愛された、或いは呪われた少年
今から6年前、伯爵家であるパーラ家に1人の男児が誕生した。その名をヨシュア・フォン・ガルシア=パーラと言う。両親はその子の誕生を喜び、更に暫くしてその髪の毛の色を喜んだ。その子の髪が白かったからだ。両親の髪の色はどちらも白ではない。しかし父が妻の不義を疑わなかったのは古来からの言い伝えに白き髪の子に神は祝福を与えるとあったからだ。両親はその子の生涯に、果てはこの子が継ぐ領地に幸運が訪れることを喜んだ。
ガルシアは両親の期待通り、いや、期待以上に成長した。
1歳かそこらの言葉も発さない内から親の言う意図を理解し、2歳後半で既に語彙を除けば大人と同程度
まで話せる様になり、同時に初級魔法を行使。3歳から文字が読める様になり、誰に習わぬうちに四則演算もこなした。それから父の書庫にこもる様になった。息子の才能を伸ばすべく、書庫から出て来たガルシアに両親は家庭教師を雇ったが、その時点で既に教師の教えられる域に無かった。教師が赴任する度に不備を嘲笑い、魔法で吹き飛ばした。
4年。それがガルシアという人物が完成するまでに掛かった年数。たったそれだけで、他者を見下し、不愉快な者を徹底的に蹴落とす、類稀なる悪党が誕生したのだ。
ガタン、ガタン。
馬車の車輪が石に蹴躓く度に車体が小さく跳ね上がり、その体を揺らしている。ベアートゥスは自らの主がその揺れに全くと言っても良い程拘泥せず車窓から外を眺め、辺りにたゆたう草の薫りを楽しんで居るのを見ていた。この様にしていると大人しいだけの普通の子供に見えるとベアートゥスは思った。とても神に全てを許された神童とは思えないと。
「漸く解放されたな。やはり人ばかりゴミゴミとした学院よりこういった自然の方がよっぽど良い。そう思わないか?ベアート」
ガルシアはふと窓枠から腕を外すと振り向き、唐突にベアートゥスに尋ねた。ベアートゥスは一片の絵画の様だった光景が急に動き出したことに少し驚いたが、直ぐ様執事として正解と思われる返答をする。
「坊ちゃまの仰る通りかと」
ガルシアは満足した様に頷いてそれから何も言わない。ベアートゥスは返答を間違えなかったことに安堵しながら、目の前の少年に対する恐怖を再確認した。未知の物に対する恐怖。それはどれだけベアートゥスがガルシアと一緒に過ごそうが消えはしない。まるで大人と喋って居るかの様だ。ベアートゥスはそんなことを思いながら会話が出来たことをチャンスと捉え、気になっていたことを聞くことにした。
「此度、本当に旦那様に相談せずに学院を辞められて宜しかったのですか?」
ベアートゥスの言葉を聞いたガルシアはその天使の様な顏に冷酷な表情を浮かべ鼻で笑った。
「あんな所は僕にとって害悪にしかならないさ。バカを相手するのもバカの振りをするのももう沢山だ。彼処は牢獄だな。まぁ、家に無い本が沢山有ったお陰で2週間は我慢が効いたがそれが限界という物だよ。父さんについては帰ってから説明するさ。どうせもう直ぐ子供の学院がどうだとか四の五の言っていられる状況じゃなくなる」
甘いマスクから放たれる辛辣な言葉の数々がベアートゥスを震撼させる。本当にガルシアが6才とは信じられない。だが、この姿はベアートゥスや他の限られた人物のみに見せるガルシアという少年の仮面の下の真実だ。その完全なる悪の本性にベアートゥスはどうにも魅入ってしまう。ガルシアはその異常性故に人を惹き付けるのだ。
「大体何が貴族学院だ。外聞を良くするために名称がそうなっているだけで本質は人質一時管理場所から一切変わっていない。何より最悪なのが誰もがその外聞を信じていることだ。“王国側までも”だ。本当に理解不能だ。虫酸が走る。無能な文官共の頭を開いて見てみたくすらなったぞ。きっと空気しか詰められていないに違いない。まぁ、そちらの方がやり易くはあるから文句は無いんだが……。まさか退学届けが受理されるとはな。広義の意味で国家反逆罪だというのに」
腐った顔で期待して損した、というガルシア。それをベアートゥスはある程度当然だろうと思った。ガルシアが優れ過ぎている為に他に並び立つ者が居ない。ガルシアは常に孤独だ。ベアートゥスは良く知っている。ガルシアと同じ目線で語り合える者は居ないだろう。彼の苦しみを理解できる者は居ないだろう。彼は幾ら優秀な頭脳を持って居るとは言え、ただのか弱い6才の少年なのだ。その心は酷く堅固で酷く脆い。
「仰る通りかと。それと私は何時までも貴方の後ろを付いて行きますので私の意見は気にせずお進み下さい」
故にベアートゥスは彼に付き従うことに決めた。孤独な少年の後ろに控えれば、少年の哀しみは幾分癒えるだろうと。悪に魅せられた自分自身に言い訳をしながら。
「奇異な奴だ。ベアート。僕の人使いは荒いぞ」
「とうに存じております」
ベアートゥスが言った瞬間、頭を下げながらもガルシアが顔を顰めたのがベアートゥスには分かった。主人の想定を越えたことに彼は密かにニヤリと笑ったのであった……。