恐怖! 蝙蝠エルフ
蜘蛛ドワーフの魂は回収できなかった。
たぶんその辺の天使に回収されてしまったのだろう。
それはそれで仕方がない。
問題は組織の――『悪の秘密結社デンジャー』の士気が下がってしまったことだ。
仲間の改人の死によって、組織内に動揺が広がっている。
士気を上げねばならない。
となると、手っ取り早い方法はひとつ。
「勇者を狙う、相手は黄色い皮鎧の勇者――ドーゲン・キムラという名の勇者だ」
まだまだ強い勇者を倒せる戦力は無いので、お手頃に倒せる勇者を選んでみた。
やつの持っている【魂の刻印】はこれらだ。
【魂の刻印:暗黒世界】 周囲87mを暗闇で覆う事ができる。
【魂の刻印:雌雄判別】 見ただけで性別を判別できる。
【魂の刻印:落とし穴】 周囲12mの範囲内に1立方メートル相当の落とし穴を作ることができる。上限29個。
これらの刻印に相性の良い改人は、既に作ってある。
というか、たまたま作ってあった。
「病気女将よ、やつを呼べ」
「我が改人ならば、既に控えておりますわ」
病気女将が指し示したのは天井――そこには天井からぶら下がりながら跪いている改人がいた。
器用なやつだ。
ふふふふふ……こいつなら間違いなく、あのドーゲンとかいう勇者を倒せるはずだ。
相性が抜群なのだから。
改人が天井から落下してくると、そのままくるりと一回転して着地と同時に跪いた。
「話は聞いていたわね」
「はいモリ、おまかせ下さいモリ。そのドーゲン・キムラという勇者、この『蝙蝠エルフ』が仕留めてごらんに入れるモリ」
その改人は腕の下から胴体にかけてが、大きな翼となっていた。
赤い瞳であり、唇からは2本の牙が見えている。
改人『蝙蝠エルフ』――エルフと蝙蝠の能力を持った改人だ。
「よかろう……蝙蝠エルフ、お前に命ずる! 必ずや勇者を仕留めてくるのだ!」
「この蝙蝠エルフ、必ずや首領のご期待に応えてみせましょうモリ!」
力強く宣言する蝙蝠エルフ。
「その言葉違えるな! 行け蝙蝠エルフ! 見事勇者を倒して見せよ!」
「デンジャーの為に!」
「デンジャーのために!」
「デンジャーのためにモリ!」
幹部たちと蝙蝠エルフの声が響く。
こうして蝙蝠エルフは出撃して行った。
つーか、蝙蝠エルフの語尾って『モリ』なんだね……。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 国都・とある通り ―
この辺りは飲食店が多く、屋台も並んでいる。
その屋台のひとつ――イノシシ串の屋台は『悪の秘密結社デンジャー』の諜報員が営むものであった。
そしてその屋台には今、客が1人。
「首領が直々にお出ましになられるとは驚きました」
「首領はよせ、誰に聞かれているか分らん」
俺は組織の諜報員の屋台へ、客としてやってきていた。
蝙蝠エルフがドーゲンという勇者と戦う時に時間が掛かれば、他の勇者が駆け付ける可能性もあるからである。
別に加勢をしようという訳では無い。
蜘蛛ドワーフを倒したという勇者や、まだ見知らぬ勇者が現れた時に【魂の刻印】を確認するためだ。
【魂の刻印】の確認は俺にしかできない、だからわざわざこの屋台まで自ら出向いて来たのである。
「で、例の彼の行きつけというのは、どの店だ?」
例の彼というのは今回のターゲツト、勇者ドーゲンのことだ。
「あちらの右側、向こう角から二件目――暗くて見辛いかもしれませんが、大きな鳥の看板がある店です」
今は深夜に近い時間帯なので確かに見辛いが、近くの店の灯りで見えなくも無い。
「彼が店に入ってからもう良い時間が経ってますので。もうそろそろでしょう」
勇者ドーゲンが店から出てきたところを襲う、それが今回の計画だ。
やつはこの時間、単独行動を取る。
夜遅くに焼いた鳥を食べながら酒を飲む、それがやつの行動パターンなのだ。
油断している上におそらく酔っているはずなので、これで勝つ確率は上がる。
……なかなか出てこないなー。
「串を2本くれ」
「酒は?」
屋台の諜報員が、ちゃんと首領ではなく客として話している。
なかなか上手いじゃないか。
「酒はいらない、串だけでいいよ」
「あいよ、串2本だね」
諜報員の屋台の親父が改造した魔具のコンロで、丁寧に串を焼き上げ始めた。
焼けた肉にタレが塗られると香ばしい匂いが立ち込め、なんとも食欲をそそる。
「はい、お待ち」
焼き上がったイノシシ串を乗せた皿が、俺の目の前に置かれた。
一口頬張ると、炙られて適度に落ちた脂のほのかな甘み、その後で肉汁のうま味が口いっぱいに広がる。
タレもしつこく無く、味に適度な塩気と香ばしさを加えていた。
「やっぱりこのタレは悪く無いな」
このタレは俺が考案したものなのだが、急いで考えた割には気に入っている。
「ええ、おかげさまで売り上げも順調、そろそろちゃんとした店も借りられそうなくらいですよ」
そんなに儲かってるのか?
いや、確かにイノシシの肉も組織の畑産だし、酒も瓶ごと埋めたらそのまま収穫できた組織の畑産だから、仕入れは無料みたいなもんだけど……。
右足の裾が、つんつんと引っ張られている。
見ると土の中から手が出ていて、俺のズボンの裾を引っ張っていた――タッキの手だ。
串焼きを寄こせと言うのだろう、分ったから引っ張るのは止めれ。
仕方ないので、口をつけていない串をタッキの手元に近づけてやる。
ほれ、ここが串の持ち手だ。ちゃんと掴めよ。
「(あち!コン!)」
だから何で持ち手の部分を触らせてるのに、肉の部分を掴むんだお前は!
なんとかイノシシ串を渡したが……。
なんか緊張感と雰囲気が一気に緩くなっちゃったな。
というかこいつ、俺の逃げ道を確保するためだとか言っていたが、間違いなくイノシシ串が目当てで付いてきたんだろう。
この食いしん坊キャラめ。
「こいつはサービスです」
タッキとアホなやりとりをしていたら、目の前に木のコップに注がれた酒が出てきた。
サービス? と思ったら、コップを置いた手の指が何かを指している。
どうやら標的が店から出てきたようだ。
ドタドタと数多くの足音が聞こえた。
「なんだお前らは! いや、覚えがあるぞ……確か畑を作っていたゴブリンの新種だ」
そこまで耳に入れて、俺はようやく標的のほうを見る――不自然では無いはずだ。
そこにはイノゴブリンに囲まれた男。
見覚えのある四角い顔をした、やたらと眉の太い坊主頭のおっさんがそこにはいた。
ようやくこの時が来たか……これから畑を焼かれた復讐をさせてもらおう。
貴様は人間国のやつらに洗脳されてるんだろう?
不本意な殺しをさせられているんだろう?
感謝しろよ、今から解放してやるから――死体にしてな。
「モリ、モリ、モリ……そいつらは我が組織の戦闘員モリ」
物陰から蝙蝠エルフが現れた。
「化け物……どこぞの国の暗殺者か?」
勇者ドーゲンが、警戒しながら探りの問いを放つ。
「国だモリ? 我らは国ではないモリ。我らは勇者を抹殺し人間国の衰退を企む『悪の秘密結社』――その名も『デンジャー』だモリ!」
蝙蝠エルフが高らかに正体を明かした。
遠巻きに見ている民間人にも聞こえたはずだから、上手く行けばこれで認知されるはずだ。
「悪の秘密結社だと? 何の冗談だ?」
というドーゲンの反応だが――まぁそうだよね。
特に日本から召喚された勇者には、ネタにしか思えないかもしれない。
実際ネタ要素も込みなのだが、こちらとしては本気度100%のネタである。
「冗談だと思うモリなら、お前の命で確かめてみるモリ!」
その通りだ蝙蝠エルフよ、我らの本気度をやつらに見せてやるがよい!
悪の秘密結社デンジャーによる、勇者狩りが始まった――。




