118話:豪炎、赤武者と共に(千春視点)
大樹の都に響き渡る『森の意志』の咆哮は、あたしの胸を高鳴らせた。森全体が生き物のように脈打ち、根や枝が呉国の兵士たちを阻んでいる。だけど、あたしの役目はここじゃない。巧魔氏のゴーレムと共に、呉国の契約者を食い止めるんだ!
「赤武者! あたしに続いてくださいです!」
あたしが指示を出すと、巨大な赤武者が「おっけー! 任されたり☆」と、軽快な声で返事をした。この声、ノリが軽すぎませんか? いくら巧魔氏のゴーレムでも、真面目なあたしとは相容れない気がする。
第一ルートの戦場は、都の樹上に広がる、木製の大通りだった。既に呉国の兵士たちが侵入しており、燕の兵士たちと激しい交戦を繰り広げている。彼らの先頭には、ひときわ大きな魔力反応が二つ。戮と巴蛇だ。
戮の隣にいた呉国の兵士が、あたしと赤武者を見て叫んだ。
「戮の旦那! 奴ら、あのゴーレムと魔道士ですぜ!」
「うふふふ。焦りは禁物で御座いますよ。しかし、これはまた、面白いものが現れましたね」
戮は余裕の笑みを浮かべ、巴蛇は相変わらず不機嫌そうな顔をしている。あたしは彼らの魔力反応を感知し、詩詠唱の準備に入る。
「赤武者! まずは牽制です! あたしの詩詠唱と連携して、奴らの動きを止めてくださいです!」
「りょーかい! ド派手にいっちゃおーぜ! 赤武者ボンバー!」
あたしが叫ぶと同時に、赤武者が巨大な刀を振り上げ、地面に叩きつけた。すると、地面に沿って真っ赤な炎の波が広がり、呉国の兵士たちを飲み込んでいく。
「グギャアアア!」
「なんだこれはっ!!?」
炎の波は、戮と巴蛇の足元にまで迫るが、二人は寸前で後方へ跳躍し、炎から逃れた。流石、契約者。一般兵とは動きが違う。
「――私は魔法を行使する。
私がどれだけ想っても
貴方はいつも何処吹く風
私の想いはいつしか
あなたの風に散らされた
そうだ、貴方にも教えてあげましょう
孤独に震える夜の苦しみを
嫉妬で妬けつく|業≪ごう≫の苦しみを
八度裏切った貴方に贈る八つのプレゼント
伝わるかしら? この想い
――|妬≪や≫き尽くせ
|八つの業火≪オクト・ファイヤーボール≫!」
あたしの親指以外の指に計8つの炎の玉が浮かぶ。炎の玉はみるみる大きくなり、直径3センチ程になったところで、弾かれたように呉国の兵士たちに向かってそれぞれ飛んでゆく。自動追尾機能があるようで、それぞれがカーブを描きながら確実にヒットし、爆発音が8つ起きる。
「ヒャッハー! 燃えろ燃えろー!」
赤武者が、あたしの炎魔法に合わせて、巨大な刀を振り回し、残った兵士たちをなぎ倒していく。その動きは、豪快そのもの。戮と巴蛇は、炎と赤武者の挟撃に、一瞬動きを止めた。
「ふむ。あの魔道士の魔法、なかなか威力がありますネ」
「厄介。殲滅すべき」
巴蛇が低い声で呟いた。彼女の瞳には、あたしと赤武者の動きを冷静に分析する光が宿っている。呉国王である楼の役に立つため、常に効率と結果を重視する彼女らしい視線だ。しかし、どこか、横で愉悦に浸る戮に対し、いつものように「厄介者」を見るような呆れた感情も見て取れた。
赤武者の動きは衰えていない。巧魔氏のゴーレムは、本当にどれほどの魔力を持っているのだろう。あたしの詩詠唱も、これだけ連続で使えば、魔力枯渇が心配になってくる。しかし、今ここで止まるわけにはいかない。
戮が前に一歩踏み出した。彼の姿が、一瞬にして揺らめく。
「うふふふ。それでは、こちらも本気を出しましょうか……と、言いたいところで御座いますが。ワタクシの相手は、いずれ巧魔クン自身で御座います。このような序盤で、ワタクシが本気を出すなど、興ざめというもの」
戮はそう言うと、巴蛇を振り返った。彼の視線は、まるで巧魔氏の魔法の術式を解読するかのように、あたしと赤武者の動きをじっと見ている。
「巴蛇。こちらの魔道士とゴーレムは、そちらに任せます。その力、ワタクシに存分に見せて下され」
「サボるな。鬼、基本助力のみ」
巴蛇がそう口にすると、戮は張り付いたような笑みの口角をよりいっそう吊り上げる。その狂気が滲み出るような笑みは、千春の目にも、理解不能な異質さを感じさせた。
「ふふふ。確かに、通常の鬼であればサポート役のみで先頭の役には立たない。ですが、アナタは違いますよね?」
「だからなんだ。サボる理由にあらず」
「おや、勝てないということですかな? でしたら仕方ありませんネ」
戮の言葉に、巴蛇は無言で彼を睨みつける。その瞳には、侮辱された怒りと、それから、どこか諦めのような感情が入り混じっていた。
「ふん。そこで見ていろ」
巴蛇はそう言い放つと、あたしと赤武者の方へ向き直った。その冷たい瞳に、明確な殺意が宿る。これは、長期戦になりそうだ。あたしは、再び詩詠唱の準備に入った。赤武者と共に、この第一ルートを死守するんだ!