110話:守護者たちの咆哮
国王フェイサルからの指示を受け、俺たちは執務室を飛び出した。エマニエルさんは兵士たちへの指示のため、千春さんは俺の補佐のため、それぞれが素早く行動を開始する。執務室の外に出ると、森の奥から響く『森の意志』の唸り声は、さらに大きく、激しくなっていた。その声は、森の木々だけでなく、大樹の都全体を震わせているかのようだ。
「巧魔氏!どのゴーレムを出しますか?!あたしの詩詠唱と連携できるものがいいです!」
千春さんが、高揚した声で尋ねてきた。彼女の魔法への情熱は、この緊迫した状況でも揺らがない。
「(コン先生、呉国の契約者たちの位置情報と、彼らが向かっている方向の予測を。最も効率よく足止めできるゴーレムの選定を急いでくれ)」
≪了解。呉国の契約者集団は、現在三つのルートに分散して移動中。第一ルートには戮と巴蛇に加え、未知の強反応。第二ルートには別の未知の強反応。第三ルートには比較的弱めの魔力反応。全ルートとも、大樹の都の中心部を目指しています。迎撃推奨ゴーレムをリストアップします。ただし、各ルートの特性に合わせたチューニングが必要です≫
コン先生の分析は常に的確だ。三つのルートか。分散して攻撃してくるのは、都の防衛システムを攪乱する狙いだろう。まるで、同時多発的なサイバー攻撃のようだ。
「よし、千春さん!第一ルートと第二ルートには、赤武者と蒼武者をそれぞれ向かわせます!第三ルートには、僕が直接向かいます。千春さんは、まず第一ルートの赤武者と連携し、広範囲攻撃で敵の足止めをお願いします!」
「了解です!赤武者とあたしの炎で、やつらを焼き尽くしてやりますです!」
千春さんが力強く頷いた。彼女の詩詠唱は強力な範囲攻撃だ。赤武者のパワーと組み合わせれば、敵に大きな打撃を与えられるだろう。
「(コン先生、赤武者と蒼武者に指示を。最優先で呉国の契約者たちの足止めを。同時に、周囲の森への被害を最小限に抑えるよう、非致死性の攻撃も考慮しろ)」
≪了解。命令をコンパイル。赤武者、蒼武者、それぞれ第一ルート、第二ルートへ転送開始。目標:呉国契約者、足止め。優先順位:最上位。副次目標:環境破壊の抑制≫
俺の魔力が膨大に消費され、瞬く間に赤武者と蒼武者が大樹の都の樹上へと転送されていく。彼らなら、どんな敵が来ても、しばらくは時間を稼いでくれるはずだ。
「よし、鈴音!僕と一緒に第三ルートへ向かいます!鈴音は、周囲の警戒をお願いします!」
「ふむ、ようやくワシの出番か。しかし、第三ルートが一番弱いとはいえ、油断は禁物じゃぞ」
鈴音が俺の肩にひょいと飛び乗り、猫の姿に戻った。俺はサポート・ゴーレムを起動し、第三ルートへ向けて樹上を駆け出した。
樹上を高速で移動する間にも、『森の意志』の唸り声はさらに大きくなっていた。その声は、悲しみから怒り、そして絶望へと変わっていくかのようだ。
「(コン先生、『森の意志』の状態は?魔力暴走の進行状況は?)」
≪解析中。『森の意志』の魔力活性化、臨界点に接近。このままでは、広範囲の魔力逆流が発生し、燕の国全域に甚大な被害が出る可能性。原因は、依然として未知の過剰な魔力供給、およびそれに伴う『システムエラー』の蓄積と推測されます≫
『システムエラー』の蓄積……。乙葉の魔力暴走が原因である以上、俺の責任は重い。
樹上を駆け抜ける俺の視界の先に、第三ルートの敵が見えてきた。彼らは、人間らしき兵士たちと、数体の魔物だ。その中に、一際大きな魔力反応が一つ。干支の契約者だろう。
「(コン先生、あの契約者について、他に何か情報は?)」
≪解析中。魔力パターンより、第12支・亥の契約者である可能性。詳細な能力は不明。ただし、強大な魔力を検知。注意が必要です≫
その時、俺たちの背後から、エルフの兵士たちの怒号と、金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。どうやら、呉国の兵士たちが都に侵入を開始したようだ。
「くそっ、間に合わなかったか!」
俺が舌打ちをした瞬間、森の奥から、再び唸り声が響いた。だが、それは、これまでの『森の意志』の唸り声とは異なっていた。悲しみや怒りではない。まるで、何かが目覚めたかのような、咆哮。
ゴオォォォォォォォン!!
その声は、俺たちの心を震わせるほど力強く、そして、森の木々が呼応するように、一斉に光を放ち始めた。