109話:戦場のシステム分析
執務室に響き渡る国王フェイサルの怒号。彼の顔は、普段の穏やかさとはかけ離れ、燕の国を守る王としての強い意志に満ちていた。エマニエルさんも、表情は硬いものの、即座に行動に移ろうとしている。しかし、俺の頭の中では、コン先生の報告が警鐘のように鳴り響いていた。
(コン先生、呉国の契約者たちの詳細な魔力パターンは掴めているか?乙葉の魔力暴走が『森の意志』を刺激した原因も特定できるか?)
≪解析中。呉国の契約者らしき魔力反応を複数検知しました。その中には、既知の戮と巴蛇のパターンに加え、二つの未知の強力な魔力パターンを認識。乙葉の魔力暴走が『森の意志』を刺激した原因については、推測の域を出ませんが、森の意志が乙葉の膨大な魔力を『異物』として認識し、吸収しようとした際に、その過剰な魔力と乙葉の無意識の感情が混じり合い、森を活性化させると同時に、制御不能な負荷を与えたようです。≫
コン先生の報告に、俺は思わず息をのんだ。戮と巴蛇に加え、二つの未知の強力な魔力反応。そして、乙葉の魔力暴走が原因で『森の意志』が怒りを露わにしたと。これはまさに、予期せぬ「システム障害」と、それに乗じた「サイバー攻撃」の複合的な事態だ。
「国王陛下!森の奥から、複数の強力な魔力反応が接近しています!その中には、呉国の契約者と思われるものも含まれています!」
俺の報告に、国王フェイサルの表情がさらに険しくなった。
「なに!?呉国が……まさか、この機に乗じて侵攻してきたと!?」
「これは、呉国の周到な計画なのかもしれません。森の意志の怒りを誘発させ、燕の国を内部から混乱させようと……」
エマニエルさんが、冷静な口調で分析した。その言葉に、国王フェイサルは深く頷いた。
「許せん……!中立の我が国を、このような卑劣な手で……!呉国め、ただでは済まさんぞ!」
国王フェイサルの怒りの声が、執務室に響き渡った。この平和な燕の国にも、ついに戦火の兆候が迫ってきたのだ。そして、その原因の一つに、乙葉の暴走が関わっているとすれば……俺は、その責任を強く感じずにはいられなかった。
「国王陛下!僕に、森の意志を鎮める手立てを考えさせてください!そして、呉国の契約者たちを止めるために、僕のゴーレム部隊を投入させてください!」
俺がそう進言すると、国王フェイサルは驚いたように俺を見た。
「少年よ、そなたの気持ちはありがたい。しかし、これは一国の問題だ。そなたのような若き契約者に任せるわけにはいかん」
「ですが、僕のゴーレムは、呉国の契約者たちに対抗できるだけの力を持っています!それに、僕の能力は、この森の意志の暴走を止める鍵になるかもしれません!」
俺は、鷹型ゴーレムを乙葉の捜索に派遣した際の、あの奇跡のような感覚を思い出していた。この『森の意志』にも、同様の作用があるかもしれない。あるいは、森の魔力を「最適化」するようなプログラムを組めれば……。
「うむ。主の言う通り、ワシらの力が必要になるじゃろう。この場にいる他の者では、どうすることもできまい」
鈴音も俺の肩に手を置き、国王に訴えかけた。彼女は、森の意志の真の恐ろしさを知っているのだろう。
国王フェイサルは、深く考え込んだ。彼の視線が、俺と鈴音の間を行き来する。そして、意を決したように、大きく頷いた。
「よかろう。東の国の使者、巧魔殿。そなたの力を、この燕の国のために貸してくれ!エマニエル!巧魔殿の指揮の下、全軍を動かせ!そして千春!そなたは巧魔殿の補佐につけ!」
「はっ!承知いたしました!」
エマニエルさんが力強く応じ、すぐに部屋を飛び出していった。千春さんも、驚きながらも、すぐに俺の隣に立った。
「巧魔氏、あたしに何ができるでしょうか!?」
「千春さんは、僕のゴーレム部隊と共に、呉国の契約者たちの足止めをお願いします!敵の能力はまだ未知数ですが、注意深く行動してください!特に、隠密行動や遠距離攻撃を得意とする敵がいるかもしれません。それから、複数の強力な魔力反応がありますから、連携して戦うことを意識してください!」
「はいです!お任せください!あたしの詩詠唱で、必ずやつらを食い止めてみせます!」
千春さんの顔には、恐れよりも、魔法への探求心と、戦いへの高揚感が浮かんでいるようだった。俺は、国王フェイサルに深々と頭を下げた。
「国王陛下、必ず、この森の意志を鎮めてみせます。そして、呉国の契約者たちを、この燕の国から追い払ってみせます!」
俺の言葉に、国王フェイサルは静かに頷いた。彼の瞳には、再び希望の光が宿っていた。
よし。ここからは、プログラマとしての腕の見せ所だ。燕の国の「システム」を正常な状態に「復旧」させるため、そして、乙葉の行方を追うため、俺は戦場へと駆け出した。