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逃走する勇者

 ウェルモという教会の偉いさんは、枢機卿とかいう地位にあった。

 こいつがまたしぶとくて、情報を全然吐きやがらない。


 しまいにはサヒューモ教の教義とかを喚くようになってしまい、始末に負えなくなった。

 なのでとりあえず一旦死ぬまで拷問してみて、今はもう一度拷問をやり直すべく肉体を栽培中である。


 これだから狂信者は……。

 これならあの残念勇者を攫って来た方が良かったんじゃね?


 待てよ――残念勇者の魂は回収してあるんだから、あとは死体があればなんとかなるな。

 死体は確か、軍の墓地に埋葬されたんだったか?

 人間国は一般的に土葬だったはずだし……。


 よし、ここは墓荒らしをするとしよう。


 ――――


 ― 国都近郊・戦没者墓地 ―


 夜を待ち、俺たちは死んだ勇者の死体を墓から回収しようと墓地へやってきた。

 墓を掘り返して、棺桶を開けたのだが……。


「蜘蛛ドワーフよ、確かこいつで良かったんだよな」

 モブ勇者くんはモブ顔だったので、正直あまり顔の印象が残っていないのだ。

「確かこれだったような気がいたしますクモ。正直良く覚えてないのですクモ」


 蜘蛛ドワーフよ、お前もか……。

 あと勇者の顔を覚えてそうなのは俺の横にいるこいつだけだな。


「なぁタッキよ……」

「人間の顔はよくわかんないコン」

 うん、やっぱりな。


 誰もちゃんと覚えてないとか……。

 まぁ、モブ顔だったしな。


「墓碑に名前も刻んであったし、たぶんこれだろう。じゃあこれ回収しといて」

 穴掘りが得意なモグゴブリンに命じて、秘密基地まで運ばせよう。

 そう言えば、畑に空きってあったかな?


 ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ― 秘密基地 ―


 墓荒らしから数日後。

 狂信者と勇者を復活させて拷問だの尋問だのをさせてみたのだが、成果があったという報告が来ない。


「で、どっちかから少しは情報を引き出せたか?」

「申し訳ございません、まだ大したことは引き出せておりません」

 俺の問いに答える肉壁団長が、頭を下げる。


「大したことは、ということは少しは引き出せたのか?」

 そう聞くと、肉壁団長が指を一本立てながら引き出せた情報を話してくれた。

「新しい情報が1つだけございますが、聖堂内には若い魔人の女奴隷がいるという、ただそれだけの情報でございます」


「何人いたと言っていた?」

「はい? あ、いえ、確か1人だけのはず……お待ちください、確認して参ります」

 肉壁団長が急いで退出していく。


 妙だな、報告だと大聖堂内では奴隷は使っていなかったはずなのだが……。

 人間至上主義のサヒューモ教本部では、人間以外は穢れた者として立ち入らせていない。

 見間違いでないなら、その若い魔人の女奴隷というのは何故大聖堂にいたのだろうか……?


 肉壁団長が戻ってきた。

「やはり1人で間違いありませんでした。魔人の女奴隷は1人だけです」

 ふむ、やはりそうなのか……。

「情報はあの勇者からのものです。もう一度拷問をして情報を引き出してみますか?」

「そうだな、もう一度――いや待てよ、ちょっと考えがある」

「考えでございますか?」


 考えと言っても大したことでは無い。

 北風と太陽の、太陽を試してみようと思っただけだ。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ― 地下 ―


 ひんやりとした空気で目が覚めた。

 ここはどこだ? 確か俺はあいつらに拷問を受けて……。

 確か体に太い針のような物を刺されて――そこから記憶が無い。


 死んだような気がしたのだが、また気のせいだったようだ。

 王都で【身代わり】の刻印を使った時にも死んだ気がしたが、生きて捕まっていた。

 どうやら俺の生命力は、意外としぶといらしい。


 体を起こそうと思ったが、縛り付けられているようで動けない。

 まだ拷問の途中なのか? それにしては人の気配がしないな。

 周囲からは声どころか、人の足音すら聞こえない――――いや、ひとつだけ足音が近づいて来たようだ。


「おい勇者、生きているか? 生きているなら返事をしろ」

 急かすような、それでいて控えめなその男の声は、俺に拷問をしにきたのでは無さそうに聞こえた。

「生きている。それで、あんたは誰だ? 俺を拷問しに来たようじゃ無さそうだが……」

「その話は後だ。それより勇者、お前逃げたくは無いか?」

 逃げる? こいつは俺を逃がそうとしているのか? 何故?


「逃げたい。あと隼太だ、本号(ほんごう) 隼太(しゅんた)。俺の名前だ、勇者じゃない」

 正直、勇者と呼ばれるのは嫌いだ、こんなものは権力者に都合のいい呼称でしかない。

 それに大した能力の無い俺にとっては、重荷にしかならない呼び名だ。


「済まないシュンタ。その……名前を知らなかったものでな」

「構わないさ、それより本当に俺を逃がしてくれるのか?」

 薄暗い室内な上に、身動きが取れず相手をちゃんと確認できない。

 期待させといて、実はドッキリだったとか無いよな……。


「もちろんだ。その代わりに護衛として一緒に逃げてくれ、私はあまり戦闘力には自信が無いのでな」

 なるほど、戦闘力に自信が無いので勇者の俺を護衛にして、自分も逃げるつもりなのか。

「構わないが、俺も戦闘力には自信があるとは言えないぞ。『残念勇者』なんてあだ名も付いていたくらいだしな」


 そうなのだ。誰が付けたか知らないが、付いたあだ名が『残念勇者』。

 戦闘嫌いで強くも無い俺は、ほぼ役立たず扱いだった。

 というか、どうして他の勇者たちはあんなに命知らずで好戦的なのだろうか?


 話してみたら皆『勇者召喚』の魔法でここにきた日本人なのに、戦闘を嫌がっているのは俺だけ。

 日本人って、こんなに好戦的な人ばかりだったか?


 なんとも不思議だ。


「戦闘力に関しては、今の君ならかなり強いはずだ。とにかく詳しい話は後だ、とにかく逃げよう」

 今の俺なら強い?


 俺を拘束していたロープが解かれた。

 これ以上の質問は受け付けないとばかりに、男が部屋を飛び出す。

「早くついて来い!」


 拒否する理由も無く、俺はその男について行った。

 

 ★ ★ ★ ★ ★


「首領、勇者は無事ノルトロスと逃げたようです」

 報告に来たのは、肉壁団長だ。

「そうか、予定通りだな。あとはノルトロスの演技力に期待というところか」

「失礼ながら、上手くいきましょうか?」


「なに、情報収集が上手く行かなくとも、他に使い道はあるさ。そのために……」

「なるほど、そのために……」


 もっともらしく悪だくみしているように話しているが、実際やったことは個人的な趣味みたいなものだ。

 ぶっちゃけネタとも言う。


 あの勇者が気付いたらどんな反応するかなー、楽しみだ。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 地下の部屋を脱出して、夜の森の中を逃げ続けている。

 ここはいったいどこなのだろう?


 大聖堂の前で見た、やたらマッチョで大きいゴブリンたちが追ってきた。

 蜘蛛の怪物が追ってこないのは助かる、あんなのには勝てる気がしない。


「シュンタ! 待ってくれ! 速すぎて追いつけない!」

 そんなに速く走っていたつもりは無かったんだが……。

 振り返ると、俺を逃がしてくれた男が見えた。

 木々の間から漏れる月明りでも分かった、肌が青い――魔人だ。


 魔人がなぜ俺を逃がす!?

 混乱しつつもその魔人の走る速度に気付く――かなり速い。

 あれ? だとしたら俺はどれだけの速さで走っていたんだ?


 混乱して立ち止まっていたら、横から追っ手の大きなゴブリンが飛び出してきた。

 反射的に蹴りを入れる。

 俺に蹴られた大きなゴブリンは、いとも簡単に吹き飛んだ。

 内蔵を潰し骨を砕いた感触が、俺の脚に伝わっていた……。


 嘘だろ!? 反射的に出しただけの素人の蹴りだぞ!?


 困惑しながらも、俺たちはとにかく逃げた。

 考えるのは後だ。


 …………


 どこをどう逃げたのかは覚えていない。

 どれだけの時間、どれだけの距離を逃げたのかも定かではない。


 気付くと夜が白んで来ていて、小屋のような場所で俺はへたり込んでいた。

「ここでしばらく休憩しよう。シュンタ……大丈夫か?」

「あ、あぁ大丈夫だ」

 竹筒を渡され中の水を飲むと、少し落ち着いてきた。


 魔人は、小屋の隙間から外を覗いて警戒している。

 そうなんだよな……俺を逃がしてくれたのは魔人だ。

 魔人は人間の敵のはず。

 なんで俺を逃がしてくれた?


 なんかいろいろ訳が分からない。

 聞いてみるしかなさそうだな……。


「なぁ、あんた魔人だよな」

 魔人は俺を振り返ると、複雑そうな顔をしてこちらを見つめる。

 真面目そうで品のあるやや四角張った輪郭に、誠実そうな目が印象的な壮年の男だ。


「今の私の姿は本来の私ではない、私は元は人間だ」

 魔人の男の重そうな口を開いて出てきた言葉は、新たな困惑を俺に与えた。

「どういう意味なんだ? 今は人間では無いのか? ならその姿は?」

 俺のこの矢継ぎ早の問いに対する返答は、驚愕すべきものだった。


「私のこの体は魔人と融合させられている――私はやつらに改良され、魔人人間となってしまったのだ」

「魔人……人間?」

「そうだ、私はやつらに改良された実験動物という訳さ。私はもう人間ではない、やつらの実験で作られた魔人人間という怪物なのだ」

 なんて酷いことをしやがるんだ……。


「こんな姿になっても、私は人間国に戻りたかった――そして幸いやつらが使役しているゴブリンが、俺の捉えられている牢の鍵を手の届くところに落とし、運良く逃げ出せたという訳だ」

「なるほど、それで俺をついでに逃がしてくれた……と」

「あぁ、そうだ。たまたま私の捕まっていたのが、君が捕まっていた部屋の向かい側だったものでね。君と一緒ならなんとか逃げ切れるのでは、と考えて巻き込ませてもらった。助かったよ」


「助かったのはこっちだ。何度も拷問されて、あのままだと殺されていただろうからな」

「そうか、ならお互いに良かったということにしようか」

 そう言いながら、握手をしようと差し出した手が止まる。

 男はその手を暗い表情で眺めている――その手は青い、魔人の手だ。


「なぁ、元には戻れないのか?」

 思わず口から出た言葉――これはたぶん同情だろう。

 というか、それしか口から出てこなかった。


「そうだな、やつらならひょっとしたら可能かもしれないが――いや、おそらく無理だな。私も……そして君も、元には戻れないだろう」

「俺も……?」

 何だそれ? 何を言っているんだ?


 いぶかしげな表情で、男が俺を見た。

「ひょっとして、君は気が付いていないのか?」

 何だ?何だ?何にだ?


 ゴソゴソと、男が荷物袋から何かを取り出す。

「見たまえ、これが今の君の姿だ」

 差し出された四角い手鏡に映っていたのは……昆虫の姿に似た化け物!


「うわあぁぁ! うあ! ああぁぁぁ!」

 言葉など出てこなかった。

 叫んでいる悲鳴が、他人事のように耳に響いていた。


 自分自身の姿に恐怖する俺に、男の言葉が止めを刺す。


「これが今の君の姿――改人バッタ男だ」

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