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5 死

 この世界にも月はあるんだな、と拓海は頭の片隅で思った。


 静かに佇む月は、元いた世界とそう変わらない。世界を暗闇に落とさないだけの必要最低限の光を、分け隔てなく降り注いでいる。

 その儚い恩恵の対象は、ここに対峙する異形の2体に対しても変わることはない。


 1体は異形の狼。その巨躯に似合わぬ速さと、2人の人間を軽々しく吹き飛ばす強大な力をもつ最強の怪物だ。

 白い巨躯を屈め、対峙する相手を威嚇するように唸っている。


 もう1体は、ある意味この世界ではグレーターウルフ以上の異形であろう。


4メートルを越える体躯に、当世具足と呼ばれる和式の全身鎧を見に纏い、面具(めんぐ)の奥に光る双眸がグレーターウルフをじっと見据える。


そして最も異様なのは、上段に構える刃渡り2メートルの巨大な刀。

 波打つ刃文が月夜の光を受けて妖しく光っている。


サムライを作りたい)


 俺はコンパイラさんにそう告げた。


 素早く強大なグレーターウルフに勝つには、リーチと、先手を打つ強力な一撃が必要だ。そこで思いついたのが、日本が世界に誇る近接最強武器『刀』を持つ侍だ。


 さて、と俺はじっと対峙しているグレーターウルフから意識を離さないように注意しながら、持っている()を握り直す。


 今の俺は、ひょろながゴーレムくん(仮名)から視界をサムライゴーレムに移している。それに加え、身体感覚もサムライゴーレムに移した。


 赤子の体にいるときは、まるで泥の中でもがいているかのような感覚でいたが、サムライゴーレムへ身を移した瞬間、羽でも生えたかのように身が軽くなっていた。

 持っている刀の重さもほとんど感じない。まるで木の棒でも持っているかのようだ。


 だが。


『グロゥゥウゥゥ』


 グレーターウルフの唸り声を全身で浴びる。あまりの迫力に、命が削り取られていくかのような錯覚すら覚える。


(倒せるのか俺は……? この化け物を)


 パワーもスピードも桁違いのサムライゴーレムだ。サムライゴーレムに身を移したら、グレータウルフを瞬殺出来ると思っていた。

 だが、サムライゴーレムに身を移した今、事はそう簡単では無いと悟った。

 隙あらば攻撃を仕掛けようと刀を構えているのだが、その隙が……一向に訪れない。


 お互いに間合いを保ったまま、ジリジリと時間が過ぎて行く。


(まずい。このままでは……)


 俺は内心焦っていた。気力の消耗が激しく、段々と集中力が削がれていく俺に対し、グレータウルフの三つ目は時間を経るに従って#爛々__らんらん__#と輝いていくのだ。


 これが獣と人間との違いだろう。牙を失い、爪を捨てた人間と、弱肉強食の世界で生きる獣との差は大きい。

 

 わずかに半歩、グレータウルフが身を進める。


 ――まずい、仕掛けてくるか?


 やられまいと集中しようとしたその時、

 

「うう……痛たた……」


 グレータウルフに弾き飛ばされていたカオルが小さな声を上げた。


 俺はそちらを見たわけではない。だが、意識に瞬間的な空白が生まれた。


(しまった!)


 思わず俺は刀を振り下ろす。


 飛びかかるグレータウルフ。


 が、俺が僅かに速い。

 

 少しでも隙を見せれば、飛びかかってくることは分かっていた。

 『予測』とは、爪を捨てた人間が手に入れた魔法だ。獣と人間どちらが強いかという問いは永遠のテーマではあるが、今回は(人間)に軍配があがったようだ。


 刀がグレータウルフへ迫る。


 波打つ刀の波紋が幾本かの毛を宙に舞わせたとき、大きな衝撃音が起きた。

 

 (消えた?! ――いや、左かッ!)

 

 グレータウルフがいたはずの場所には大きく抉れた土。 


 拓海は自身の愚かさに歯噛みをした。

 グレータウルフが正面から襲いかかろうとしていたのは、すべてこの時のためのブラフだったのだ。

 

 俺が刀を振り下ろすその時を[予測]し方向転換。両手持ちの刀では、おのずと攻撃範囲が絞られてくる。

 今グレータウルフがいる場所は紙一重で刀が届かない。

 牙と爪に加え、知恵をも兼ね備えた異形の獣は、そのすべてを駆使(くし)してサムライゴーレムの刀を掻い潜ったのだ。

 

(俺の予測を、さらに予測(・・)したか。……負けたよ)

 

 既に勝負は決した。後はなるようにしかならない。


 グレータウルフの(あぎと)が大きく開かれ、サムライゴーレムの首に迫る。


 牙が杭のように撃ち込まれ、鎧に大きくひびが入る。


(……予測合戦には負けた)


そのとき、サムライゴーレムの蒼い瞳が強い光を放った。


(だが――勝負は)


 両手持ちであるはずの刀から、右手が離れる。

 その瞬間、刀が無限の剣筋を帯びた。


(俺の勝ちだ!)


 片手一本となった左手に全魔力を投じる。

 俺の命が濁流の如く腕力へと変換されていき、かつての魔剣がここに再現された。

 かの宮本武蔵が得意とした二刀流兵法。

 

 二天一流 片手車。またの名を『乱車輪』。


 制御を失い縦横無尽に乱れ飛ぶ車輪の前には、どんな予測も役に立たない。

 

≪警告:魔力が枯渇し生命力が消費されています。直ちに魔力の使用を中止して下さい≫


 コンパイラさんが何か言っているような気がしたが、悠長に耳を傾けている余裕はない。


 俺は限界を超えた魔力をさらに流し込む。


 グレーターウルフの瞳に驚愕の色が浮かぶ。

 刀が恐ろしい速度で跳ねあがったことに気付いたのだ。


 だが、もう遅い。


(――お前の敗因は、頭が良過ぎた事だ)


 乱れる車輪が、グレータウルフの懐を大きく()いだ。

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