陽動作戦
蝙蝠エルフと勇者たちの戦いを見て思った。
いや、無理だから。
正面からぶつかって勝てる戦力とかウチの組織に無いから。
てな訳で、戦力強化とかはおいおいやるとして。
とりあえずは、陽動作戦でもやってみよう。
ぶっちゃけ勇者召喚の情報を集める計画が、全然進んでいないのだ。
蜘蛛ドワーフを潜入させて得られた情報は、サヒューモ教の大聖堂内の一般信者が立ち入らない場所に入った途端に、床・壁・天井が魔法陣に埋め尽くされていたというものだけ。
大聖堂の深部までは進入できていないし、魔法陣の意味もさっぱり解らない。
ちなみに魔法陣というのは、この世界の魔具文明に不可欠なものである。
複雑な魔法陣の組み合わせと、魔力を通すことによって様々な反応をする素材によって、多種多様な魔具が作り出され利用されていた。
ただしこの世界の人間の魔力はショボいので、当然ながら魔具も便利魔具が主である。
戦闘行為にも使えないことも無いのだが、コストパフォーマンスが悪くやたらと嵩張る大きさの魔具になってしまうので物凄く使いづらい。
例えば10m四方を焼き尽くす炎を出せる魔具は、馬車一台分の大きさと20人の兵士が必要となってしまうくらいである。
当然それ以上の威力のものとなれば魔具の大きさも必要な人数も増えてしまうので、道路事情も悪いこの世界において、しかも刻々と状況の変化する戦場では運用に困る代物となってしまうのだ。
なので戦場で使われるとしても、据え置き型の防御結界か超鈍足な攻城兵器に限られている。
あれ? そうすると大聖堂内の魔法陣って、やっぱし防御結界なのかな?
でもあんな国都のど真ん中近くにあるような安全地帯の施設に、防御結界とか普通いらんはずだし……。
やっぱりあの魔法陣は勇者召喚に関係していると考えるのが自然だよな。
魔法陣を壊したら勇者召喚を止められるのかもしれない。
大聖堂内唯一の奴隷という、魔人の美女というのも気になる。
だが大聖堂内に潜入しても勇者に駆け付けられてしまっては、破壊工作も誘拐も難しい。
なので、今回は陽動作戦をやってみようと思う。
勇者たち――特に青い人をなるべく大聖堂から離れた場所におびき出し、その隙に大聖堂内での破壊工作と魔人奴隷の誘拐をやってしまおうというセコい計画である。
まずは、ちゃんと陽動に食いついてくれるかどうかを確認してみよう。
「病気女将よ」
「はい、改人であればそこに」
そこ?……ってどこ?
示された場所には、亀の甲羅がコロンと鎮座していた。
亀の甲羅からにゅるんと手足と尻尾が出てきて、スッと立ち上がる。
最後にポコンと首が出てきて……。
「改人陸亀エルフ、ここに参上だリク!」
……うむ、語尾はカメじゃないんだな。
若干の間が開いたが、気を取り直して指令を出そう。
「陸亀エルフよ、お前に陽動作戦の指令を与える」
「お任せをリク! この陸亀エルフの働き、とくとご覧あれリク!」
陸亀エルフの士気は高そうだ。
「うむ、任せたぞ。陽動とは言えど重要な任務、ぬかるなよ」
「ははっリク!」
跪こうとするのだが、甲羅の形状が邪魔をして上手く跪けない陸亀エルフ。
いや、そんな無理しなくていいから……。
もう助け船を出してあげよう。
「行け陸亀エルフ! デンジャーのために!」
「デンジャーの為に!」
「デンジャーのために!」
「デンジャーのためにリク!」
幹部たちと陸亀エルフの声が続く。
こうして陽動作戦が開始された。
陸亀エルフが退室してから、肉壁団長が声を掛けてきた。
「ところで、やつの出撃準備はどのように?」
やつか~、扱いづらいんだよなー。
「待機……だと問題ありそうか?」
「なにせ血の気が多い男ですから」
と言われてもなー。
「なんとかなだめて待機させておいてよ」
「はぁ、やってはみますが……」
困った様子の肉壁団長だが――すまん、ここは丸投げさせてもらおう。
「ではよろしく頼む」
そそくさと指令室を出る俺。
「(はぁ~……幹部って名前だけで、実際は貧乏くじだよなぁ)」
肉壁団長のつぶやきが、背中越しに微妙に聞こえてきた。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「さすがに今回は勇者が出てくるだろう」
陽動として橋を壊しているのだが、今回で三度目となる。
勇者の姿はは未だ無い。
「シャルキン橋は、人間国東部と国都を繋ぐ大動脈ですからな。守らないという選択肢はありますまい」
肉壁団長の言葉には同感だ、人間国の東部には広く岩塩を産出する地域がある。
全方位の国と交戦中でもあり、海の無い人間国にとっては東部との流通が滞ることは、塩の不足を意味する。
人間国にとって塩は経済の要の1つであり、不足は即ち経済が大きく混乱するということである。
なのでシャルキン橋の破壊は、人間国の経済にとって重要であるはずなのだが……。
…………
「陸亀エルフからの報告は?」
「まだ勇者は出てきたという報告は、御座いませんわ」
午前中にシャルキン橋の襲撃を開始して、既に夕刻近くとなっている。
「人間国って、何を考えてるんだろうな……」
「橋を見捨てるつもりかもしれませんわね」
さすがに病気女将も呆れた口調になっている。
「かもしれないじゃなくて、本当に見捨てるつもりなんだろう――陸亀エルフに連絡して、橋を壊すよう命じてくれ」
「はっ、すぐに命じますわ」
「あと肉壁団長、今回の出撃は無しだとやつに言っておいてくれ」
「分かりました。ですが出撃無しと聞けば、やつは不満でしょうな」
「不満だろうがなんだろうが、今出撃しても失敗するだけだ。我慢させとけ」
「ははっ!」
計画は失敗した。
わざわざシャルキン橋の上流にある2つの橋を壊して、順番的に次だぞと暗に教えておいたというのに勇者は出てこなかった。
兵士との小競り合い程度はあったが、ある程度蹴散らしたら後は損害を恐れて、兵は遠巻きに見ているだけの状態となってしまったらしい。
しばらく睨み合いを続けたのだけど、結局勇者は動かずじまい。
参ったなー。
じゃあどこを襲撃すれば、勇者は出てくるのだろうか?
貴族ならばどうだろう?
貴族の子供たちを乗せた幼稚園バスジャックとかなら、勇者は動くかな?
いや、駄目か。
そもそもバスとか無いし、貴族の子供の教育なんて家庭教師がやるもんだしなー。
あとは貴族が集まりそうな場所とかかなー。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 国都・宰相執務室 ―
「何故勇者を出動させなかったのだ、シャルキン橋が落ちたのだぞ?」
人間国宰相であるモハツト・ボウムキンは、シャルキン橋防衛の要請に応じなかった将軍ボルホアに不信感を覚えていた。
「橋など架け直せば良いでしょう。労働力が必要ならばドワーフ国にでも攻め込んで、すぐにでも確保させますが?」
細身だが引き締まった体つきをした人間国将軍ボルホア・キルバニアは、表向きの態度だけは宰相に従っていたが、軍の動きを抑えようとする宰相モハットに不満を覚えていた。
「単純な労働力の問題では無いのだよ。橋を架けるのに足りないのは熟練した職人だ、奴隷のような単純労働者ではない」
年齢のせいで真っ白になった眉をひそめるモハットは、この国の現状を理解していないボルホアに苛立っていた。
軍が勇者を使って人間国の支配地域を広げるのは良い。
だが広がった支配地域への基盤整備が追い付かない上に、徴兵によって熟練した技術者の数が減り続けているので、本来の人間国内における都市基盤までが脆くなりつつあるのだ。
軍は膨らんだ支配地域の防衛に専念し、その間に富国を進める。
それが宰相モハットの考える、最善の政策であった。
「奴隷によって単純労働力が増加することは戦前から判っていたことでしょう、技術者の養成が間に合わぬというのは、これは軍には責任の無いことです。ご自身の失政を私に押し付けないで頂きたいものですな」
年齢の割に黒々とした顎髭をさすっているボルホアにとって、周辺国への侵攻に消極的なモハツトは既に邪魔な存在となっていた。
国力の全てを軍事侵攻に向けておれば、今頃はドワーフ国やエルフ国は降伏して属国化できていたはずなのである。
そうすれば戦線が現在の4方面ではなく2方面に縮小されて、国力を内政に向ける余裕もできていたはずだ。
まずは軍事に国力の全てを注ぎ込み1国でも降伏させて、その後内政に国力を注ぐ。
それが将軍ボルホアの考える、完璧な軍略であった。
「ボルホア将軍、勇者は軍のものではない。国のものだ。それを忘れるな」
「承知いたしております。ですが、勇者の行動に関しては軍に全権が与えられていることもお忘れなく」
人間国も一枚岩では無い。
だがその情報を『悪の秘密結社デンジャー』が手にすることは無い。
『デンジャー』は結成して間も無く、諜報力も充実していないのだから。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「どーすりゃいいんだかねー」
鼻をほじほじしながら、俺は今後のことを考えている。
勇者をおびき出すためには、どこを襲撃すれば良いのか迷っているのだ。
「とりあえず、鼻をほじったあとは手を拭くコン」
「いや、そういう方向性で悩んでいるんでは無いんだけどな」
と言いつつも、差し出された濡れタオルで一応手を拭く。
「そうだコン、鼻くそついた手でおにぎりを掴むのはお勧めしないコン」
タッキが満足げに頷く。
「でもな、おにぎりを掴むのは右手であって、鼻をほじってたのは左手だ。従っておにぎりと鼻ほじりには特に関連性が無いと思……」
「いいから鼻をほじほじしたら手を拭くコン、不潔な男は一生童貞コンよ」
「ど……どうていじゃないしー!」
どたどたどた
「首領! 大変です!」
肉壁団長が慌てた様子でやってきた。
てか、生活空間にはよっぽどの用事が無い限り来るなって言っておいたろうが。
もう、リラックスできないなー。
「で、何が大変なのさ?」
「やつが――狼ドワーフが出撃命令を待ちきれずに、勝手に出撃しました!」
へ? マジで?




