イノシシ
とりあえず魂を入れた狐っ娘のタッキは、隠れ家に置いてきた。
街に入れてもロクな事にはならないだろう。
そもそも奴隷ではない獣人など、人間の国にはいないのだから。
☆ ★ ☆ ★ ☆
次の日。
タッキを街の外で暮らさせるのに何か良いグッズはないかと、お金があまり無いので古道具屋を物色していたのだが、面白い物を見つけてしまった。
壊れた奴隷の首輪。
壊れた奴隷の首輪……まぁ普通に首輪としては使えるから、古道具屋にあってもおかしくは無いか。
値段は200ギニスと、壊れた古道具にしては少々お高い。
だがこれをタッキの首に着けてやれば、俺の奴隷のふりをして街中をうろついても不自然では無いはずだ。
買おうとしたら、古道具屋の親父に妙にニヤニヤされた。
聞くと壊れた奴隷の首輪は、カップルが良く買って行くのだそうだ。
用途は……まぁ、二人の夜のお楽しみに使うらしい。
ほほう……。
う、うらやましくなんてないやい!
…………
さて、隠れ家まで来てみたのだが……。
タッキが量産型たちを、ベッドと枕代わりにして寝ていやがった。
量産型タッキたちに、タッキの言うことも聞くように言っておいたからこれ幸いと使ったらしい。
元が自分の死体から生まれたとは言え、使い道に遠慮がねーな。
てか街中に連れて行ってやろうとか考えてる俺が、なんかアホみたいじゃね?
ゴブリンを埋めた畑には、もうゴブリンの実が8つほど生っていた。
これ、今日にも収穫できそうだな。
ゴブリンは収穫に一日か……蟻と同じなんだな。
どういう基準なんだろ?
ゴブリン8匹が増えるので、隠れ家を拡張しなければならんなー。
うん、寝ているタッキが邪魔だな。
「とりあえずタッキを外へ放り出しとけ、あと隠れ家の拡張をするから土を運ぶのを手伝ってくれ」
量産型タッキたちに命令して、拡張工事の始まりだ。
今後も人数が増える可能性を考慮して、広めに拡張しておこう。
居住性を考えたらそれでもちょっと狭いけど。
寝室もトイレも無い地下の空間……倉庫だよなー……いや、収穫物の保管場所だから室と言うほうが適切だろうか?
量産型タッキたちと一緒に土を運び出し、とりあえず完成。
外に出て辺りを見回したら、タッキのやつがまだ呑気に寝ていやがった。
緊張感の無いやつめ。
こいつ危機管理とか考えて無いんだろうなー。
…………
「おいタッキ、いいかげん起きろ。そろそろゴブリンが収穫できるぞー」
「むぁー……あと5分のゴブリンがー……だコン」
「寝ぼけてんじゃねー、ほら起きろ」
タッキの顔にシャワーを浴びせてやった。
「ぶはぁー! なんだしゃーだコン!」
おっ! 飛び起きた。
「意味不明のことを言ってないで起きろ。ゴブリンを収穫するぞ」
「ゴブリン……もう収穫してもいいんだコン!?」
聞けばゴブリンの収穫が楽しみ過ぎて、昨日は眠れなかったのだそうな。
起きては発芽を喜び、起きては花を眺め、眠れたのは明け方だったとか。
まぁ、気持ちは解らんでも無いがさ。
ゴブリンの実は、もう緑色に色づいていた。
「半分の4つだけ収穫していいぞ、残りの半分は俺が収穫するからな」
「ふふん、リョーキチさんも収穫が楽しみなんだコンな。りょーかいだコン!」
いや、単にタッキが収穫した個体と俺が収穫した個体で、何か違いができるのかを知りたいだけだ。
タッキが腰に手を当てて、スキップしながらゴブリンの実へと向かう。
さて、収穫できるかな?
タッキがゴブリンの実に触るとポトポトと実が落ちて、中からゴブリンが出てきた。
おおー、俺じゃなくても収穫できるんだ。
収穫したゴブリンは全員、ちゃんと短剣を装備していた。
しまった、安くても防具を装備させておくんだったか……。
やってしまったものは仕方がない、今後の教訓としよう。
俺も残りのゴブリンの実を収穫する。
見た目は俺が収穫したゴブリンも、タッキが収穫したゴブリンも変わりは無いようだ。
能力面も比較してみようかな?
見た目区別がつかないから、俺が収穫したゴブリンには端切れの布を巻き付けておこう。
今度は量産型タッキたちに収穫をさせてみた。
収穫するのは蟻だ。
これも簡単に収穫できた。
ちゃんと俺の言うことも聞く……さすがに10000匹ともなると、蟻でも壮観だな。
そのうち蟻に色を着けて、マスゲームごっこをしようっと。
「リョーキチさーん! ゴブリンが言うことを聞いてくれないコーン!」
さっきからタッキが自分で収穫したゴブリンに命令しているらしいのだが、ゴブリンは全く無反応だ。
「お前たち、タッキの言うことも聞いてやれ」
「ゴブ」「ゴブ」「ゴブ」「ゴブ」……。
へぇー、ゴブリンの返事ってゴブなんだ……頑張って納得しよう。
「言うこと聞いてくれるようになったコン!」
「こら、ちょっと待て」
タッキがゴブリンたちを連れてどこかへ行こうとしたので、そこは止める。
まだゴブリンたちには用があるのだ。
今度はゴブリンの能力を比較調査だ。
俺が収穫したゴブリンとタッキの収穫したゴブリンをそれぞれ一列に並ばせて、一組ずつ競争をさせてみよう。
「用意、スタート!」
おぉー! ゴブリンってけっこう足速いんだな。
…………
俺とタッキが収穫したゴブリンに、能力的な差は無かった。
走力も力比べも石投げも互角、誰が収穫しても能力は変わらないようだ。
ふむ、ついでにこっちも比べておこうか。
「タッキ、量産型と競争してみろ」
「いいコンよー、負けないコンよー!」
理由は知らんけど、タッキはやる気だ。
「用意、スタート!」
おぉー! ゴブリンより速いぞ。
というか量産型より、魂の入ったタッキのほうが速い。
いろいろ試した結果、間違いなく魂の入ったタッキのほうが能力は高かった。
石や袋に入った土を持ち上げさせて比較してみた結果では、だいたい2割増というところである。
その結果はそれでいいとして、検証中に思わぬ副産物も発見された。
「リョーキチさん! タッキはなんかすごく力持ちになってるコン!」
そうなのだ。
俺でも持ち上げるのに苦労した大きな石を、子供のタッキが普通に持ち上げてしまったのだ。
考察してみた結果、おそらく【魂の刻印:農神】の『品質向上』の影響で、タッキの品質が向上したものと思われる。
自分自身の品質も向上させたいなー……死んだら畑に埋めてもらおう。
その前にいくつか検証してみないといけないけど。
タッキが調子に乗って、鬼ごっこをしているな。
今も逃げ切ってドヤ顔をしているが、そもそも身体能力に差があるんだから当たり前だろうにと思う。
てか、あんまし遠くまで逃げるなよー。
動き回ると、そのうち誰かに見つかって……。
「リョーキチさーん! 助けてだコーン!」
またかよ! お前は遠くに行ったら何かに追いかけられないと気が済まんのか!
追いかけてきたのはイノシシ……てか、でかいし!
高さだけでもゴブリンやタッキの肩くらいまである……いやいやいや、助けるとか無理だし! 動き速いし!
そうだ! 俺にはもう頼りになる戦力があるんだった!
「ゴブリン隊! 奴を止めろ! 出来るなら仕留めろ!」
俺の命令で8匹のゴブリンたちが、イノシシに襲い掛かった。
逃げるタッキとイノシシの間に、ゴブリンたちが立ちはだかる。
突進してくるイノシシの正面に立ちはだかったゴブリンに、巨大なキバが突き刺さる。
それでもまだ突進を止めようとするゴブリンだが、奮闘むなしく弾き飛ばされた。
そこを見逃さず2匹のゴブリンが左右の牙を掴んで、イノシシを引き倒そうとする。
突進力の弱くなったイノシシに、残りのゴブリンたちの短剣が突き刺さった。
凶暴化し暴れるイノシシに、牙を掴んでいた2匹のゴブリンたちが降り飛ばされる。
そのうち1匹は牙で喉を突かれてしまった……くそ! やられたか!
だが、これで動きは止まった!
「お前らよくやった! くらえ! 農業用水!」
俺の左手から勢いよく噴出した水はイノシシを包み込み、溺れて大暴れしていたその動きもやがて鈍くなっていき、何度か大きく痙攣してからびくりとも動かなくなった。
こうして俺は……いや俺たちは、大イノシシとの戦闘に勝利したのであった。
ゴブリンの犠牲は2匹。
お前ら、ありがとな。




