国都の休日
獣人国のグラビン砦へと侵攻する人間国の軍事作戦、その概要が手に入った。
資料の一部が焼けてしまったので完全では無いが、砦への軍事侵攻を邪魔する程度のことは出来そうだ。
動員される勇者は2人――既に出会っている紫の勇者と、まだ出会っていない爆弾を使えるらしい勇者。
この勇者たちの動きを妨害することができれば、侵攻作戦を失敗に追い込めるはずだ。
で、作戦決行までにはまだ時間があるので、今日はお休み。
国都まで出向いて、ちょっとした買い物とメシを1人で楽しむ予定だ――というか、だった。
隣をスキップしながらついてきてるのはタッキ。
こっそり出かけたはずなのに、いつの間にかついてきている。
別に何か食べに行くとか、言った覚えは無いのに……。
ちなみに季節はもう秋なので、今日はサンマを食べる予定。
人間国には海が無いし、海のある国とは戦争中という状態なので一般的にサンマの流通は少ない――というか海産物全体が、なかなか口にできない。
だが我が組織は、人間国で貴重な海産物を畑で手に入れることができるのだ!
元が痛んでようが腐りかけだろうが、畑に埋めてしまえば俺の【農神】の刻印で、作物として育てて収穫できてしまうのである。
これを組織の店で提供したら、海産物に飢えていた人間国の人たちが押し寄せる結果となった。
おかげで今は、国都内にチェーン展開する人気店となっている。
仕入れ先が明らかに人間国内では無いのでスパイ容疑とか危なそうだが――そこはそれ、袖の下というものが世の中にはある。
それが簡単に通用してしまう人間国の人的資源の質の低下は、なかなかに深刻だと言えるだろう。
スキップしていたタッキが、急に立ち止まった。
通りの反対側、1区画先辺りをじっと見ている。
何が見えるんだ?
タッキの見ている方向に目をやると――まじか……。
向こうから勇者たちがやってきていた。
赤・青・茶の勇者たち3人が、何やら話をしながらこちらへ向かっているのが見える。
赤の勇者は、まだ松葉杖だ。
「あんたそれ外しなさいよ、趣味悪いから」
「俺様は寒がりなんだよ――いいだろ、キツネの襟巻き」
赤の勇者の首には、キツネの毛皮が巻いてあった――ずいぶん大物だな。
「キツネはキツネだけど、獣人の毛皮じゃん。よく気持ち悪く無いわね」
「でかくて暖かいんだよ――野呂田はいいと思うだろ?」
「俺もちょっと……」
「なんでだよ、マジで暖かいんだぜ?」
ずいぶん大物だと思ったら、獣人の毛皮だったか。
獣人とはいえ人の皮を巻くとか、俺にはいい趣味とは……獣人のキツネの毛皮?
まさか……!
気が付くとタッキが今にも飛び掛からんとしている様子だ――まずいな。
さすがにこの場で飛び掛かるようなことがあるのはまずいので、がっしりとタッキの襟首を掴んでおく。
「それにこのキツネは狩りで俺様が仕留めた毛皮だからな、記念品だよ。記・念・品」
「奴隷狩りで自分が殺した獣人なのか?」
「アタシはそれ無理だわー」
くっそ、あの赤い馬鹿は……。
タッキのやつが前に出ようとするのを、グイっと引っ張って止める。
このままではタッキが暴れてしまう、というか大声を出されてもまずい――どうする? いっそのこと……。
「おいタッキ、襲い掛かるなら人目のつかないところから地下に潜って、地下から襲え」
タッキがピタリと止まり、すぐにスッと建物の隙間へと消えていった。
これで良し――無謀な襲撃だが、止められる自信は俺には無い。
魂は拾ってやるから、存分にやれ。
そろそろ勇者たちとすれ違おうかという頃、通りの反対側――勇者の進行方向に小さな小さな穴が開く。
そしてその穴を3人の勇者が通り過ぎた直後、蟻キツネ獣人に変身したタッキが地中から襲い掛かった。
「辺雅、危ない!」
叫んだのは野呂田だが、遅い。
地中から襲い掛かったタッキはそのまま赤の勇者の後頭部に蹴りを入れて、首に巻いたキツネ獣人の毛皮を引きはがして奪い取り――再び地中へと去っていった。
ん? あれ? 『殺してやる』――みたいな襲撃じゃ無かったの……?
さっきのタッキには殺気があったような気がしたんだけど……俺の気のせいだったか?
勇者たちも、何が起きたのかという困惑した顔をしている。
念のため小一時間ほど赤い勇者をストーカーしたが、タッキの襲撃はもう無かった。
俺のところにも戻ってこなかったのだから、恐らく基地へと帰ったのであろう。
心配ではあったが、俺は予定通り買い物とメシにすることにする――タッキには、何か甘いものでも土産にしてやろう。
買い物を終えてメシにする――ようやくのサンマだ。
本当はもっと空いている時間に食べる予定だったのだが、なんだかんだあったので混みあう時間になってしまった。
組織の定食屋に入ると人が一杯だったが、かろうじて空いているテーブルがあったのでそこに座る。
もちろん注文したのはサンマ定食である。
どうせすぐには出来上がってこないから、と買い物した荷物を確認していると『お客様恐れ入りますが、店内が混みあっておりますので相席よろしいでしょうか?』と店員さんに言われてしまった。
組織の店なので、相席による客の回転率の上昇は大歓迎である。
なので、荷物をチェックしつつ適当に「いいですよー」と返事をしておいた。
荷物をゴソゴソしていると、対面の席に体の大きな男が座った。
「やぁ、すんません。相席をお願いしてしまって」
「いえいえ、構いませんよ」
と言いつつ、聞いたような声だなと相手の顔を見ると……。
四角張った顔に細い目、後ろに束ねた髪型をした体形のがっしりした――茶色い鎧の男。
茶の勇者――野呂田が目の前に座っていた。
(えっ? ちょっ! なんで勇者とか? へ? どゆこと?)
軽くパニくっていると、茶の勇者のほうから気軽に声を掛けてきた。
「あなたもやっぱり魚目当てで?」
「ええ、まぁ……」
もう覚悟を決めて、一般人のふりでもするしか無さそうだなこりゃ。
「やっぱり! この国には海が無いから、この店ができるまで魚がなかなか食べられなかったですからね!」
「そうですねー」
まぁ気持ちは分らんことは無い、俺だって食べたかったし。
つか、案外礼儀正しいやつだなこいつ。
「俺の生まれ育ったところは魚がたくさん獲れるところでね――釧路っていうんだけど……知らないですよね――子供の頃はほとんど毎日魚ぱっかり食べさせられてうんざりしていたんだけど、大人になると何でか無性に魚が食べたくなる時があって、もうこの店ができた時は感激したなぁ……」
へ? 茶の勇者さん、あんたの出身てば釧路なの?
「まじ!? 釧路なの? 俺、帯広――まじかよ、じゃあ俺と同郷みたいなもん……あ」
やってしもたーーー!!!
「えっ! 帯広? じゃああなたも勇者? だけど今まで会ったことは……」
「いや、そうじゃなくて……」
どうしよう、どうやって誤魔化そう――『帯広じゃなくてオビーロの街ですよー』とか……無理だ、つーか下手に誤魔化すと怪しまれる未来図しか描けない――正直に話す……のも人間国に伝わったらヤバそうな気もするし――説得して誰にも話さないよう頼むか……うむ、ものすごく不安だ――となると……やはり消すしか無いか。
そこまで考えたところで、テープルにサンマ定食が2つ置かれた。
もちろん俺と茶の勇者の分だ。
「あぁ、そちらもサンマ定食でしたか」
「秋だしね」
「やっぱり秋にはサンマですよね」
この会話のままうやむやには……ならないだろうなぁ。
腹くくって説得してみるか――駄目なら消そう。
「実は俺、日本人だけど勇者じゃないんですよ」
「日本人だけど勇者じゃない?――でも、召喚されたんじゃ……」
「いやいや、召喚はされてないんですよ」
「召喚されてない?」
大根おろしに醤油かけ過ぎだよ、勇者くん。
「俺は交通事故に遭って――で、気が付いたらこの世界に来ていたもんで……だから勇者じゃないんです」
「そうなんですか……」
そうなんです。
「だからほら、勇者の人は特殊能力持っているみたいじゃないですか? 俺にはそれ、無いんですよ」
「そうなんですか……」
大ウソです。
「だから最初は苦労しましたよ、この世界の事とか何にも知らないし。でもなんとか頑張って、ようやく普通に生活できる程度にはなれましたけどね」
「国に庇護を求めれば良かったのに。俺たち勇者もいるし、日本人なら生活の面倒くらいは見てもらえたんじゃないかな」
それは無いな。
でも話は合わせておくか。
「この世界に来たばかりの時には、そんなの思いつきませんよ」
「今からでも国の庇護は受けられるかもしれませんよ?」
それもたぶん無いから。
さて、ここからが問題だ。
上手いこと俺のことを黙っていてもらうには……。
「いやぁ……国に関わっちゃうと今の仕事ができなくなっちゃうからなぁ」
「まさか、違法なことをしているとか」
「いやいや、違法では無いですよ。違法では無いんですけどね――このサンマ、どこの国で獲れたサンマなのか分かります?」
「それは……」
「人間国じゃ無いのは分かりますよね」
ここで一気に畳みかける。
設定としては俺は海産物の輸入を仕事にしていることにして、国に関わりたくない理由を列挙したのだ。
違法では無いが、公になると人間国に海産物の輸入を止められるかもしれないこと。
人間国の諜報活動などに利用されると、他国にバレた時にやはり仕入れができなくなってしまうこと。
人間国が絡むと、仕入れた海産物が全て軍に買い上げられ、庶民の口には入らなくなるであろうこと。
そんなことを延々と話して説得する俺。
色々と理屈をごねているが、簡単に言うと『国に俺のこと話したら、今後魚は食えなくなるぞ』という胃袋と舌への脅しである。
洗脳されて人間国への忠誠を誓っていてる相手に、果たしてこれが通用するかどうか……。
「ううむ……」
「だから俺のことは誰にも話さないで欲しいんだよ」
「日本人仲間にも駄目か?」
「駄目だ――あんたは信用できても他の人は信用できない、口の軽い人もいるだろうしな」
特に赤い人とか。
「分かった。誰にも話さない」
「助かるよ」
よっしゃ! 通用した!
「その代わりに、条件がある」
「条件?」
弱みにつけこんで面倒な条件でも出すつもりか? やはり消すしか……。
「良かったら友人になってくれないか?」
「はい?」
何言ってるの? この人。
「その……日本人の知り合いというのが勇者ばかりなんだ。だから民間人にも日本人がいるなら、友人になりたいな……と思ったんだが……」
なるほど、そういうことね。
「田畑良吉だ――リョーとでも呼んでくれ。田畑とか良吉だと、分かるやつにはすぐ日本人だとバレちまうからな」
そう言いながら握手の為に右手を差し出す、それが俺の返事だ。
「野呂田茶乃介だ、野呂田でも茶乃介でも好きな方で読んでくれ」
がっしりと握手をする俺たち。
…………
サンマ定食を食べ終わったので、俺は清算を済ませてその場を後にした。
異世界で日本人の友達か――野呂田はけっこういい奴っぽい。
でもすまんな。
お前はたぶん信用できそうな奴なんだけど、『たぶん』以上には信用できない。
やっぱり勇者ではない日本人がいると誰かに知られるのは怖い。
早めに――そうだな――グラビン砦での作戦が終わった頃になると思うが、消させてもらうよ野呂田くん。
俺は臆病者だから、殺らないと怖いんだよ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 秘密基地 ―
「ほれ、お土産の今川焼だ」
基地に戻ってタッキを探すと、畑で大豆――枝豆の収穫をしていた。
土ですっかり汚れたキツネ獣人の毛皮を首にかけて……。
普段あれだけ食いしん坊キャラなタッキが、今川焼に見向きもしない。
近くに寄って頭を撫でてやろうとしたら、バシっと手を振り払われた。
これはやっぱり、そういうことなのかな……。
今度はガシっと頭を捕まえてから、わしゃわしゃと頭を撫でてやる。
今度は振り払ったりしないようだ。
「知ってるやつだったのか……?」
今度はやさしく頭を撫でながら、沈黙が破られるのを待つ。
しばらくしてから、ようやくタッキが口を開いた
「これは、にーだコン……」
にー? あぁ、兄か……。
「そうか」
「……にーだコン」
「そうか……」
「……にー……うぐっ、ひっく……」
「あとで、きれいに洗ってやろうな」
「……うぐっ……ひっく……にー…………うぅ……うわあぁぁぁぁん!!」
やっと泣けたか。
「うわあぁぁん……うっく、うぐ……にーがあぁー!!」
タッキが顔をぐしゃぐしゃにして抱き着いてきたので、頭を撫でてやる。
正直どうしていいものか分らんので、せめて泣き止むまで一緒にいるとしよう。
「うわあぁぁぁぁん!!」
タッキの鳴き声は、しばらくの間――けっこう長いしばらくの間、畑に響き続けた。
…………
やがて泣き止んできたタッキがこう言った。
「もっと……強くなりたい」
「あぁ、そのうちな」
俺は無難な答えを、決意を持って返す。
「絶対だコン? 約束だコン?」
泣き止んだタッキが、俺を涙目で睨むように見つめた。
「あぁ、絶対の約束だ。必ずあいつより強くしてやる」
きっと約束は守ってやるさ。
そのうち必ず強くしてやる。
俺は『子供に人殺しをさせてはいけない』なんて良識は、持ち合わせていない大人だからな。
任せとけ、俺は悪の秘密結社の首領なんだから。




