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異世界で★悪の秘密結社★を作ってみた  作者: 五十路
シン・デンジャーの章
31/68

溶ける! 改人スライムエルフ

 ― 秘密基地 ―


「旦那、あっしの出撃が中止になったってのは本当ですかいヘビ?」

 そう聞いてきたのは毒蛇×ラッコ獣人の改人――毒蛇ラッコだ。

「あぁ、新たな勇者が毒持ちには相性の悪い相手だったからな」

「毒を使わなくても、牙でも爪でも()れますぜヘビ」


 毒蛇ラッコは過去を語りたがらない男である。

 カタギでは無さそうな雰囲気を醸し出しているので周囲からは距離を置かれているが、普段の行動は物静かなやつだ。


「それでもわざわざ相性の悪い相手にぶつける気は無いよ。近々別作戦がある予定だから、そっちに回ってもらうことにした。その時には頼む」

 納得してくれるかな?

「分かりやしたヘビ。旦那に預けた命だ、好きに使って下せぇヘビ」

 あっさりと引き下がる毒蛇ラッコ。

 こいつ、やたら俺の言うことには素直なんだよなー。


「じゃあ、あっしはここで」

 そう言い残して、毒蛇ラッコは背中を揺らしながら去って行く。


 ……あー、ちょっと緊張した。


 …………


 指令室に入ると、幹部の面々が顔を揃えて――ないな。

 道具博士がいない。

 あの爺い、また研究室に籠ってやがるな――まぁいいか、別にいなくても。


 じゃあ始めようか。

「さて、今回の作戦だが――」


 今回の作戦は陽動作戦だ、目標は軍司令部。

 人間国が動くらしいのだが、目標が獣人国のグラビン砦方面というだけでその他の情報が掴めていない。

 なので軍司令部を襲撃することによって混乱させ、その隙に諜報員に探らせようという計画だ。


 そしてその計画のために出撃する改人は……。

「火事校長よ、改人の出撃準備はできているか?」

「我らが改人ならば、既にそこへ控えております」

 火事校長が指さしたのは、床。


 何もなかったように見えた床一面から、少しずつ『それ』が集まってきた。

 半透明のゲル状の何かが集合し、やがて『それ』は人型となった。

 その身体は完全な透明では無く薄い水色をしており、人型の胴体の中心には赤ワイン色の球体があった。


 体内に強力な酸を内包するアシッドスライム×エルフの改人、スライムエルフがそこに立っていた。

「スライムエルフ、お召しにより参上致しましてございますスラ」

 こいつ人型はしているが、もうエルフの原型は残って無いよなー。


「スライムエルフよ、人間国の軍司令部を襲撃せよ」

「ははっスラ!」

「作戦目的は情報収集のための陽動だ、建物内では暴れすぎるなよ」

「心得ておりますスラ、このスライムエルフにお任せあれスラ」

 たぶん跪いているんだろうけど、山盛りのスライム型になったようにしか見えない。


「よし、行くがよいスライムエルフ! 見事使命を果たしてみせよ!」

 俺の言葉に、部下たちの声が続く。


「シン・デンジャーのために!」

「シン・デンジャーの為に!」

「シン・デンジャーの為にだワン!」

「シン・デンジャーの為にスラ!」


 スライムエルフが出撃していった。


 ぷよんぷよん歩きながら……。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ― 人間国国都・軍司令部前 ―


 ピュッ

 スライムエルフの指先から弾丸のように放たれた水滴が司令部入口の扉に当たると、扉はみるみるうちに溶けて無くなった。

 強力な酸の水滴である。


「イノゴブリンたちよ、突入してあらゆる扉を破壊しなさいスラ。破壊できない扉があれば私に知らせるのですスラ」

 今回従えているのはイノゴブリンである。

 アシッドスライム×ゴブリンのスラゴブリンも作ってもらったのだが、最終的な目的が情報収集――重要書類等の確保なので、安全の為にイノゴブリンを連れてきたのだ。

 スラゴブリンでは、情報を記した物まで間違って溶かしてしまう危険がある。


 スライムエルフが自らも建物に入ろうかという時に、邪魔が入った。

「待て! そこまでだ!」

 それは茶色の鎧を身に着けた勇者――野呂田であった。


 ピュッ

 チラリと一瞥したスライムエルフが、野呂田に向かって酸の水滴を飛ばす。

【自動回避】の刻印を持った野呂田は、それをひらりと躱した。

 地面に落ちた酸の水滴はジューという音を立てて、墓穴ほどの大きさの穴を穿つ。


「ほう、避けますかスラ」

 認識を新たにして野呂田へと意識を向けたスライムエルフが、いくつもの酸の水滴を飛ばし始めた。

 軽やかに全てを避ける野呂田。


 だがいつまでも避け続けられるほどには、酸の水滴は甘くは無かった。

 酸による穴があちこちに穿たれ、ついに野呂田は転んだ。


「くそっ! 足場が悪すぎる!」

 酸の水滴が野呂田の腹に命中し、ジュッという音を立てる。

 慌てて鎧を脱いで放り投げると、鎧は地面に落ちてグシャリと潰れてしまった。


「そこまででスラね」

 余裕の笑みだろうか――顔の辺りが少し歪み、今度こそ止めを刺そうと酸の水滴を放つ。

 と、そこへ1人の人影が駆け込んできた。


「うおおー! 重いぞ野呂田ー!」

 片膝をついた野呂田を無理矢理引っ張る小柄な姿は、青の勇者――葵であった。

 間一髪で水滴は野呂田の横を通り過ぎる。


「こんにゃろ! 今度はこっちの番だかんね!」

「直接攻撃は駄目だ、葵!」

【爆裂拳】を放とうとスライムエルフに近づこうとする葵を止め、野呂田が腰に帯びていた剣を投げつけると、スライムエルフに命中した剣はジュッと音を立てて溶けてしまった。


「剣が……!」

「【鋼鉄化】を使っても酸の体を殴ればただでは済まないぞ、ここは慎重に……」

「だったらどうすりゃいいのさ!」


「こうすればいいのよ――【毒の霧】!」

 いつの間にか【飛行】の能力で上空に来ていた緑の勇者――小百合の毒霧ブレスが、スライムエルフを覆いつくす。

 だが……。


「効かない!?」

 小百合が驚愕するのも無理は無い、通常のスライムならば毒はその威力を軽減されても無効化されることは無いのだ。

「無駄ですスラよ、私の酸は強化されていますスラ。毒を酸で変質させ無効化するくらいは、造作も無いことスラよ」

 ぽよぽよぽよと身体を揺らして笑うスライムエルフ。


「だったらこいつはどうだ! 【飛斬撃】!」

 3人の勇者の後方から、松葉づえをつきながらやってきた赤い鎧に身を包んだ男――辺雅(べが)が斬撃を飛ばした。

 飛んできた斬撃がスライムエルフの頭の部分を切り飛ばす。

 飛ばされた頭の部分はベチャリと地面に落ちたが、すぐにぷよぷよと本体に近づき再び一体化してしまった。


 しばしの沈黙がその場を包む……。

 そして青・茶・緑の3人の勇者のアホを見るような視線が、斬撃を飛ばした赤の勇者――辺雅に突き刺ささる。


「そこの赤いバカ! スライムの弱点は『核』よ! あの赤くて丸いやつ! あんた、そんなことも知らないの?――前々からバカなのは知ってたけど、ここまで本物とは思わなかったわ……」

 緑の勇者――小百合が本気で呆れながら頭を抱えた。


「い、いや俺だってそんなの知ってるし! ほら、あの、あれだよ――うっかり忘れて間違ったんだよ!」

「忘れたのか間違ったのかどっちよ」

「いや、それはだから……」

 青の勇者――葵のツッコミに、赤の勇者――辺雅(べが)がしどろもどろになった。


「どっちでもいいから、核を狙って斬撃を放て!」

「お、おう」

 茶の勇者――野呂田に言われ、核に向かって斬撃を飛ばす辺雅。

 だがその斬撃が核に当たる前に、ヒョイと核が別な場所に移動をした――胴体から頭へ、頭から左腕へ、また胴体……今度は右足へと。


「核を狙われたところで、当たらなければどうということはありませんスラ」

 酸の水滴が、今度は辺雅に向かって飛ぶ。

 辺雅が避けそこなったその酸は、左足首に当たりジュッという音を立てて左足を溶かした。


「辺雅!」

 響いたのは葵の叫び――だったのだが……。

「うおっ! 俺の左足が!――この義足、出来上がったばっかりだったのに!」


 その声に一旦は安堵する勇者たちではあったが、有効な攻撃が見いだせない現状には変わりは無かった。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ― 軍司令部内 ―


「襲撃です!」

「扉が溶かされました!」

 次々と司令部襲撃の報が入る。


「ええい! 勇者たちは何をやっているのだ!」

 上官であるコルビス軍官長が、苛立って怒鳴り散らしている。

 好機だ。


「軍官長、万が一もあります――機密書類は処分しておくべきでは?」

「ふむ――確かにそうか」

 私の提言にコルビス軍官長が乗ってくれた。

 あとは機密書類の処分を任せてもらえれば……。


 だが、私が言い出す間もなくコルビス軍官長が、機密書類を集めて燃やし始めてしまった。

 これでは機密書類が――組織に手に入れるよう命じられた情報が、燃えてしまう……。


 慌てて私は、新たな進言をこの上司にしてみる。

「あとは私が最後まで処理しておきます、軍官長は早くお逃げ下さい。ボルホア将軍も心配です」

「ふむ――そうだな……」

 コルビス軍官長が、燃えている機密書類と私を見比べて何事かを考えていたが……。


「よし、後は任せる。書類の処理を終えたら、お前もすぐに逃げろ」

「はっ!」

 よし! これで機密書類を手に入れることができる。


 軍官長が出て行くのを確認し、私はすぐに火の中から機密書類を救い出した。

 一部は燃えてしまったが、なんとか情報を手に入れることに成功した。


 後はこの情報を渡して役立ててもらうだけだ――組織のために。


 我らが秘密結社、シン・デンジャーのために……。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ― 軍司令部前 ―


 小百合の毒も辺雅の斬撃も有効ではない、ましてや野呂田の攻撃力ではダメージを与えることすら不可能だ――ならば敵の酸の体の中に自分が拳を叩きこむしかない。青の勇者――葵は、覚悟を決めて一歩を踏み出した――こうなったら腕の一本くらいくれてやる、と。


「待て! 葵!」

 野呂田の声にも、葵は止まらない。

 片腕が無くなったら、野呂田は看病してくれるかな……と思いながら、もう一歩を踏み出す。


「葵! 殴るならこいつを殴れ!」


 辺雅でも殴れと言っているのか――と思わず振り向いたその方向からは、野呂田が脱ぎ捨てた兜を葵へ向かって投げつけているところであった。

「へ……兜?――そうか! そういうことか!」

 飛んできた兜に狙いをつけ、葵とスライムエルフの間に届いたところでついにその拳は放たれた。


「【爆裂拳】!」


 兜に命中した【爆裂拳】の爆風と衝撃波が、スライムエルフを襲う。

 そう、爆風と衝撃波による間接的な攻撃、これが野呂田の狙いであった。

「この程度の攻撃などスラ!」


「まだまだ、もう一発! 【爆裂拳】!」

 今度は拾った石に向かって【爆裂拳】を放つ。

「まだまだぁー!」


 数発の爆裂拳が放たれ、爆風と衝撃波でスライムエルフのゲル状の肉体が少しずつ吹き飛ばされていく。

 吹き飛ばされたゲル状の肉体が本体に戻ろうとするが、吹き飛ばされる量がそれを上回る。

 そうしてついにスライムエルフの核がむき出しとなった。


「そこだあぁー!」

 ゲル状の肉体の大半を吹き飛ばされて逃げ場が限定され、更にむき出しな状態になったスライムエルフの核を目掛けて【爆裂拳】が放たれた。

 酸に侵されぬよう念のために、可愛らしいクマさん柄のハンカチを拳と核の間に挟んで……。


 ドオオォォーン!


 爆発の衝撃波をダイレクトに食らったスライムエルフの核は、ついに砕け散った。


「よっしゃー!」

 葵がガッツポーズと共に雄叫びを上げる。


 倒されたスライムエルフは、その死と引き換えに酸による巨大な穴を残していた。


 軍司令部への襲撃は、勇者の勝利となったのである。

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