60 出発
「ってー。なんだんだ一体」
あたりに舞う土煙。げえ、床にでっかい穴が開いていやがる。
≪マスター、大丈夫ですか?≫
「あ、ああ大丈夫。そんなことよりも乙葉は?」
乙葉は穴の中心に静かに横たわっていた。
先ほど感じた魔力はすっかり消え失せている。
「おい、乙葉! 大丈夫か?」
「あ、あれ? 巧魔くん? 乙葉なんでこんなところで寝てたんだよ?」
「なんで、て。覚えてないのか?」
どうやら軽い記憶喪失になっているようだ。
従業員の方に乙葉を預け、家まで送ってもらうことにした。
「やれやれ、とんだ災難だったのう。……こりゃあ、酷くやられたもんじゃ。猿彦を呼んで修理してもらわんといかん」
「そうだね。そういえば、今週末には龍都からこっちに戻ってくるはずだ。その時に手配してもらうようにしよう」
「となると入れ違いか。 あいつは重要な時はいつもおらんの」
確かに。
「さて。お忙しくなってしまったようですので、私は馬鹿弟子の宿に行ってます。出発は明日の明朝としたいのですが、ご都合が悪ければ宿までお越しください。では」
そういうと、エマニエルさんは魔女邸に向かって去っていった。最後にエマニエルさんは乙葉にちらりと視線を向けた。その眼差しが思うより冷たかった。
「さて、準備はいいかのう」
「うん、いいんじゃないかな」
俺と鈴音はエマニエルさんと約束していた日を迎えた。
東商店を出ると、そこには既にエマニエルさんが待ち構えていた。
「おはようございます、鈴音様、巧魔くん。馬車を用意しておりますのでこちらへ」
うっかり魔女邸を超え、関所も超えた先に馬車はあった。豪華な作りの馬車に、これまた立派な黒い馬が2頭繋がれている。
中に乗り込むと、御者の席には千春さんが座っていた。
「千春も龍都へいくんじゃのう。うっかり邸は休業か?」
「あたしはただの受付ですから。留守の時は、守谷村の方に臨時でやってもらってます」
「こいつは馬鹿弟子ですが、道中役に立つこともあるでしょう。連れて行ってやって下さい」
「ええ、それはいいんですが……道中って、龍都までの道のりの事ですか? ここから馬車なら半日もかからないでしょうに」
「ああ、まあそのことは龍都についてからお話致しましょう」
うーむ。なんだろうか。まあ、気にしても仕方ないか。
俺は椅子に座ると、初体験の馬車からの眺めを堪能することにした。