ大事だから。
「よし、行けウナギ犬獣人よ。その力、人間どもに見せつけてやれ」
「軽く遊んでやりますウナ」
火蜥蜴エルフに続き、ウナギ犬獣人が穴から出撃して行った。
そして今回参戦する改人がもう1人。
「毒蛇ラッコよ、お前の任務は爆弾使い――オレンジの勇者への襲撃だ」
「任せておくんなせぇヘビ。きっちり鉄砲玉の役目は果たしてみせやすヘビ」
いや、別に鉄砲玉とかそういうのでは――あれ? 似たようなもんか?
「オレンジの勇者の【腐食】は、毒も腐食させるかもしれん。殺せなくともいい、手傷を負わせろ」
「命ぁ取れるなら、取っても構わねぇんですよねヘビ」
「取れるならな」
「その言葉、しっかりあっしの耳に入れさせてもらいやしたぜヘビ、呑み込まんで下せぇよヘビ」
「呑み込まねーよ……魂は拾ってやる、存分にやれ」
「へいヘビ」
毒蛇ラッコも出撃し、これで全員が人間国軍へと向かった。
残ったのは俺1人。
誰もいなくなると、ちょっと寂しい……。
やがて人間国軍の陣地のあちこちから、火の手が上がった。
火蜥蜴エルフが仕事を始めたようだ。
――――
「いいか! 敵は闇に紛れて物資を襲撃している! 絶対にこの中央物資集積所に近づく者を、見逃すんじゃないぞ!」
違う――さっき燃え始めた物資には、敵の影など無かった。
いったいどこから攻撃をされているのか……紫の勇者――紫堂 光は、軍の将校の命令を無視して積み上げられた物資を凝視していた。
ボウッ
突然物資から炎が上がった。
敵――どこから!
「みんな、気を付けて! 敵だよ!」
紫の勇者――紫堂が週手の兵士に警戒を促したが、紫堂もどこから敵が攻撃してきたのか全く分からない。
だがその時、燃え上がる物資の中から1体の怪物が現れた。
「物資の中からだって?――そうか地下だ! やつらは地下から攻撃してきているんだよ!」
地下からの攻撃にようやく紫堂が気付く。
「ふふふ……よく気付きましたねサラ、あなたには花丸をあげましょうサラ」
そう言ったのは、物資の中から出てきた燃え盛る怪物。
「なるほど、獣人どもの仕業にしてはおかしいと思ったんだよ。君たちは国都を騒がせていた、テロリストたちだね?」
「テロリスト? 違うわサラ、私たちは秘密結社シン・デンジャーですサラ。そして私はシン・デンジャーの幹部、火事校長――またの名を火蜥蜴エルフよサラ」
グラビン砦における、シン・デンジャーvs勇者の戦いが始まった。




