初詣
脳活なのでハードルを下げてお読みください。
「それじゃ、あとよろしくお願いしますね」
引継ぎ業務を終えて、俺は正午で帰宅の時間だ。
「悪いね田畑くん、三が日全部出勤させちゃって」
上司である畠山さんがすまなそうに労ってくれたのだが、どうせ今年は帰省するつもりも無かったし、俺としては全然構わない。
三が日出勤に関しては文句は無いのだが、そろそろ新人を入れて欲しい。
30代半ばで若手扱いは、そろそろキツいのだ。
仕事の質はベテランのそれを求められるのに、扱いが若手というのはけっこう大変なのである。
今までに後輩は何人も入ってきたのだが、残っているのは二人だけ。ブラックじゃないはずなのに、この職場に居つかないのは何故だろう?
…………
俺――田畑 良吉は、現在農作物の品種改良という仕事をしている。
植物とはいえ生き物なので、たとえ正月でも完全放置という訳にはいかない。
なので交代で面倒と様子を見ていたのだが、俺は正月三が日を担当していた。
一月四日となり、ようやく午前中に引継ぎ業務を終えた俺は、これから待望の冬休みである。
「せっかくだから、初詣でもしていくか」
平成五年製造の青くてポンコツでマニュアルのセダンを転がして、帰り道の途中にあった神社に寄ることにする。
「確かこの辺だったよな……」
雪深い田舎町だと、除雪でできた雪山が邪魔で出入口の場所が判りにくい。
しかも毎年詣でる神社は帰省先の地元の神社なので、この辺にあるはずの神社の場所などうろ覚えなのだ。
「確か神社の向かい側には蕎麦屋があったよな……」
向かい側にある蕎麦屋には、けっこう高さのあるポール看板があったはずなので、それを目印に探す。
「おっ! あったあった。この向かい側だから……よし、ここだな」
左折してすぐに神社の駐車場があった。
公共交通機関が少ない町なので、神社に詣でる人はほとんどが自家用車で参拝しにやってくる、当然ながら駐車場は広い。
鳥居をくぐり境内に入る。
手水はやめておく、だって冷たいしさ。
今年のお賽銭は500円だ。
適当に欲にまみれたお願いをして、今年の初詣はおしまい。
お守りを買って、おみくじを引いて……ふむ、末吉か。
これでもう神社には用は無い。
家に帰って、録画してある正月番組もでも観るとするかー。
「あ、そういや昼飯食ってなかったな」
ちょうどいい、道路を挟んで神社の向かいに蕎麦屋がある、何か食って帰ろう。
一車線しかない道路を渡り、蕎麦屋へ。
きつねそばを注文し、出来上がりまで暇なのでさっき引いたおみくじを熟読してみた。
恋愛・結婚――――最後には実る
学業・仕事――――新規に始めるが吉
金運・賭事――――最初苦しむも後良し
「習慣でおみくじ引いちゃったけど、当たるもんなのかね?」
そもそもおみくじの内容なんて三日も覚えてないから、検証したことが無い。
「天衣神社のおみくじは、けっこう当たるよ。俺なんか『健康・病気――調べて気をつけるが吉』なんての引いちゃって、気になって病院で検査してみたら大腸にポリーブが見つかっちまったくらいだしな。はい、お待ち」
と、蕎麦屋の爺さんが、きつねそばを運びながら教えてくれた。
食べる前に大腸の話とか、止めてくれよ。
「なるほど、神様が教えてくれたということですか」
「そういうことさ、偶然だろうがなんだろうが、ありがたい話だよ」
「じゃあ俺も少しは信じてみようかな……」
所詮はおみくじだろうとは思うけどね。
せっかく目の前にきつねそばが来ているので、食べることにする。
小さなお揚げが所狭しと並べられたきつねそばは、お揚げがとてもいい仕事をしていた。
…………
蕎麦屋を出る。外はいつの間にか大雪だ。
外の駐車場に、車は無い。
あぁそうか、車は神社の駐車場だっけ。
と、そこで気が付いた。
「そういや、交通安全のお守り買ってなかったな」
大した距離でも無いけども、またお守り売ってる場所まで行くのは少々面倒くさい。
「けっこう車の運転はするし、一応買っておくか」
急に風が強くなり、視界が悪くなる。
車に乗ってる時でなくて良かった。
乗っていたら間違いなくホワイトアウトで、運転するのが厳しかっただろう。
そう、この時に気付けば良かったのだ。
この時運転していた人が、ホワイトアウトになっていたことに。
風の音で、エンジンの音が聞こえにくくなっていたことに。
神社へ向かおうと車道を渡っていた俺に、トラックが突っ込んできた。
ハウス農家で収穫した野菜を満載しているトラックが。
直前でブレーキを掛けたようだが、圧雪に雪がうっすらと積もる路面ではほとんど意味が無かった。
跳ね飛ばされて宙に浮いた俺の脳裏に浮かんでいたのは、ありがちな走馬燈では無く『お守り、なんで買わなかったかなぁ』という後悔の念だけであった。