魂の刻印
「では、次の魂の刻印を確認してみましょうか?」
神様も興味津々っぽい、当然俺もだ。
「今度こそ戦闘系だといいなー」
そうすれば無双して楽しむのもスローライフを楽しむのも、自由に満喫できるってもんだ。
自分の魂をイメージして……見えた!
【魂の刻印:魂の管理】
「魂の管理?」
なんです? それ。
「魂の管理ですか……それはまたなんとも……」
なんか神様が微妙な顔してるよ。
「ひょっとして役に立たない刻印だったりします?」
「いやいや、そんなことは無いよ。とっても役に立ってるから」
役に立っているということは、神様がお仕事に使ってたりするのだろうか?
「あれ? ひょっとして神様にもこの魂の刻印があったりします?」
「僕にはそもそも刻印とか無いよ、天使たちには刻印じゃ無いけど同じ能力があるね」
「あぁ、なるほど。天使がお仕事に使うような能力なのか!」
それなら納得できる。
「そうなんだよ。魂の管理というのは天使が持っているのと同じ能力の魂の刻印でね、死者の魂を僕のところに持ってくるのに使える能力だね」
へー、そうなんだ……というか、それで俺に何をしろと?
「それって、天使が持っていないと意味の無い魂の刻印なんじゃ……」
人間の俺が持っていても意味が無いよね。
「意味が無いことも……無いかな?」
「というと?」
何か使い道がありますので?
「肉体から魂が分離しちゃった時とかに、魂をちゃんと戻せたり……」
「ほう、他には?」
「壊れそうな魂とかを修復出来たり……」
「あとは?」
「魂の保管とか」
うん、だいたい理解した。
「それって生きていく上で使う機会とか、ほぼ無いですよね」
「だね」
だねって言われてしまった。
「マジかよ~、なんかすごい損した気分だ……」
三つの魂の刻印のうち、一つが使い道のない死に刻印とか勘弁してくれよー。
「まぁまぁ、もう一つあるんだからそっちに期待しようよ」
慰めて貰ったけど、がっかり感は否めないです。
「はぁ……最後の一つに期待するしか無いのか……」
損した感は残ってるけど、最期の魂の刻印を確認してみよう。
自分の魂をイメージして……今度こそ戦闘系よ来い! 来い! 来い!!
…………
……あれ? 刻印が見えないのだが? どういうこと?
「どうかしたのかい?」
首をかしげる俺に、神様が聞いてきた。
「いや、なんか三つ目の魂の刻印が見当たらなくて……」
「見当たらない? どれどれ……」
神様が何かを確認するように目を細めた。
あー、なんか見られてるって気がする。
これってやっぱ魂を見られているんだよなー。
「本当だ、三つ目が無いね」
「でしょ? どういうこと? こんなことって良くあるの!?」
動揺して敬語がどっかに飛んで行ったが、そこは人として致し方あるまい。
「たぶん【魂の刻印:農神】が破格過ぎて、三つある枠のうちの二つを使ってしまったというところかな? こんなこともあるんだね」
あるんだねで済まされてしもた。
まいったなー、神様が確認したのだから間違いは無いんだろうなー。
「となるとこれからの人生は、【魂の刻印:農神】を生かすために農業一択ですね。まぁ作物育てるのは好きだからいいんだけどさ。あー、戦闘系の刻印が欲しかったなー……」
「そうだね、僕も残念だよ」
ありがとう神様、一緒に残念がってくれて。
……あれ? なんか俺より残念そうに見えるんだけど?
「あのー、どうしてそこまで残念に思ってくれるんです?」
しばしの沈黙の後、神様は重そうに口を開いた。
「実を言うと僕の世界には少々問題があってね……人間の国が他の異種人の国と戦争をしている、と僕が言ったのは覚えているよね?」
「それは覚えてます、あと治安が悪いってのも」
「その戦争の原因というか、戦争に踏み切るための切り札になっているのが『勇者召喚』という魔法――いや、外法と表現した方が適切かな?」
「勇者召喚?」
何? その素敵っぽい魔法……いや、外法?
「そう『勇者召喚』だ。異世界人を強引にこの世界に呼ぶんだよ。その際に神界の狭間を通るから、呼ばれた異世界人には魂の刻印が付与される」
「俺みたいに?」
「そうだ。そして召喚された異世界人は外法の力で洗脳され『勇者』とされて、戦争に使われているんだ。魂の刻印の力はかなり大きいからね、人間の国は着々と支配地域を広げているよ」
外法の力で洗脳とか、駄目な方の勇者召喚じゃん。
うわー、人間の国ってブラックだわー。
「なるほど、魔法というより外法ですね」
「納得するのはまだ早いよ」
「というと?」
まだ何かあるん?
「『勇者召喚』の外法には、千人もの赤子の魂が使われる。魂は召喚の為のエネルギーに変換され、消滅して二度と戻ってこない……僕にとっては、これはとても悲しいことなんだ」
そう説明してくれた神様は、やれやれといった表情であった。
あのー、神様? 本当に悲しんでます?
まぁそんなわざとらしく悲しんでいる神様を見ても、俺の中では人間の国の評価は絶賛暴落中なのだが。
「それって、神様の力でなんとかならないので?」
「あ、基本僕は下界の出来事にはノータッチだから。まぁ、正直できないことはないんだけどね。だけどさすがに放ってはおけないから、『勇者召喚』を不可能にするために世界のシステムを修正しているところなんだ。まさか僕が気付かなかったシステムの穴を突かれるとはなぁ……人間も成長したものだよ」
神様が悔しそうに下唇を噛みしめる。
たぶん悔しいのは自分が気付かなかったシステムの穴を、人間が気付いたということだろう。
下界に住んでいる人の為ではなさそうだ。
「その世界のシステムの修正って、けっこう大変なんですか?」
「大変なんてもんじゃないよ。修正を始めてもう11年になるけど、まだ終わらないんだ。あと5~6年はかかりそうだよ。世界というのは事象がとても複雑に絡み合っていてね、ほんの一部を直すのにも他への影響が多すぎて調整が面倒なんだ」
うん、あまり想像がつかんが面倒なのだろう。
「だから君に強力な戦闘系の魂の刻印があれば、気が向いた時にでも勇者を間引いてもらおうかなー、とか考えていたんだよね」
なるほど、それでがっかりしていたのか……うん、やってあげたいのは山々なんだけど、無理だよね。
いやー、残念だなー。
それはそれとして、素朴な疑問が一つ。
「でも同じ戦闘系の魂の刻印持ちだと互角には戦えても、勝てるとは限らないんじゃないですか?」
「そこはほら、僕が魂の刻印に細工をして強化できるからさ。あと死んでも生き返らせるくらいなら簡単にできるから何度もトライできるし、追加で神の武器とかあればたぶん余裕だよ」
なるほど、確かに勝てそうな気がする。
でも俺の魂の刻印には、戦闘系が無いんだよね。
「う~ん、やっぱり戦闘系の魂の刻印が欲しかったなぁー」
「無い物は仕方ないから、まぁそこは諦めて楽しく生きてよ」
「治安の悪い世界で戦闘系が無いのは、イマイチ不安ですけどね」
下界に降り立ったとたんに死んじゃうとか、ありそうで怖い。
「寿命以外で死んだら生き返らせるくらいはしてあげるから、その時は遠慮しないでね」
「あ、なんかそれは助かります」
というか、その前に死にたく無いけれど。
「そうだ! 戦闘の役には立たないけど、この神具を持っていくといいよ」
神様がそういうと俺の右手に、木で作られた鍬が突如出現した。
「これは?」
「鍬だよ」
それはさすがに判るから、そうでなくてさ。
「普通の鍬じゃないんですよね?」
「もちろんだよ、神具だからね? 普通なわけがないよ。その鍬は、どんな土地でも簡単に耕せて農地にできるんだ、例えそれが岩場だろうが砂漠だろうがね。しかも壊れないし君専用だ」
そう、そっちを聞きたかったのですよ。
てーか砂漠を農地にできるって、無茶苦茶凄いんだけど。
「あとは……農地を買うための資金はどうする? やっぱり自分で働いて稼ぐのかい?」
「うーん、できればそうしたいんですよね。農地さえ手に入ればあとは余裕なので、そこで楽をしちゃうのは人として駄目になりそうだし」
「苦労するよ、今の人間の国だと」
そう何度も念押しされると不安になっちゃうんですが……。
「何か保険かけておいたほうがいいですかね?」
「換金できそうなブツでも、持っていくかい?」
ブツって……なんかヤバいものみたいに聞こえるのですが……。
「物とかお金とかは盗まれたらそれで終わりですからね……そうだ! 魂の刻印に細工ができるって言ってましたよね? 作物以外の物も育成できるようにって、できたりします?」
「できるけど、何に使う気なんだい?」
「畑でお金を育てて増やそうかな? と。いざという時は、適当な人目に付かない場所に畑を作って、お金を育てて資金をつくる……とかできますか?」
あははははは! と大笑いしたあと、神様は解説モードに入った。
「お金をその方法で増やすのはちょっと無理かな。育てる、というのは命のある存在にしかできないからね、育てた時点でそのお金は命ある存在になるんだよ。そして命ある存在は必ず死ぬ、つまりその育てたお金はいずれ土に返るということさ。土に返っちゃうお金なんて、使えないだろ?」
なるほど、それは確かに使えんわ。
「詐欺とかにしか、使い道が無さそうですね」
「あぁ、なるほど! そういう使い道もあるね!」
「それで人間の国に混乱でも仕掛けます?」
「それはそれで楽しそうだけど、無理はしないでいいよ。そんなことをしたら面倒なことになっちゃうでしょ? でも面白そうだから、できるようにはしておくね」
本音はやって欲しいんだろうなー。
俺の中のなにかが変化したような気がした、たぶん魂の刻印に変化があったのだろう。
「あとは何か欲しい物はあるかな?」
「いえ、これで生活してみますよ。あといい感じの作物ができたら、お供えでもします?」
「そうだね、期待して待っているよ。そろそろ下界に降りるかい?」
「はい、よろしくお願いします。あ、もしできそうなら、人間の国に嫌がらせでもしますね」
「あははは、無理はしないでね。それじゃあ降ろすよ」
「あ、その前に確認なんですが、言葉は通じるんでしょうか?」
「大丈夫、読み書きに関してはどんな言葉でも使えるようになってるから、安心していいよ」
「良かった、それだけが心配だったんですよ。では、お願いします」
「では、始めるよ」
俺は光に包まれた。
いざ下界に降り立つのだ。
「良い異世界を」
最後に神様の声が聞こえた。
若干、設定に無理がありますが、こんなもんだと諦めて下さい。