104話:猿舞の真意
大樹の枝の上で、俺は猿舞と千春さんを見下ろしていた。猿舞はまだ呆然とした表情で俺を見上げている。その口元が、何かを呟くように小さく動いた。
「ま、まさか……あのような跳躍……」
千春さんも興奮冷めやらぬといった様子で、俺に手を振っている。
「すごい!巧魔氏!あんな高さまで、一気に跳び上がるなんて!あたしにも教えてくださいです!」
千春さんの声は、遥か下からでもはっきりと聞こえた。俺は枝の上から手を振り、無事であることを伝えた。すると、猿舞がようやく我に返ったように、大きく息を吐いた。
「いやはや、驚いたぞ少年。まさか、そこまでの身体能力を秘めているとはな」
猿舞の声は、先ほどまでの警戒心を含んだものとは異なり、純粋な感嘆の響きを帯びていた。俺は枝から飛び降り、軽やかに着地した。サポート・ゴーレムを解除すると、身体を覆っていた黒い金属が砂となって地面に吸い込まれていく。
「拙者が見込んだ通り、いや、それ以上であった。改めて、猿舞と申す。第9支、申の契約者だ。そして、こやつが拙者の相棒、**真猿**じゃ」
猿舞はそう言うと、背後に控えていた木の陰から、小さな影を促した。現れたのは、彼の背丈ほどもある、全身に黒い毛が生え、顔は猿のように見える鬼。その瞳は、猿舞と同じく、鋭い光を宿していた。俺は差し出された猿舞の手を取り、握手をした。その鬼は、じっと俺を見つめている。
「東の国から参りました、巧魔と申します。改めて、よろしくお願いします、猿舞殿、そして真猿殿」
「ふむ。巧魔殿の力はよく理解できた。国王陛下も、きっと驚かれるだろう」
猿舞はそう言うと、にやりと笑った。その笑顔は、まるで悪戯を企む猿のようだ。真猿も、それに呼応するように、僅かに口元を歪ませた。
「猿舞殿は、なぜ私にこのような試練を?」
俺が尋ねると、猿舞は少し目を伏せた。
「燕の国は、長きにわたり中立を保ってきた。それは、争いを嫌う精霊たちの意向もあるが、何よりも、この国が持つ力の均衡を守るためだ。東の国と呉国、どちらか一方に肩入れすれば、この均衡は崩れ、いずれこの国にも戦火が及ぶ」
猿舞の言葉に、俺は納得した。燕の国は、ただ平和を享受しているだけでなく、その平和を維持するために、独自の「システム」を構築しているのだ。
「しかし、国王フェイサル殿は、東の国との同盟に前向きな姿勢を見せていました」
俺の言葉に、猿舞は深く頷いた。
「うむ。それは、正義殿からの情報に加え、そなたの持つ力……『第十三支の猫』の契約者としての能力に、国王陛下が可能性を見出されたからだ。だが、可能性だけでは、国を動かすには足りん。真に同盟に値する力を持つか、拙者が見極める必要があったのだ」
なるほど。俺への試練は、同盟交渉における「ストレステスト」のようなものだったわけか。プログラマとしては、そういう「品質保証」のプロセスは嫌いではない。
「猿舞殿は、私を信用してくださる、と?」
「うむ。そなたの力は、この燕の国にとっても、いや、この世界にとっても、大きな変革をもたらすだろう。そして、その変革が、決して悪しき方向へ進まぬよう……拙者も、見届けさせてもらおう。真猿も、お主の魂に興味津々じゃ」
猿舞はそう言うと、俺の肩をポンと叩いた。真猿も、俺の隣に一歩近づき、じっと俺を見つめている。その言葉には、ただの評価だけではない、何か深い意味が込められているように感じられた。
「巧魔氏!猿舞殿の能力もすごいんですよ!あたしも昔、一度だけ見たことがあるんです!猿舞殿が、あたしの魔法を完璧に模倣してみせたことがあったんです!あの時、猿舞殿の鬼も、あたしの魔法を真似て、炎を出してたんです!」
千春さんが興奮気味に言った。それが事実なのであれば、俺の「創造魔法」の「クラス登録」や「プログラム改変」にも通じるものがある。
「それは興味深いですね。猿舞殿、もし差し支えなければ、その能力を今一度、僕に見せていただけませんか?千春さんの魔法を模倣できるというのなら、千春さんの炎魔法を……」
俺がそう提案すると、猿舞は少し驚いたような顔をした後、にやりと笑った。
「よかろう。拙者の能力、とくと見るがいい!真猿!」
「グルル……」
真猿が低い唸り声を上げると、猿舞の体が僅かに発光した。そして、猿舞が千春さんのように掌を前に突き出すと、その掌に、小さな炎の玉が生成された。それは、千春さんが得意とする炎魔法と、寸分違わぬものだった。
「どうだ、少年。これが拙者の**申模倣**の力よ!」
猿舞がそう叫ぶと、掌の炎の玉を千春さんのいた方向へ向けて放った。千春さんは驚きつつも、それを自身の炎魔法で相殺した。
「すごい!本当にあたしの魔法と同じです!」
千春さんが興奮のあまり、両手を叩いた。俺は、その現象を目の当たりにし、脳内でコン先生に指示を出した。
「(コン先生、申模倣と真猿の魔力パターンを『観測』完了。彼らの能力が、どのような『現象』を引き起こすのか、分析開始!)」
≪了解。猿舞の魔力パターンから、他者の能力に近似した魔力現象を再現する挙動が観測されました。また、猿舞が契約する鬼、**真猿**の魔力パターンは、その再現された現象の『具現化』に関与すると観測。しかし、詳細な再現原理や、模倣可能な範囲、継続的な効果については、さらなる観測、あるいは直接的な接触によるデータ取得が必要です≫
俺は、猿舞と真猿の能力に、新たな「機能拡張」の可能性を見出していた。彼らの模倣能力の『傾向』を掴むことができれば、俺のゴーレムたちも、より多様なスキルを習得できるようになるかもしれない。この燕の国で、俺の「プログラミング」は、さらに次の段階へと進化を遂げるだろう。