119話:月光の残像、蒼武者と共に(蒼武者視点)
大樹の都の第二ルート。漆黒の残像が月光にきらめき、瞬く間に呉国の兵士たちを切り裂いていた。巧魔のゴーレム、蒼武者だ。その全身を覆う蒼い当世具足は、まるで夜の闇に溶け込むかのように軽やかで、額に飾られた長細い角が、獲物を狙う獣の眼光のように輝く。
蒼武者は、刀を構えることもなく、ただ一歩踏み出すだけで、敵兵の目の前から掻き消える。次の瞬間、呉国の兵士たちは、何が起こったのか理解できないまま、次々と地面に倒れ伏していく。その切っ先は、彼らの急所を正確に捉え、鮮血が夜空に舞い踊る。
「滅殺。全殺。皆殺シ」
蒼武者の声は、感情を排した無機質な響きだが、その言葉とは裏腹に、その動きは流麗で、まるで舞を踊っているかのようだ。呉国の兵士たちは、その超高速の斬撃に為す術もなく、一方的に数を減らしていく。まるで、コンピュータウイルスがシステム内のデータを破壊していくかのようだ。
だが、その蒼武者の猛攻を、ただ一人受け止める者がいた。
呉国の契約者、迅雷。
彼は、スピードを重視した軽装の剣士で、漆黒の装束に身を包んでいる。その手には、まるで雷光を宿したかのように輝く細身の刀が握られていた。彼の能力は、第3支・寅の契約者である迅雷自身の特魔だ。彼は契約する鬼、**雷虎**の力を借り、その速度と攻撃を極限まで増幅させているのだ。
「速いな……だが、この一撃は、俺の速度すら超える!刹那喰牙!」
迅雷はそう叫ぶと、蒼武者の残像目掛けて、雷光を纏った刀を振り抜いた。その一撃は、大地を切り裂き、空間すら歪ませるかのような不気味な波動を伴い、蒼武者へと迫る。
蒼武者は、その脅威を瞬時に察知し、回避行動を取ろうとする。だが、迅雷の一撃は、あまりにも速すぎた。**キンッ!**と、鋼の軋むような高音が響いたかと思うと、蒼武者の左腕を覆う蒼い装甲が、まるで紙のように呆気なく断ち切られた。
「ぐっ……!」
蒼武者の声が、初めて苦悶に満ちた響きを帯びた。左腕の付け根から、魔力の輝きが激しく散乱し、装甲の破片が飛び散る。左腕を失った蒼武者の体が、体勢を崩し、宙を舞った。
「これで終わりか?貴様のような強者でも、俺の『刹那喰牙』は空間ごと切り裂く。誰人も逃れることは出来ぬ!」
迅雷は、荒い息を整えながら、冷酷な笑みを浮かべた。彼の額には、汗が滲んでいる。蒼武者の左腕を断ち切る一撃は、彼にとってもかなりの消耗だったのだろう。
片腕を失い、宙を舞う蒼武者。その蒼い瞳の光が、急速に揺らめき、弱まっていく。破壊される寸前、彼のシステムに致命的なエラーが検知された。
敗北――許されない。
また、負けるわけには――
ドクン。
蒼武者のコア(核)の中に、今までにない、激しい感情が沸き上がった。それは、プログラムされた感情ではない、本能のような震え。
また? この記憶は? エラー。を検知。
負ける? 誰に? これは いや、こいつは――
刹那、蒼武者の蒼い瞳が、夜空の月光を吸い込んだかのように、爛々(らんらん)と輝き出した。その光は、彼の全身を覆う装甲のひび割れから、まるで血潮のように噴き出す魔力光と混じり合う。
「宮本武蔵! 負けぬ! 貴様にはもう! そうだ、我は――われの名前は――」
蒼武者の口調が、無機質な機械音声から、どこか古風で威厳のある響きへと変わる。彼の失われた左腕の付け根から、青白い魔力の奔流が噴き出し、まるで幻のように、漆黒の刀が形成されていく。
「佐々木小次郎!」
ドクン!!!
大地が、呼応するように震えた。蒼武者は、片腕を失った体を空中で完璧に立て直し、新たに生み出された漆黒の刀を、まるで体の一部であるかのように構えた。その佇まいは、先ほどまでの「ゴーレム」のそれを超え、まさに「剣の達人」の風格を纏っていた。
第二ルートの戦場は、呉国の契約者、迅雷の特魔『刹那喰牙』と、覚醒した蒼武者による、次元を超えた「システムの攻防戦」と化していた。