64 二百年前の追憶二(鈴音視点)
「待て待て! あたいの石をぶつけておいてワビのひとつも無いんか!」
「冷えてきたのう。寝床につく前に茶でも一杯もらうとするか」
「無視すんなーーー!!」
どうやら生ごみだと思っていたのはゴミを纏った人間だったらしい。
年は十歳前後に見えるが、耳が尖っているのは北から渡ってきた民族だからだろう。そうなると見た目の年齢は当てにならない。
肌が汚れていてよく分からないが、ずいぶん整った顔立ちをしている。磨けば玉のように光りそうだ。
「これはすまん。ゴミを好んで身に着ける人間がいるとは思わなんだ」
「あたいの服をゴミ呼ばわりすんな! 長旅でちょっと汚れただけだ!」
「……服じゃったんかそれ」
よく見れば外套のようにも見えなくもないが。どれだけ長旅をすればそんなに汚れるのか。……まさか北の端からここまで歩いてきたのか?
「いたぞ! おい、エルフはここだ!」
「げ。しつこいやつらだな」
みるからにゲスな男どもがぞろぞろと集まってくる。
「お、もう一人いるじゃねえか。少し若すぎるが、上玉だな。高く売れそうだ」
「うへへへ。じょ、じょうちゃん。こんな時間に一人で出歩いちゃ、い、いけないんだな」
こいつはしまったな、と思う。考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか路地裏に来ていたらしい。
「おい、あんた。大通りの方に駆けな。あたいは大丈夫だ。こう見えても北じゃ名の知れた腕利きの魔導士だったからね」
「……腕利き、のう」
今日は厄日じゃのう。さっさと片づけて宿にかえるとするか。
ワシは一歩前にでるとゴミ娘と男どもの間に立った。
「おい! 逃げろと言っただろう! あたいなら大丈夫だ、こんな奴ら簡単に魔法で追っ払える――」
「――その震える手でか?」
「う……」
ゴミ娘は手をさっと後ろに隠す。
「お主が高い魔力を持っていることは分かるが、それだけの恐怖心を抱きながら戦えまい」
先ほどからゴミ娘から伝わってくるのは強い恐怖心だ。それはいま目の前にいる連中に対するものではない。
「へへへ、逃げねのか嬢ちゃん。包帯の旦那、二人ともさらっちまってええですかい?」
包帯の旦那と呼ばれた男は、黒いフードを被っており、そこから覗く顔が包帯でぐるぐる巻きにされていた。