怪異! 蜂ドワーフ
― 秘密基地 ―
シン・デンジャーになってから、やたらと報告書が多い。
目を通さねばならない書類が多くなって、最近ちょっと疲れ目ぎみである。
ブルーベリーとか畑に植えようかなー。
でもまだ忙しくて手が回らない。
今日もこれから、幹部の人たちとお仕事の予定だし。
シン・デンジャーの活動を本格的に始める指令を出さないといけないのだ。
新たな組織の第一号作戦――顔見世興行みたいなもんだから、俺が指令を出さないと始まらないらしい。
さらにそれを見届けないといけないというお仕事が……。
ドリンク剤が飲みてーなー。
…………
秘密基地の指令室へと入った。
指令室はデンジャーの頃よりもかなり広く、内装もしっかりしている。
中には幹部に任命した4人の姿があった。
俺は1人1人に声を掛けていく。
「火事校長」
「はっ!」
火事校長はけっこう年増のエルフのおねーさんで、人間国に捕まるまでは学校の先生をやっていた。
学校に火を点けられ、生徒を大勢焼き殺された恨みで人間国に復讐を誓っている。
けっこう美人で、髪の色はエルフにはたまにいる緑の髪だ。
「地割れ店長」
「ははっ!」
地割れ店長は年配のドワーフで、人間国に捕まるまでは酒屋を経営していた。
人間国に店内の酒をすべて奪われ家族も捕まったらしいのだが、家族の行方は杳として知れない。
厳めしい顔をしているが、酒を飲むと家族の事を思い出していつも泣いているおっさんだ。
「雷船長」
「はっ! だワン」
雷船長は犬獣人のおばさんで、人間国に捕まるまでは屋形船で給仕の責任者だった。
船を沈められ溺れ死にかけたが生き延び、毛皮を剥がれた仲間の獣人の水死体を目に焼き付けた。
毛が長く体形が分かり辛いが、肝っ玉系の太っちょおばさんだ。
「道具博士」
「ほいさ!」
道具博士は魔人の爺さんで、人間国に捕まるまでは自称発明家だった。
片田舎で魔具の研究をしていたのだが、人付き合いを全くしていなかったせいで人間国の侵攻に気付かなかったらしい。
小柄で細身、研究にしか興味の無い性格だが、魔法陣の解析には欠かせない専門家である。
「これより我が『シン・デンジャー』の第一号作戦を発動する――地割れ店長よ」
「はっ!」
「改人とその軍団の準備だが……」
「もちろん整っておりますぞ――蜂ドワーフよ!」
地割れ店長が呼ぶと、小柄な影が入ってきた。
「オホホホホ、わらわをお呼びハチ?」
入ってきたのは『女ドワーフ×スズメバチの女王蜂』の改人――蜂ドワーフであった。
ちなみにこの世界のドワーフの女性は髭もじゃマッチョ系とかではなく、合法ロリ系である。
合法ロリの女王様――なんか変な属性持ちが、わんさと寄ってきそうな改人だがそこは気にするな。
武器に鞭を選んでいるが、それはただの偶然だ。
注目ポイントはそこではない。
ふふふ……シン・デンジャーの改人は、これまでの改人とは一味違うぞ。
これまではその辺で捕まえた生き物を使って改人を作ってきたが、シン・デンジャーは違う。
その辺はその辺でも、ちゃんと危険生物を使っているのだ!
いかも魔物までわざわざ改人作りのために、狩りに行ってるのだ!
ドラゴンとかの強いのはまだ無理だけど。
いつかはドラゴン。
目標は高く持っておこう。
それはそれとして、早速命令を出そう。
「蜂ドワーフよ、軍団を率いて人間国・国都ユヒポニアを襲撃せよ! 最優先目標は勇者、次に軍司令部である! 人間国に恐怖をまき散らし、我がシン・デンジャーの恐ろしさを人間どもに刻み込むのだ!」
「お任せください首領様ハチ! この蜂ドワーフ、人間に忘れられぬ恐怖を植え付けてご覧に入れましょうハチ!」
うやうやしくお辞儀をする蜂ドワーフ。
うん、確かに俺もノリでそう言っちゃったけど、一般の人にトラウマを植え付けるのは程々にね。
「うむ、期待しているぞ」
「必ずやご期待に応えてみせましょうハチ! お前たちも首領にご挨拶をハチ!」
へ? お前たち?
ゾロゾロと入ってくるのは、蜂ドワーフに合わせて作った108匹の蜂ゴブリンの軍団……。
いや、無理無理! この指令室、そこまで広く作ってないから! 108匹ゴブリン大集合とか、できるスペースとか無いから!
それでも蜂ゴブリンたちは次々と指令室に入り込み、ほぼ満杯になると今度は飛び始めた。
天井までの空間に3段ほどの密集状態になりながら、無理やり全員中に入った蜂ゴブリンたち。
羽音がブンブンうるせーよ。
「首領様にお……いただい……108匹の……ブリン軍……率い、人……恐怖をま……らして御覧に入れ……ハチ! 我……活躍、と……ご覧くださ……チ!」
羽音がうるさくて聞き取れんし。
「では……てまい……す! 者ども……!」
蜂ドワーフを先頭に、指令室から出立する蜂軍団。
そして彼女らの出て行った指令室には、静寂が残った……。
「なぁ、最後の方なんて言ってた?」
俺の質問に、幹部たちが答えてくれたが……。
「たぶん行ってきますとかなんとか……」
「蜂ゴブリン軍団がどうとか……」
「たぶん活躍をご覧くださいって言ってたワンよ」
「わし、分らんかった」
みんな良く聞こえなかったようだ。
「んじゃ、俺も行ってくるから」
「いってらっしゃいませ」
「ご武運を」
「お気をつけてだワン」
「じゃ、わしは魔法陣の解析をしようっと」
俺がどこにお出かけかというと、もちろん蜂ドワーフの出撃先――人間国の国都である。
何しに行くかというと――これももちろん勇者の【魂の刻印】を確認しにだ。
諜報員の報告では、デンジャー最期の作戦で俺が出会った勇者――紫と白の勇者は再び前線へと赴き、新たに別な勇者が前線から1人国都へと入ったとのことだ。
なので俺はその新たにやってきた勇者の【魂の刻印】を確認せねばならない。
赤と茶の勇者はまだ入院中なので、元からいる勇者は青の勇者のみ。
青の勇者の防御刻印【鋼鉄化】は使っている間は動けなくなるので、蜂ドワーフ軍団にも十分付け入る隙はあると考えている。
ならば必ず新たな勇者も出て来るだろう。
出てこなければ国都の重要拠点を、蹂躙してやるだけだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 人間国・国都 ―
蜂ドワーフより俺の方が後に秘密基地を出たはずなのに、何故か先に到着してしまった。
道端で待っているのも面白く無いので、屋台が儲かり今や西門側の一等地に店を構えている元イノシシ串の屋台だった、現イノシシ肉料理の専門店――組織の店に入って待つ。
そこそこ大きな店の大通側がよく見える2階の個室へと、いつの間にかくっついてきたタッキと一緒に案内され、特選ロースカツ重を2つ注文して寛ぐ。
注文した食事が届いてしまっても、まだ蜂ドワーフは来ない。
暇なので、特選ロースカツ重を食べながら待つとしよう。
というか、タッキのやつは既にがっついているが……。
「うまうまだコん、ジューシーサクサクだコン」
タッキが適当な食レポみたいなことを言っているが、実際これは美味い。
カツの衣の素材は特に凝ったものでは無いが、揚げは高品質でさっぱりしているシャズの実の油で低温でじっくり揚げており、それを更に高温のごま油で2度揚げしてある。
若干硬めに炊かれた白米に、タマネギやみつ葉やタケノコ等をとじた卵が乗せられ、その上に肉自体に下味を染み込ませてある先ほどのカツが乗せられている一品だ。
カツはそれ自体後乗せなので、サクサク感が失われていたりはしない。
舌鼓を打っている真っ最中に、蜂ドワーフがやってきた。
タイミングがいいんだか悪いんだか……。
「オホホホホ――ひれ伏しなさい、下等な人間たちハチ! わらわの名は、蜂ドワーフなのハチ! 新たなる秘密結社『シン・デンジャー』の改人ですことハチ!」
パニックで大混乱に陥る人間たち。
この辺りは狼ドワーフが人間を食い散らかした場所なので、人々にその時の恐怖が残っているのだ。
足の遅い年寄りを突き飛ばす者、転んだ子供を踏みつけて逃げる者、醜く逃げる人間たちに顔をしかめる蜂ドワーフ。
「下等な生き物のくせに、ひれ伏さない無礼者が多いハチね――そこな者たち、ひれ伏さない愚か者たちを罰しておきなさいハチ。残りの者たちはわらわを守りつつ、進軍を続けるハチよ」
その場に10匹ほどの蜂ゴブリンを残し、蜂ドワーフは国都の中心部へと向かって行った。
さて、俺たちも本来ならば国都の中心部へと向かうべきなのだが……。
「俺たちはカツ重食い終わってからにすっか」
「はむはむ……そうだコンね」
「お茶、もう一杯くれるー?」
「タッキも、もう一杯欲しいコン!」
「こら、でかい声出すんじゃねーよ。お前自分が奴隷の振りしてるって、忘れてやがるだろ……」
「……てへぺろだコン」
「組織の店の個室で人目が無いからって、油断すんじゃねーぞ」
俺たちが呑気な会話をしているうちにも、街の中には阿鼻叫喚の悲鳴が響き続けていた。
「うはーぎゃあ!」
「助けて! 助け……!」
蜂ドワーフの毒針に刺された人間が、バタバタと死んでゆく。
悲鳴が止まる気配は、未だ無い……。
だが、その悲鳴の中に割り込む声が1つ。
「待て! それ以上は俺がやらせない!」
逃げ遅れた人々にとって唯一の希望の声――それは正義に目覚めた1人の男の声。
その声の主は人間の姿をしていなかった。
その声の主は怪物の姿をしていた。
その声の主は改人バッタ男――今はバッタマンと名乗る、みんなの正義のヒーローであった。




