100 大樹の都にて
魔導列車は大樹の都の中心へとゆっくりと進んでいく。巨大な樹の幹には、無数の住居がまるで木の葉のように張り付いており、その間を木製の橋や空中回廊が複雑に張り巡らされている。まるで、巨大な立体迷路のようだ。俺の知るどのプログラミング言語でも、この複雑な構造を再現するのは一筋縄ではいかないだろう。
「凄いですね……これが、燕の国の首都」
千春さんが感動したように息をのんだ。その表情は、まさに「魔術ジャンキー」と呼ぶにふさわしい、純粋な好奇心に満ちている。
「燕の国は、自然と技術が高度に融合しています。樹木を成長させ、住居や通路を形成する『樹木魔術』は、彼らの最も得意とする分野の一つです」
エマニエルさんが誇らしげに説明してくれた。樹木魔術か。巧魔の「創造魔法」も土を操るが、ここまで有機的なものを生み出すのは難しい。新たな「API」の可能性を感じる。
列車が停車すると、俺たちは大樹の都の駅に降り立った。駅もまた、巨大な樹の枝をくり抜いて作られているようだ。温かい木の香りが、駅全体に満ちている。
「エマニエル様、ようこそ大樹の都へ。国王陛下がお待ちです」
駅員らしきエルフの青年が、エマニエルさんに深々と頭を下げた。エマニエルさんのことを「様」付けで呼んでいるあたり、彼女が燕の国でも相当な地位にあることが窺える。
「ご苦労様。こちらが東の国からの使者、巧魔くんと鈴音様、そして私の弟子、千春です」
エマニエルさんが俺たちを紹介すると、青年は再び深々と頭を下げた。
「巧魔様、鈴音様、千春様。皆様のお越しを心よりお待ちしておりました」
丁寧な態度に、俺は少し戸惑った。まさか、一国の国王の「使い」というだけで、ここまで丁重に扱われるとは。正義が言っていた「歩く国家戦力」という言葉の意味を、改めて実感する。
「さて、皆さま。国王陛下がお待ちですので、早速参りましょう」
エマニエルさんの案内で、俺たちは駅を出て、都の奥へと進んでいく。木の根が絡み合った道を歩き、枝と枝を繋ぐ橋を渡っていく。都の至るところで、エルフやドワーフ、そして人間らしき住民が、それぞれの生活を営んでいる。彼らの表情は皆穏やかで、争いとは無縁の平和な雰囲気が漂っている。
「燕の国は、中立を保っていますから、争いとは縁が薄いんです。それが、この都の平和な空気を作り出しているのでしょう」
エマニエルさんの言葉に、俺は納得した。東の国では、いつ呉国との戦争が始まるかと、常に緊張感が漂っていた。それに比べると、ここはまるで別世界のようだ。
「ふむ、これほど平和な場所は珍しいな。ワシが知る限り、大和が国を治めていた頃以来じゃ」
鈴音がどこか懐かしそうに呟いた。初代東王・大和も、この都のような平和な世界を目指していたのだろうか。
やがて、俺たちは都の中心にある、最も太い樹の根元にたどり着いた。そこには、樹の幹そのものが巨大な城壁となり、その中に宮殿のような建物が築かれている。
「ここが、国王陛下の謁見の間です。くれぐれも失礼のないように」
エマニエルさんの言葉に、俺は深呼吸をした。いよいよ、同盟交渉の始まりだ。この世界の命運をかけた「システム統合」の第一歩。プログラマとしての腕の見せ所だ。
重厚な木の扉がゆっくりと開かれ、その奥から、温かい光が差し込んできた。