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正義は勝つ! デンジャー最期の日!

 ― 秘密基地入口前 ―


「【爆裂拳】!」

 ドオォォンと爆発音がして、イノゴブリンたちが吹き飛ぶ。

 人間国軍の兵士たちも……。


「あんたたち! 巻き込まれたくなかったら、逃げるなり盾を構えるなりしときな!」

 味方を巻き込む青の勇者――葵の攻撃に、敵よりもむしろ味方の兵士たちが泡を食う。

 だがその葵の行動は、劇的な戦況の変化をもたらすことも意味していた。

 イノゴブリン・モグゴブリンの混成軍団は、確実にその数を減らしている。


「出てきたら桜子も野呂田もいなくなってるし……あいつら兵士どもを放っといて、基地の中に突撃しちゃったのか? まったく、アタシのことまで放っとくとかさ」


 圧倒的な火力で戦況を逆転させた葵だが、仲間の勇者の現状はまだ把握してはいなかった。


 ――――


「オーッホッホッ、ほらほらこちらですクロ」

「どこまで続くのよ、この通路は」

 基地内の攻防はピンクの勇者――桜子が奇襲対策に炎で目標以外の通路を塞ぐことによって、既に追いかけっこの様相を見せている。


 逃げる黒猫エルフと追う桜子。

 どちらが有利なのか分らないはずのこの状況は、実は黒猫エルフ――病気女将の術中であった。


 細く長い通路の果ての突き当りの部屋。

 ここが黒猫エルフが考えた、自らを囮とした罠である。

「そのようなことでは、わたくしを取り逃がしてしまいますクロよ」

 必殺の罠の場で、黒猫エルフは待つ。


 部屋の少し前で、桜子が止まった。

「あらどうしたのクロ? 怖気づいたのかしらクロ」

 部屋に入ってこない相手に、気付かれたかと慎重になる黒猫エルフ。


「そこは広い空間よね? 反響音で分かるわ。長い通路を引きずり回して罠部屋に誘い込む――上手くやったつもりでしょうけど、引っかかってあげる気は無いわ」

 反響音の変化に気付いたのは本当だが、あとはハッタリである。

 桜子としては確信が持てないので、さも見抜いたふりをしてカマを掛けてみただけだ。


「あら残念クロ、ですが罠部屋はここだけでは無いクロよ。あなたが来ないのならば、わたくしは別な部屋に逃げさせてもらうだけですクロよ」

「いいえ違うわね、その部屋は行き止まりよ。逃げると言うのはわたしを部屋に誘い込むための嘘ね」

 今度はただの勘である。

 だが桜子はその勘に、不思議と絶対の自信があった。


「だからもう追いかけっこはこれで終わりよ! 食らいなさい! 【焼き払う炎】!」

「グギャアァァァクロ!」

「やったか!?」

 燃え盛る部屋と黒猫エルフの悲鳴、通路でそれを見聞きした桜子は半ば勝利を確信する。


 が、しかし……。


「いまクロよ! やっておしまいなさいクロ!」

 黒猫エルフが炎に焼かれながら叫び、桜子はとっさに身構えた。

 直後――ドドドと崩れ落ちる音が、桜子の遠く背後で響く。


「オーッホッホッホッ……ゲホッ……我が策……成れ……り」

 燃え上がり、崩れ落ちる黒猫エルフ。

 黒焦げになったその表情は、確かな笑みを形作っていた。


「罠? 閉じ込められた?」

 わざわざ頭上ではなく遠くの通路を崩したのは、自分に悟らせない為であろう。

 だが、閉じ込めることに何の意味が?

 たとえ自力では出られなくとも、味方の救出を待っていれば閉じ込められたとしても……。

 そこまで思考を巡らせた時、桜子は異変に気付いた。


 炎が消えていない。


【焼き払う炎】による炎は、それ自体は桜子が自在に鎮火できる炎である。

 黒猫エルフも可燃物ではあるが【焼き払う炎】を鎮火させたので、それほど長く燃え続けないはずの炎だ――その炎が消えていない。


 部屋の中に入ると、そこには一面の炎と藁や油樽――燃えやすい可燃物が山と積まれていた。

「やられた……」


 これこそが黒猫エルフ――病気女将の必殺の策。

 桜子の炎の能力を逆に利用した、密閉室内延焼作戦であった。


 桜子には水を扱えるような【魂の刻印】は無い。

 土を被せて鎮火しようにも、コンクリート並みの硬さに固められた壁や床はびくともしなかった。


 室内にあった可燃物に次々と炎が引火する。

 やがて炎は酸素濃度を著しく低下させ、一酸化炭素を発生させた。

 

『理科の授業で習ったっけ』とそこまで思い出した時には、既に頭は朦朧としてきていた。

辺雅(べが)……」

 密めた想い人の名を口にしたのを最期に、桜子の意識は闇へと落ちて行った。



 * * * 敵勇者の数:残り8人 * * *


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ― 国都・大聖堂 ―


「首領、ここは我とキノコドワーフにお任せを」

 肉壁団長が勇者2人と俺の間に立つ。

 少し離れたところでキノコドワーフが、ドワーフ形体から本来の姿に戻った。


「(俺が相手の刻印を確認するまで戦闘は待て)」

「(御意)」

 この勇者2人の魂の刻印がショボければそのまま戦ってみるが、ヤバそうなら逃げる。

 さて、こいつらはどっちだ?


「へぇー、化け物はカブトムシだけかと思ったら、こっちのドワーフも化け物キノコだったよ」

 俺をカブトムシと呼んだ男は紫色の鎧を着た男。

 無造作な髪型にしてイケメン風の態度を気取っているが、いかんせん顔面偏差値が微妙に追い付いていない残念くんだ。


 そしてこいつの能力は……。


 ※ ※ ※ ※ ※


 紫堂(しどう) (みつる)


【魂の刻印:物理無効障壁】 物理攻撃を無効化する直径1mの円形の障壁を発生させる。

【魂の刻印:雷撃の槍】 雷の槍を放つ。射程距離1000m。

【魂の刻印:鍵開け】 どんな鍵でも開けられる。


 ※ ※ ※ ※ ※


 ついに出たか、無効の刻印持ちが――まだ能力が障壁なだけマシだな。

 この【雷撃の槍】というのも実際に雷級の威力ならかなりの攻撃力だし、何より射程1000mというのが脅威だ。

 こんなもんに狙撃されたら、厄介極まりない。


「油断するなよ紫堂、キノコだけに毒があるかもしれんぞ」

 そう紫堂に忠告したのは純白の鎧を着た男。

 小柄だが筋肉質なのが鎧の上からでも分かる。

 短く刈った頭に意志の強そうな目、太い眉に太い首――昔のスポコン野球漫画の主人公みたいだ。


 そしてこいつの能力は……。


 ※ ※ ※ ※ ※


 白場(はくば) 遊馬(ゆうま)


【魂の刻印:努力】 努力するとそれだけ強くなる。

【魂の刻印:根性】 根性でダメージを減らす。

【魂の刻印:気合】 気合で攻撃力を上げる。


 ※ ※ ※ ※ ※


 ……おい、こら。

 なんだこの精神コマンド群は。


 どこぞのロボット大集合ゲームか! でなきゃ体育会系の精神論か!

 つーかこんな刻印、強いんだか弱いんだかさっぱり分かんねーよ!

 誰か、詳細な解説プリーズ!


「(あの2人、強いのですか?)」

 俺の苦悩の表情を見て取ったのか、肉壁団長が心配そうに聞いてきた。

「(紫のは強い、雷を飛ばすし物理攻撃無効の障壁を持ってる。白いのはさっぱり分らん)」

「(ならば検証とやらをせねばなりませんな)」

 覚悟を決めた風な笑みを浮かべる肉壁団長。

 わざとらしいんだよ、最初からそのつもりだったくせに――まったくどいつもこいつも、俺のしょーもない作戦に命がけで付き合ってくれやがる……。


「そろそろ相談は終わったかなー? 僕たちも暇じゃ無いんでそろそろ戦いたいんだけど、いいかな?」

 紫の勇者が余裕の態度で話し掛けてきた――髪をかき上げんじゃねーよ、つか似合わんから格好つけるな。


「待たせたか、それは悪かったね勇者くん」

「へぇー、カブトムシの化け物って喋れたんだー」

「あぁ、実は喋れたんだよ。ついでに1つ訂正させてもらえるかな?」

「なんだい?」

「化け物と呼ばれるのは心外なのでね、改人と呼んでもらおうか?」

「そうかい? それは悪かったね、()()()

 安い挑発だが、開戦の合図には丁度いいか。


 カブトムシ男の姿では分かりにくいだろうが、俺は勇者に対してニヤリと笑みを浮かべながら命令する。

「始めるぞ、肉壁団長」

「御意。では久しぶりに本来の姿に戻ると致します」

 肉壁団長の体色が徐々に黒くなり光沢を放ち始め、腕は4本になり背中には羽が生えてくる。

 そして頭には特徴的な2本の触角が……。


 ふふふ……ビビってるな勇者ども。

 肉壁団長の本来の姿、それは……。

「待たせたな勇者よゴキ。これが我の本来の姿――改人ゴキブリドワーフだゴキ!」


「くっ! これは……」

「紫堂頼むぞ! お前の遠距離攻撃なら触らずに倒せる!」

 うむ、やはりこの姿は勇者たちには脅威らしい。


 なんか知らんが日本人はゴキブリが苦手らしいからな、精神攻撃代わりにこんな改人を作ってみたのさ!

 勇者たちの反応からして、こうかはばつぐんだ!

 ちなみに俺は平気、ゴキブリ生息地の北限を超えた地の住人――道産子なので。

 感覚としては、その辺の虫と変わらないのだ。


 いい感じに勇者たちの目がゴキブリドワーフに向いているので、この隙に攻撃を開始させてもらおう。

 合図を送るのはキノコドワーフだ。

 さりげなく勇者たちの死角に入りながら……あ、気付かれた。


「うわ! いつの間に!」

「どけ紫堂!」

 白の勇者が、まるで瞬間移動したかのごとき速さでキノコドワーフに近づき拳を放つ。

「キノー!!」


 断末魔の叫びと共にキノコドワーフの身体はその拳に打ち抜かれ、大量の胞子をまき散らす。

 出番少なくやられてしまったキノコドワーフには悪いが、予定通りだ。

 魂は回収しといてあげようっと。


「うっ……ゴホッ……これは……」

「大丈夫か紫堂。これは……やはり毒か!」

 その通り。死ぬような毒では無いが、それなりのダメージと筋肉の硬直効果があるものだ。

 にしてもこの白の勇者は何だ?

 さっきのキノコドワーフを倒した動きや拳もとんでもないレベルだし、毒も大して効いてるようには見えんぞ?


 紫の勇者が毒胞子に怯んだ様子を見て、ゴキブリドワーフがカサカサと襲い掛かる。

「隙ありだゴキ!」

 ガキッ

 だが4本の剣でのその攻撃は半透明の紫の壁に止められる。

 紫の勇者――紫堂の【物理無効障壁】だ。

「動けなくとも……障壁は……張れる」

 くそっ、しぶとい。


「殴りたくなかったんだけどな!」

 ズボッとゴキブリドワーフの身体を、白の勇者の拳が貫通した。

 カサリと倒れるゴキブリドワーフ。


「これで残りはお前だけだ! カブトムシ!」

「なるほど、どうやら確かに俺だけに()()()な」

 白の勇者の台詞に応えながら、合図をする。


「ぐうわあぁぁ……」

 紫の勇者のが悲鳴を上げ、その背中には槍が突き刺さっていた。

 カメレオンドワーフが保護色で身を隠しながら近づき、紫の勇者に襲い掛かったのだ。

 だが……。


 突き刺した槍を持ったまま、カメレオンドワーフがパタリと倒れる。

 どうやらキノコドワーフの毒胞子にやられてしまったようだ。


「ええい、迂闊なヤツめ!」

 ぶっちゃけそこまで考えていなかった俺が悪いのだが、この状況だと責任転嫁の1つでもしたくなる。

「大丈夫か紫堂!」

「うあ……うう……」

 くそっ! 致命傷にはなっていなかったか……槍を突きさす前にカメレオンドワーフが毒にやられていたんだな。

 重ね重ね自分の間抜けさ加減に腹が立つ。


 その時だった。

 紫の勇者の傷の様子を確認しようとする白の勇者に、身体に穴を開けられ倒れたはずのゴキブリドワーフ――肉壁団長が襲い掛かった。

 だがその4本の剣での攻撃は、当たりはしたがダメージを与えているようには見えない。

 グシャッ

 また胴体に白の勇者の拳が突き刺さり、穴が開く。


「まだだ! まだ終わらんゴキ!」


 驚異的なのはゴキブリの生命力か、それとも肉壁団長の精神力か……。

「ならばこれでどうだ!」

 今度は白の勇者の拳が頭を打ち抜き、ついにゴキブリドワーフ――肉壁団長は息絶えた。


 ベチャベチャと、体に掛かったゴキブリドワーフの体液を振り払う白の勇者。

「ずいぶんと汚れたようだな、勇者」

「あぁ、だがそのおかげで敵はもう、お前ただ1人だ」

「そうだな、だが戦う前にその体に着いた汚れを洗ってやろう」


 俺の事を1人と言うあたり、こいつはけっこういい奴なのかもなと思いつつ、俺は【魂の刻印:農神】の力の1つ『農業用水』を発動する。

【努力】【根性】【気合】――こんなふざけた魂の刻印が、ここまで化け物じみた勇者を生み出すとは思わなかった。


【努力】で上昇した素の能力はそれだけで怪物。

【根性】で剣戟どころか毒のダメージまで問題無いほど軽減。

【気合】でいとも簡単に改人を葬るほどの一撃を放つ。


 こんな化け物相手では、まともな戦闘では勝てる気がしない。

 だからこの『農業用水』でこの部屋を満たし、溺れさせるというようなやり方しかもう俺には思いつかなかった。


 勢いよく放水される『農業用水』。

 俺はその勢いを増し、一気に室内を満たす。


 死にぞこないの紫の勇者や、誘拐しようとしていた連中が苦しそうに溺れ始めた。

 もちろん俺も息が苦しい。

 だが白の勇者には、苦しそうな様子が全く見えない。


 白の勇者が水中を弾丸のように進み、俺の目の前へと到達した。

 覚悟を決めるしか無さそうだ。

 肉壁団長の魂が視界に入ったので回収しておこう。


 鉄にも負けないはずのカブトムシの甲殻をいとも簡単に貫通し俺の息の根を止めたのは、何の変哲も無い握って振りぬいただけの、白の勇者の拳であった。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ― 秘密基地近郊 ―


「生きてるかー、野呂田ー」

「あぁ、葵か……戦いはどうなった?」

 いつの間にか気を失っていた野呂田が目を覚ますと、そこにいたのは青の勇者――葵であった。


「とりあえず外は、アタシが何とかしといたよ」

「そうか……」

「桜子はどうした?」

「あぁ……猫の化け物を追って基地の中に入って行ったはずだ」

「はずだって何だよ?」

 沈んだ様子で歯切れの悪い野呂田の様子を見て、葵がちょっとイラッとする。


「罠に飛び込んでいったようなものだからな――桜子が心配だ」

「大丈夫だろ? 桜子だって弱か無いんだし。そう思うならアタシと一緒に敵の基地に乗り込むかい? これから中で暴れてやるつもりなんだけどさ」

「すまん、まだ動けん」

「だったらそこでもう暫く役立たずになっていな。アタシがちゃんと桜子を助け出してやんよ」

「あぁ、頼む」

 野呂田の返事を待たずに、基地へと葵は駆け出していた。


 秘密基地での攻防は、勇者と人間国の勝利であった。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ― 国都・大聖堂内 ―


「生きてるか、紫堂」

「ガボッ……はぁはぁ……何とか生きてるよー。勝ったかい?」

「もちろんだ。少なくとも大聖堂内には、もう敵はいない」

「だろうねー、君が負けるとか考えられないもの。さすが白場だね」

 そう言いながら、ギクシャクと紫の勇者――紫堂が立ち上がる。


「あの程度の相手なら敵ではない」

「僕たち勇者だしねー」

「違う――俺たちが正義だからだ」

「なるほど、『正義は必ず勝つ』だねー」

「あぁ」

 白の勇者が笑顔で紫の勇者の肩を叩く、背中の刺し傷に響いた紫の勇者が痛みで顔をしかめる。

 大聖堂での戦いも、勇者の勝利で終わった。


 首領は死に、秘密基地は壊滅した。


 悪の秘密結社デンジャーは亡びた。


 こうして勇者の活躍により、人間国には平和が訪れたのであった。

拙い文章にお付き合い下さり、ありがとうございます。

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