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バッタ vs 狼

 ペッ!


 今しがたクチャクチャと咀嚼していた肉を、狼ドワーフは吐き捨てた。


「やっぱジジイの肉はマズいカミ」

 年寄りの肉は雑味が多いしパサついていて不味い、子供の肉は美味いが食感が物足りない。

 やはり若くて子供ではない肉が一番美味いな、と狼ドワーフは舌に残った雑味を唾と一緒に吐き出しながら思う。


 都合の良いことに自分自身を討伐しようと、先ほどから兵士と思しき若い男たちがわざわざエサとして出向いてくれているので、そちらを喰うべく動く狼ドワーフ。

 喰う前に、まずは下処理をしよう。


 そう、まずは殺すのだ。


 丁度良く兵士の1人が向かって来た。

「なんだ、おっさんカミ」

 振り下ろされる剣を左手の小指でハジくと、兵士の胴を鉄の鎧ごと右手の爪で引き裂く。

 ガギャッという金属音の後に兵士の臓物がぶちまけられた。

 飛び散った血を1嘗めして、食っても良かったかなという思考に気を取られたその時に、何かが一瞬で視界に入ってきた。


「うおおぉぉぉ! バッタパーンチ!」


 右の胸に何かが起きた。

 それが物理的な衝撃であると気付いた時、狼ドワーフの身体は錐もみ状態で宙に舞っていた。


 ――――


「やったか!」

 本号(ほんごう) 隼太(しゅんた)――バッタ男の渾身の拳は、狼の化け物を吹き飛ばした。

 正直まぐれだったかもしれないが、それでも当たった。

 しかも一撃でやっつけたかもしれないのだ。


 ぞくりと震えるような感覚。

 歓喜の元は達成感か、それとも闘争本能の目覚めゆえか……。


 吹き飛んで石造りの建物に突っ込んだ狼の化け物は、がれきに埋もれて動く気配が無い。

 ――いや、今ゴトリと音がした。


「カミ、カミ、カミ、油断したカミ」

 嘘だろう? 我ながらすごい手応えがあったんだぞ?


 ガラガラと瓦礫の中から狼の化け物が立ち上がった。

 まさかノーダメージ……いや、フラついているぞ。

 効いているんだ。

 だったらもう一撃!


 一気に狼の化け物までの距離を詰める

「バッタパー……」


 ジャッ!


「うおっ! 痛ぅっ!」

 狼の化け物に、爪でパンチを出しかけた右腕をハジかれた。

 ザックリと削られた爪痕が、右上腕に三筋残っている。

 衝撃の割には傷は深くなさそうだ、筋肉を削られたが拳を握るのには支障はない。


 俺の身体は随分と頑丈になっているようだ。

 それでもあの爪の一撃をまともに食らうのはマズいだろう。

 シュッシュッと襲い掛かる爪の斬撃を、軽いバックステップで躱す……っておい!


 軽いバックステップのつもりが、軽く10mは後ろに飛んでしまった。

 バッタの跳躍力って、半端ねぇな……。


 狼の化け物がその爪を振るうぺく突進してくるが、俺は軽いひと飛びでそれを避ける。

 空振りした狼の化け物に隙が出来た。

 この隙に……。


「バッタパ……」

 ビュン! と爪がパンチを再びハジこうとする。

 慌てて飛び退る俺。

 危ないところだった、同じところに爪の斬撃を受けたらさすがに腕が使えなくなるだろう。


「甘いカミ、不意さえつかれなければ、そんな攻撃など簡単に防げるカミ」

 そう言いながら爪を振るおうとする狼の化け物だが、そんな大振りな攻撃など……うおっ!あぶねー!

 蹴りが飛んできたよ……。

 脚の爪も相当危険そうだ、気をつけないと。


 攻防は膠着状態に陥った。

 単純な直線での速度はこちらが圧倒的に上だ。

 狼の化け物が距離を詰めてきても、ほぼ一瞬で間を開けられるのでやつの攻撃は当たらない。


 だが、こちらが距離を詰めて攻撃しようとしても、反撃の爪が俺の攻撃よりも早く飛んでくる。

 つまりこちらの攻撃も当てることが出来ないのだ。

 早さの質が違う。

 こちらは速さは移動速度、あっちの早さは俊敏な反応。

 これでは近づけても手が出せない。


 攻防が続いているうちに狼の化け物の速度が遅くなっていく――いや違う、俺が自分の肉体の能力に慣れてきているのだ。

 慣れたところでこっちの攻撃は当てられないのだけれど。


「組織の殺し屋よ、俺の邪魔をするなカミ。たかが命令違反で殺し合いなど、お前だって割に合わないだろうカミ」

 殺し屋? 命令違反? 何を言っているんだこいつは。


「悪いが俺は組織の殺し屋ではない」

「何? ならばお前はどうして俺と戦っているカミ? 組織の改人のお前がカミ」

 聞かれたからには答えてあげよう。


「いや、お前が人間を襲っているからだが……あと、俺は組織の人間じゃない」

「なんだとカミ! 改人なのに組織の者ではないカミ!? しかも人間カミ!」

「そりゃ人間だけど……あれ? お前人間じゃ無いの?」

「俺は狼ドワーフ、狼とドワーフの改人だカミ」

 あー、そうなんだ。

 てっきり改人って、人間が改造されるものだと思ってた……。


「あの、えーと、そうだ! ドワーフが人間と敵対しているからと言って、なにも襲って食べたりしなくてもいいんじゃないか? あの人たちがお前に何かしたわけじゃないだろう?」

 説得してしまった……いいよね? 戦わずに済むかもしれないし。


「何かしたわけじゃないカミ? だったら聞くが、この国の奴隷は何か悪い事でもしたカミか? 何か悪いことをしたから自由を、意思を奪われて強制労働をさせられているカミか?」

「いや、それは……」

 確かにこの国の奴隷制度は、俺も嫌いだけれど……。


「何か悪いことをしたから、同族の肉をエサとして喰わされているのカミか? 何か悪いことをしているから、面白半分に殺されているカミか? 何か悪いことをしているから、死体は埋葬もされずに肉は同族のエサにされ、骨はゴミの穴に捨てられているのカミか!」

「だけど、だからと言って……」

 だからと言って、罪も無い人間を殺したり食べたりしなくても……。


「何か悪いことをしたから理不尽に殴られ、犯され、生きたまま切り刻まれているのカミ! 何か悪いことをしたから家族と引き離され、何か悪いことをしたから全てを奪われたのカミ! いいやそんなことは無いカミ! 全ては人間が悪いのだカミ! そんな人間を殺して何が悪いのだカミ!」

「それは、お互いにそんなことを止めないと……」


「だったらどうしてお前は人間の悪事を止めないカミ! どうして俺だけを止めるカミ! 人間が奴隷を殺しエサとするように、人間を殺してエサにするのが何故いけないカミ!」

 俺は沈黙した。

 確かに人間側のやっていることは、こいつのやっていることの比ではない。

 だけど……。

 なんかもやもやする……。


「だから邪魔をするなカミ!」

 狼ドワーフが襲い掛かってきた。

 当然避ける、もう相手の速度にはすっかり慣れたので軽々と距離を取る。


 なんか、やりずれぇ……。


 でも倒さないと、ここの人たちが食い殺されちゃうんだろうなぁ。

 なんとか倒す方法を考えないと。


 そうそう倒す隙は無いだろう。

 一撃で倒すことが出来れば良いのだが、パンチでは難しい。

 だとしたら……。


 狼ドワーフがしつこく襲い掛かってくる。

 その攻撃を避け続ける俺。

 傾きかけた太陽が目に入り、わずかに回避が遅れた。


 シュッ!


 狼ドワーフの爪が、腹をかすめる。

「うおぉっ! 痛ぇ!」

 飛び退って腹を見ると、けっこうザックリとした傷が……。


 嘘でしょ? 腕の時は大したことは無かったのに、腹だとこの傷かよ!?

 確かにバッタの腹って柔らかそうだけどさ。

 見た目6つに割れてる俺のこの腹筋って、ひょっとして見た目だけ?

 自分の弱点が発覚するって、なんかショックだな。


 そんなことより、膠着状態をなんとかするヒントが見つかったぞ。

 さっき俺の目に入った傾きかけた太陽、あれを使えばこっちの攻撃が当てられるかもしれない。


「お前の弱点は腹だカミな? いつまでも避けられると思うなカミよ、次はその腹をかっ捌いてやるカミ」

「やれるものなら、やってみるんだな」

 こちらもお前の動きは読めてきているんだ、次で決めるのはこっちだよ。


 攻撃を避けながら、狼ドワーフの位置を調整する。

 よし、その場所だ!


 一旦太陽の方向へ飛んで、そこから一気に狼ドワーフの方向へ飛ぶ。

 この高さと角度なら、狼ドワーフの目には俺の姿と太陽が重なるはずだ!

「くっ! 眩しいカミ!」

 狼ドワーフの動きが止まった! 今だ!

 というかもう空中だし!


「必殺! バッタキィーーーック!」

 突き出された俺の右足が、狼ドワーフの左胸に直撃した。

 バキバキと肋骨を砕き、肺と心臓が潰れる感触が足に伝わる。


 ゴボァっと血を吐き出し、狼ドワーフは吹き飛び絶命した。

 戦いは終わった。


 ようやく辺りを見回す余裕ができた。

 恐怖で動けなくなり、逃げそびれたであろう人間がちらほらと目に入る。

 その目にはまだ恐怖が残っており、視線は俺を見つめていた。


 だよな、俺も化け物だし……。

 普通の人間の目には、化け物と化け物が戦っていたとしか映っていないだろうしな。


 小さな女の子がおずおずと、ほんのちょっとだけ近づいて来た。

「あ……お……」

 小さく震えた声で、何かを言おうとしているようだ。


「あ……ありがとう! バッタのおじちゃん!」


 女の子が勇気を振り絞った声は、ありがとうの声……。

 良かった、俺が戦った意味はあった。

 じんわりと暖かいものが、俺の心を満たしてくれていた。


 あぁ――俺がこの世界に来てから欲しかった言葉に、気持ちにようやく出会えた気がする。

 勇者とか言われて偉い人を守ってきたが、感謝なんてされなかった。

 もちろんやる気も無かったし、自信も無かった。


 今は違う。


 この『ありがとう』を守りたい。

 この『暖かい気持ち』を守りたい。

 狼ドワーフを倒したことで、自身も少しついた。


 国や勇者が守ってくれないのなら、俺が守ってあげよう。

 俺の力では、できることなど限られてるけど。


 ありがとうと言ってくれた女の子に手を振り、俺は走り出す。

 勝利を与えてくれた、傾きかけた太陽に向かって。


 勇気を出してみよう、ありがとうと言ってくれたあの子のために。

 やってみよう、正義の味方を。


 俺は今から、正義のヒーロー『バッタマン』だ!


 決意と共に晴れやかな気分になった。

 戦闘の傷の痛みなど、もう気にならない。


 唯一気になっていることは……。


 女の子に『おじちゃん』って言われたことだけだ。

 ハタチ過ぎたばっかしなんだけどなぁ……。



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