21 待つ悦び(戮視点)
「理解不能。戮、説明しろ」
森を抜けたところで巴蛇が肩から飛び降り、人の姿へと変わった。
黒に近い紺色の簡易な|鬼装束≪おにそうぞく≫を身に纏い、足には草履。
髪は黒の短髪。背は小柄で150センチ程。年は10歳前後に見える。涼やかな印象を受ける目でこちらを睨み付けている。全体として整った容姿ではあるが、笑った表情を滅多に見せない為、巴蛇にたいして見た目の年相応に可愛いという印象を持ったことは一度もない。
「猫の契約者を殺さなかったことについてかネ?」
「そうだ。あれは危険。今の内に芽を摘むべき」
「うふふふ。いくらワタクシでも赤ン坊を殺す趣味は無い」
「興味無し。お前の趣味はどうでもいい。|彼≪か≫の存在が|呉≪ご≫にとって良いか否かが重要だ」
ぶれないな|巴蛇≪こいつ≫は。
12干支達にとっては国に対して忠誠を誓うのは当然。|そういう風に出来ている≪・≫のだ。まあ、もちろん例外はあるが。
そのなかでも巴蛇は国に対するーー|呉≪ご≫に対する忠誠が高いように思われる。
「呉から受けた命令は『東に現れた猫の契約者の偵察』だ。ヤれとは言われていない」
「|笑止≪しょうし≫。今回の報告で暗殺命令が出るのは確実。ならば先んじて殺しておくべき」
「たらればで物事を語るべきではない。それに何度も言っている話だが、ワタクシは巴蛇のように呉に忠誠を誓っているわけではない。ワタクシは心踊る戦いがしたい、只それだけだ。暗殺なんて詰まらん命令は受けるつもり無いネ。……そして、その戦いの先には、ワタクシの望む『完璧な世界』が待っている。」
「……あの赤子の能力は異常。6年後となれば、その力がどうなっているか想像不能。……本当に6年後戦うつもりか?」
「勿論。俺が何のために呉に助力していると思っている? 呉の計画は滞りなく進んでいる。今のまま行けば、まず間違いなく6年後にワタクシと巧魔クンは必ず合間見える事になる。ワタクシがそうするのではない、周りがそうさせるのだ。全ては、ワタクシが『最高の舞台』を整えるため。」
「阿呆。だからこそ今殺せば良いものを」
そう言うと巴蛇はタメ息をついてそっぽを向いてしまった。今日の巴蛇はえらく不機嫌なようだ。
「なんだお前らしくもない。……まさか心配しているのか?」
笑止。おそらくそんな返答が返って来るだろう。巴蛇にとって興味があるのは己が忠誠を誓う呉に対してのみ。それ以外は路傍の石も同然だ。
「笑止」
それ来た。予想を裏切らない反応だ。
「……戮は退屈しない。無茶をして死なれてはつまらない」
……否、予想外の反応だ。どうやら本当に心配していたらしい。
「……まあ、無茶はしないさ」
「なら良い」
巴蛇は少しふてくされたようにそう言うと、直ぐに蛇に戻り、俺の背中に潜り込んだ。
……くふふふ。俺が人並みに情愛を感じているのか?
恐らく違うだろう。巴蛇の意外な反応に少々驚いただけだ。
俺の人生、殺して殺して、そしていつか殺される。
只、それだけ。そして、それで良いのだ。それこそが、この刹那の人生という船旅を逝く唯一の羅針盤よ。この『舞台』を完遂するためならば、どんな犠牲も厭わない。
俺は月の位置を確認する。夜が明けるまで少し寝れる時間が取れそうだ。程度の良い寝床を探すとしよう。
俺は未だ明ける兆しの無い闇に潜り込むようにして進み出す。
先ほど胸中に生まれた微かな違和感は既に無い。
今の俺の胸中には只、6年後の会瀬を、夢見る少女のように想うばかりであった。
これにて二章完となります。
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