98 加速する文明
魔導列車は東の広大な草原を猛然と駆け抜けていく。車窓からは、時折小さな村や、遠くに見える山々が流れるように過ぎ去っていった。そのどれもが、巧魔がかつて住んでいた森谷村とは比べ物にならないほど大規模で、改めてこの世界の広さを感じさせた。
「巧魔氏!さっきから気になってたんですけど、この列車、なんでこんなに速いんですか?魔力を使ってるのは分かりますけど、こんな速度、常識では考えられません!」
千春さんが身を乗り出し、興奮気味に質問してきた。
「ふふふ。それはですね、秘密兵器を搭載しているからですよ」
俺はニヤリと笑い、車内の天井を指差した。千春さんが顔を上げて見上げるが、そこには何の変哲もない天井が広がっているだけだ。
「秘密兵器って、何もないじゃないですか?」
「見えないのがミソなんです。コン先生、解説お願いします」
≪了解。本列車には、マスターが改編した風魔法『プッシュ・ウィンドウ』を応用した、『風壁展開システム』が搭載されています。これにより、列車にかかる空気抵抗を極限までゼロに近づけています。さらに、車輪型ゴーレムの各車輪には、それぞれ独立した駆動システムが組み込まれており、個別の魔力供給と制御によって、驚異的な加速性能と安定した走行を実現しています。これにより、時速300kmでの走行が可能となっています≫
「時速300km?!ば、馬鹿な!そんな速度、人が耐えられるわけ……あれ?」
千春さんが困惑した表情で自身の体を確認する。確かに、これだけの速度が出ているにも関わらず、車内にはほとんど振動がなく、乗客にG(重力加速度)を感じさせない。
「その『風壁展開システム』のおかげで、走行時の振動や衝撃も吸収されているんですよ。だから、こんなに快適な乗り心地なんです」
「な、なんてことでしょう……!空気抵抗をゼロに、そして各車輪が独立駆動だと……!これほどの発想、あたしには逆立ちしても思いつきません!巧魔氏、天才ですか!」
「まあ、元いた世界では、これくらいの技術は普通でしたからね。むしろ、この世界の方が、技術の発展が遅れているんじゃないかと思ってしまいますよ」
俺が謙遜混じりにそう言うと、千春さんは「ぐぬぬ……」と唸りながら、何かを必死に書き留め始めた。魔術ジャンキーの彼女の頭の中では、きっとこの技術を魔法に応用できないかと、ものすごい勢いで思考が巡っているのだろう。
「ふむ。主の発想は面白いが、そんなに馬鹿げた技術を量産して大丈夫なのか?この国が滅びてしまうぞ」
鈴音がどこか呆れたように呟いた。彼女からすれば、この魔導列車もまた、巧魔が作り出した規格外の「バグ」の一つに見えているのかもしれない。
「大丈夫ですよ、鈴音。むしろ、これからはこの魔導列車が、東の国の発展を支える基幹システムになりますからね。この国の経済成長に大きく貢献するはずです」
俺は自信満々に言い切った。魔導列車は単なる移動手段ではない。物流を活性化させ、文化交流を促進し、ひいてはこの世界の社会システムそのものを変革する可能性を秘めているのだ。まるで、プログラミングによって、新しいOSをインストールするようなものだ。
「そうですね。巧魔くんの発想力と技術力には、私も驚かされっぱなしです。この列車があれば、龍都と燕の国の距離も格段に縮まります。同盟交渉においても、強力な材料となるでしょう」
エマニエルさんが優雅に微笑んだ。彼女は巧魔の真の目的を理解している数少ない人物の一人だ。
俺は車窓の外に目を向けた。加速する列車のように、この世界の文明も、これから猛烈なスピードで発展していくことになるだろう。その中心にいるのが、プログラマであるこの俺だ。
(メガスローライフとは程遠いけど……まあ、これも悪くないかな)
自嘲気味に笑いながらも、俺の胸には、新たな世界を「プログラミング」していくことへの、密かな高揚感が芽生えていた。