秘密基地攻略戦
― 秘密基地 ―
「病気女将様、勇者の軍勢がようやく到着したようジミ」
シジミエルフからの報告が届く、いよいよ基地決戦の時がきたのだ。
「ゴブリンたちの準備はできていますね?」
「はい、全員に長弓を持たせて配備してございますジミ」
「ならばこのまま待機するように。戦闘開始は弓での一斉射撃からですわ」
準備は万端、人間どもに目に物を見せてくれますわ。
――――
カァ カァ カァ
50羽のカラスが、勇者たちの率いる2000の軍勢へと向かう。
やがて基地の近くまで進軍していた人間国軍の上空まで飛ぶと、何かを落とした。
「何だ?」
「気を付けろ!」
落ちた何かは兵や地面に当たって、白い粉をまき散らす。
「まさか毒か?」
「いや、違う……これは……石灰?」
その様子を見ていたカラスエルフが、イノゴブリンとモグゴブリンで編成された部隊へと命令を出した。
「矢を放てラス! 目標、敵弓兵ラス!」
秘密基地入り口の上にずらりと並んだイノゴブリンたちが、一斉に弓を放ち始めた。
カラスたちが落とした石灰は、弓を放つ際の目印となるように弓兵に落としたものである。
実際白い石灰はそこそこ目立っていた。
イノゴブリンたちは人間と比べて膂力が格段に上である、故に弓矢の射程距離はイノゴブリンたちのほうがかなり長い。
そう、人間の弓兵と比べて優に3倍の飛距離は出せるだろう。
ただ、イノゴブリンたちは生産されてから10日程度しか存在できないので、当然ながら弓の訓練などまともにできてはいない。
下手くそだが飛距離と威力だけはある矢を遠くからどんどん放つことによって、初期段階で相手の弓隊を戦力としてできるだけ無効化するのがこの攻撃の目標である。
肉体が強化されている改人とはいえ、矢が目などの急所に当たれば少しは有効であろう。
大量の矢は勇者との決戦には、いささか邪魔になるので弓兵の数を減らしておきたいのだ。
「あんな遠くから!?」
「盾を構えろ! 矢を防ぎながら前進をするのだ!」
人間の軍も全員が大きな盾を持っているわけでは無いので、前方は盾で固められても後方の弓隊の辺りはけっこうスカスカになった。
なまじイノゴブリンたちの弓の腕が良くないので、矢がバラけて狙いが弓隊だとは気づいて無いらしい。
「モグゴブリン隊、弓での射撃を止めて土中から敵後方へ向かうだラス。敵弓隊が射撃準備に入ったら、土中より奇襲して敵弓隊を無力化するラス」
カラスエルフの命令で、モグゴブリン隊100匹が弓での攻撃を停止して土中へと潜る。
モグゴブリンはモグラ×ゴブリンの交配種なので、穴を掘っての地下移動が可能なのだ。
残ったイノゴブリン200匹は、引き続き弓での攻撃だ。
人間国軍がかなり基地に近づいてきた。
当初500人ほどだった弓兵は、50も減っているだろうか――むしろ弓兵よりその他の兵の方が被害が多く、100人は無力化されているだろう。
その他の兵は槍兵が1000と剣盾兵が500であり、被害のほとんどは盾を持っていない槍兵。
まぐれ当たりの矢にしては、かなり良い戦果だ。
「弓隊! 敵の弓兵に向かって矢を放て!」
人間国軍の指揮官の命令で弓隊が矢をつがえたその時、弓隊のすぐ真下の土中からモグゴブリンが飛び出して鋭く尖ったシャベルで弓隊へと襲い掛かった。
「うあぁぁ! 下から!」
「弓隊を守れ!」
弓隊は後方に配置されていたので、モグゴブリンの弓兵への奇襲はそのまま人間国軍への奇襲となる。
「カラス共よ! ここだラス!」
地中からの攻撃に意識が向いたところに、先ほど石灰を落としたカラスたちが襲い掛かり、嘴に仕込んだ刃で弓兵に襲い掛かり弦を次々と切断していく。
「今だラス! イノゴブリン隊、入り口直上の部隊を残して、全軍散開して敵中へ突撃せよラス!」
基地入り口の真上にいる20匹ほどを残し、イノゴブリンたちがバラバラに人間国軍へと襲い掛かった。
「残った者はピンクの勇者を狙うだラス」
「桜子! 盾の後ろに隠れていろ!」
弓矢で狙われたピンクの勇者が、茶の勇者――野呂田の指示で、盾を持った兵の後ろに隠れる。
野呂田はといえば、念のため自身を刻印【石の肉体】で石化しながら【自動回避】の能力で器用に回避していた。
本当は野呂田が桜子を守ってやりたいところなのだが【自動回避】の能力のおかげで体が勝手に攻撃を避けてしまい、誰かを庇うという行為ができない。
勇者の中で唯一の遠距離攻撃【焼き払う炎】が使える桜子が弓隊に狙われ、襲い掛かられる前にイノゴブリンたちの迎撃ができない人間国軍。
盾持ち兵の背後に隠れながらそれでも桜子は【焼き払う炎】を使いイノゴブリンたちを倒そうとするが、背後に隠れたままでは見通しも悪く、放たれた11m四方の炎でも思うように命中しない。
当たったとしてもイノゴブリンたちは散開しているので、炎に巻き込めるのは1度の炎で1匹のみ。結局数匹のイノゴブリンを倒しただけで、イノゴブリンたちと人間国軍は乱戦となった。
秘密基地の入り口から、2つの影が出てきた。
「オーッホッホッホッ! やはり人間程度、どうということはありませんわね!」
1つ目の影は病気女将、デンジャーの幹部だ。
「この程度の攻撃で手も足も出ないとは、勇者もたかが知れてるジミ」
もう1つの影は、大きく左右に広がった巨大な殻を背負った改人――シジミエルフであった。
「ナメんじゃないよ! 1対1ならお前らごとき敵じゃない!」
そう大声で叫びながら前に出た青の勇者――葵は現状に少しイラついていた。
自身最強の攻撃である【爆裂拳】を撃つのを、味方を巻き込まないように自重せざるを得なかったからである。
1対1なら負けない。
動けなくはなるが、瞬時に肉体を鋼鉄と化す防御刻印【鋼鉄化】。
周囲を巻き込んでしまうが、圧倒的な破壊力がある攻撃刻印【爆裂拳】。
この2つの魂の刻印に、葵は絶対の自信を持っていた。
「ならばこの私と戦ってみるジミ? この殻が貴様に壊せるジミか?」
なので葵は絶対の自信で、このシジミエルフの挑発を受けて立った。
「その程度の殻など、アタシの拳の前には紙同然!」
悠然と前に出るシジミエルフに対して、青の勇者――葵が猛然と突き進み距離を詰める。
殻を閉じて防御態勢になったシジミエルフに、葵の拳が勢いよく突き出された。
「【爆裂拳】!」
ドオォォン! と大きな爆発音とともに爆風が巻き起こり、シジミエルフの殻があっさりと砕け散る。
肉体を【鋼鉄化】させながらその瞬間を見届けた葵の脳裏に、『勝利』の2文字がよぎった。
が、その瞬間には足元の地面も爆発の衝撃で砕け散っていたのである。
底に短剣を敷き詰めた【爆裂拳】の爆風以外では壊れないよう地面の厚みを計算された、深さ7mの落とし穴。
それが猿田葵――青の勇者を無力化するための、病気女将の策だったのだ。
「モグゴブリンたちよ! 今のうちに埋めておしまい!」
【鋼鉄化】したまま落とし穴に落下した葵を埋めるべく、病気女将が命令を出す。
一緒にシジミエルフも落ちてしまったが、それで躊躇することは無い。
シジミエルフなら生きている可能性も少しなら残されているし、何よりこの程度の犠牲は最初から覚悟の上なのだ。
「あぁっ! 葵!」
「葵! 鋼鉄化を解くな! 後で必ず助ける!」
桜子と野呂田が手をこまねいているうちに、モグゴブリンたちが穴を石や土で埋めていく。
どこからこんな大量の土がと思うほど、やや土が盛り上がるほどに僅かの間で穴は埋められた。
「オーッホッホッホッ! 青の勇者さえ無力化すれば、もう終わったようなものですわね」
勝ち誇る病気女将。
「まだよ! こんなゴブリンなんか、兵を巻き込むのを恐れなければ……」
桜子が味方の兵を巻き込むのを覚悟で【焼き払う炎】を使おうとするが……。
「無駄ですわ。カラスエルフよ、遊んであげなさい」
「ははっ! だラス」
バサリバサリと、カラスエルフが上空へと羽ばたいた。
「空中に対する攻撃手段が無いお前たちに、もう勝ち目などありませんわ」
余裕を見せる病気女将に、桜子が歯噛みする。
「こっちの能力は調査済みということね」
「その通りですわ――にしてもこのまま終わるのは、つまらないですわね……そうですわ、お前たち2人のうちのどちらか1人だけ、我らが基地に入るのを特別に許可してあげてもよろしくてよ」
「何のつもりだ?」
野呂田が相手の意図が分らず、思わず聞いてしまう。
「だって、わたくし1人だけ暇なんですもの。ですから基地の中で、あなた方どちらかの相手をしてあげてもよろしいと言っているのですわ」
「こっちが劣勢なのは確かだけど、たかがエルフにそこまで言われるとなんかムカつくわね」
病気女将の余裕な態度に、桜子が毒づく。
「たかがエルフ?……あら、これは失礼したわね」
そう言うと、病気女将の身体がみるみるうちに変化していく――黒い毛が体全体を覆い、目が怪しく輝く。手足の爪は鋭く長くなり口が大きく裂け、肉球ができた。
「これがわたくしの本当の姿クロ――誇り高き秘密結社デンジャーの幹部、改人黒猫エルフだクロ!」
人間大の黒猫の姿はもはや愛玩動物としての面影は無く、どう猛な肉食獣の殺気を放っていた。
「奴も怪物だったか!」
「化け物でもたかがネコでしょ、大した相手じゃないわ!」
ネコエルフの姿に少々威圧されつつも、桜子は強気の言葉を放つ。
「弓隊撃ち方止めクロ!……面白いクロ。基地の中は暗闇クロ、闇の中で猫に勝てると思うなら入ってくるがいいクロ!」
そう言い残して猫エルフは基地の中に消えていった。
「あたしが行く! いいよね野呂田」
「気を付けろ、罠があると思った方がいい」
「承知の上よ!」
基地の入り口に向かって、桜子が走り出す。
秘密基地での攻防戦は、現在のところデンジャー優勢である。




