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私と彼の大冒険  作者: 一弧
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本音と建て前

 まず予備の服と紐で剣を刀身を包むと背中に背負ういその上からマントを身に着け外見からは剣の存在は認識しずらくした、特に意味はなかったが、黒い刀身でいかにも禍々しい剣を持ち歩く事は余計なトラブルの元になるとしか思えなかった、きちんと鞘でも作ってもらってから持ち歩くようにするのがいいと思われたので、それまでの臨時措置としてそのようにした。

 その上で魔神将アークデーモンの死体を担ぎ来た道を王都へと帰って行ったが、道中では明らかに道行く人が怯えるように避けて行った、明らかな嫌悪の表情を浮かべられると若干の居た堪れない気分になるが、あえて空気を無視するかのように先を急いだ。


 ギルドで教えられた門の脇の通用口のような小さな受付で要件を告げると受付の男は明らかに困惑の表情を浮かべた、確認のために魔神将アークデーモンの死体を見るが、やはり困惑の表情でしばらく待つように伝えると別の男に応援の要請をして他の掃除屋スイーパー達の受付を開始した。

 大物過ぎて現場の受付による判断が出来る領域を超えてしまっていたのだが、待たされるアンネローゼとしてはどうしていいのか分からず、明らかに禍々しい死体の脇に立っているだけで、どうしても注目を集めてしまった、しかもじっとしているとどうしても周りが気になりキョロキョロと落ち着きがなく見えそうだったので、そこは意を決して剣の鞘代わりに予備の服を巻き付けるのに使った紐の余りを取り出してあやとりを開始した。なにかに集中していれば表情から動揺や不安感を読み取られる可能性は低くなり、足元を見られるような事はなくなるはずという考えからであった。

 幼かったアンネローゼに対し時々貴族、支配者としての心得を半ば冗談交じりながら語っていた父の受け売りと応用ではあるが、彼女なりにそれを実践させた結果の行動であった。


 たしかに魔神将アークデーモンの死体から少し離れた木に寄り掛かり黙々とあやとりをする少女は不気味に映りできれば関わりたくないような雰囲気を醸し出していた、なんの実績もなければただの変人だが魔神将アークデーモン討伐の実績があれば、その目には極めて不気味な人物としか映らなくなっていた。

 それが功を奏したのかは分からないが、城の詰所から駆け付けた騎士もギルド職員の男もがんばって虚勢を張っているのが分かるような対応であった。待たされてオドオド、キョドキョドしていたらとても冷静には観察できなかったかもしれないが、別の事に集中する事によってかなり冷静に他人事のように眺めることができた気がした。




 朝というには少し遅い時間だったが昼と言うには早い時間だった、やはり討伐の小旅行から帰りゆったりとした場所で眠れたことと疲れが出た事もありかなり深く眠れた気がする、チェフは器用にもアンネローゼが起きるタイミングで起きるようにしていたのか彼女の起床に合わせるかのように起きてくる、二人とも一糸纏わぬ姿で同衾していたわけだが、まったく深い関係にはない、他人が見たら幼女を飼っている青年と映るかもしれないが、この二人の関係からして奇妙なものである、理論的に見るならばチェフにアンネローゼが寄生していると捉えるのが普通の解釈であり、その点を心苦しく感じているのも事実だが、チェフがその事をまったく苦にしていない上に、彼の価値観は普通の基準からはかなりずれているために、どうしても奇妙な関係と表現するしかない関係が出来上がってしまっていた。


 ノックの音がしたが、朝は起きてくるまで起こさなくていいと言っておいただけに違和感を感じた。


「申し訳ありません、城から出頭要請が出たようで、迎えの方が待っております」


 ドア越しに宿屋の主人らしき人物の声が聞こえてきた、衛士に連れられてやって来たときも最初は掃除屋スイーパーごとき、と言わんばかりの目で見ていたが、何やら囁かれると顔色を変え丁寧に案内してくれた。今もたぶん城からの遣いに気を遣い、宿泊しているアンネローゼとチェフにも気を遣い冷汗をかきながらの対応をする様子が目に浮かぶようであった。

 支度が整い次第同行する旨を伝え、準備をするが、実際には大した時間を必要とせずに準備は整い待っていた馬車に乗り城へ行く事になった『出頭要請』であり、命令ではないところに配慮は感じられた、戦力として組み込もうとしているのであろうと大凡おおよその検討はついたため、特に慌てるほどではなかったが、断る場合余所の国に行かれるくらいなら抹殺しようとするのではないだろうか?そんな不吉な事も考えてしまうため若干の落ち着かない気分にも駆られていた。


 城に到着すると豪奢な一室に通され、お茶を提供されるとしばらく待つように指示された。お茶に手を着け一口飲むかどうかのタイミングで呼び出した張本人らしき人物が現れた。

 男は年齢40代後半くらいであろうか、自らボーマンと名乗った、身なりからしてもそれなりの地位にいるように思われる若干肥満気味の体系をした男であったが、少なくとも笑顔を絶やす事無く歓迎の意向を示していた。

 魔神将アークデーモンを倒した手腕を散々褒め称えた後にしばらくのこの国に滞在する事を提案して来た、スカウトまではせず様子を見ようと言う意図も伝わってきたが、急いでどこかに移動する理由もないことから承諾すると、その会談はそれでお開きとなり、退出する運びとなった。


「どう見る?」


 二人が退出した後で入れ違いのように入って来た男にボーマンは尋ねた。


「少女の方は普通ですが、男の方は宮廷の筆頭魔導士に匹敵する魔力量を秘めています」


 魔法戦士だろうか?そんな考えが頭を過るが、そんな強力な魔法戦士の存在は聞いた事がなかった、伝説に謳われるような人物でも魔法戦士はほとんど聞いた事がなかった、常識的な認識としても技能的な戦い方で敵に回すと手強い相手となるが、一対一の戦闘では歴戦の戦士や魔導士に引けを取るというのが一般的な印象でもあった。


「とりあえず監視の目を切らせるな」


 ボーマンの背後に控えていた男に命じると、命じられた男は「はっ!」と一声残すと同時にゆっくりと退出して行った。

 戦力としては強力だがあまりにも胡散臭すぎる、敵にはしたくないが、味方としてどこまで信用が置けるのかが全くの未知数であり、怖くて使えない、それが本音であった。




 わりと用事も早く済んだため、その足でギルドを訊ねるとその空気は二人の存在を見て一変した、知らない者もいたが周りの者からヒソヒソと何かを囁かれると、噂の二人である事を認識し黙って二人の動向を窺うようにしていた。


「申し訳ありません、こちらから出向きお届けに上がるのが筋ですが、もう少しお待ち願えませんでしょうか?」


 二人の存在を確認したギルドの責任者が奥から飛び出すと、平身低頭支払いの猶予を求めてきたのだった。ギルドとしても踏み倒す気など全くなかったが、金貨1000枚など常備しておらず、委託であるため城に請求手続きを行うなど、どうしても昨日の今日で用意できるものではなかった。


「ええ、別に構わないわよ、昨日貰った分でしばらくは事足りそうだしね」


 彼女は気にもしていなかったので、鷹揚に頷くと告げた。実際に金銭の相場や価値については疎く何がどのくらいの値段で取引されるのが相場なのかもまったくと言っていいほど分かっていなかった、ただそんな事を言えばハイエナなような連中にむしり取られる事も想定できただけになるべく慎重に言葉を選ぶようにしていた。

 周りは好奇の視線を投げかけてくるが、チェフの存在もあり気安く話しかける事も憚られる雰囲気だった、中にはおこぼれに与るように接触を図る機会を探っていたが、同じ考えの者も多くお互いに牽制するかのようにして中々行動に移せないでいた。


「ああ、あなたちょっとよろしいかしら?」


 アンネローゼは一人の人物を見かけるとごく自然に話しかけた、話しかけられた人物は自分に何の用なのだろうかと、指で自分を指差し、間違いではないか?と言わんばかりのアピールを行っていた。


「ええ、あなたよ、私達この町は初めてなの、お時間ありましたら案内していただけませんか?もちろん謝礼は払わせていただきますよ」


 指名された人物は何故自分が指名されたのかまるで理解できなかった、町の案内だけで小銭がもらえるのであれば十分おいしい仕事と言えたが、胡散臭い臭いがしないでもなかった。


「いいけど、なんで自分なんですか?」


「ん?魔神将アークデーモン討伐するって言った時に、皆がせせら笑う中であなたは真摯に止めるように忠告してくれたわよね?信用できそうに感じたのよ」


 それだけの理由だった、しかし選考基準としてはそれ以外に判断材料もなく、しかも町の中の案内程度のことならたとえ危害を加えるつもりだったとしてもチェフがいればまず間違いなく返り討ちにできる自信もあった。

 結果的には指名された男は正直に町の案内を行い、その案内はお手頃で良心的な店の数々を紹介するなど非常にまっとうな案内に終始していた。

 実際の所、その案内が真っ当なものであったのかどうか、アンネローゼには理解できなかったが、少なくとも危害を加えるような雰囲気や何かをだまし取ろうとする雰囲気のない事は察する事ができ、世間を知らない彼女にとっては相場などを知るいい勉強になった。

 一通り見て回った後で、食事のできる所への案内を希望すると、その男は少し考え込むようにして質問を投げかけた。


「なぁ、あんた育ちがよさそうだけど、食事はどの程度の物を希望してるんだ?腐りかけの食材を安く提供するような店もあるけど、阿漕な商売ってわけじゃなく、それ相応な値段って事なんだよ」


 安い物には安いなりの訳があり、質の悪い物を高値で売っていれば阿漕な商売と言えたかもしれないが、質の悪い物を低料金で提供していれば、それは真っ当な商売と言えなくもないかもしれない。その点食事などは底辺の掃除屋スイーパーにとってまさに財布との相談になってしまう側面が強かった。


「そうね、今日は全部奢るからあなたの行ってみたいところでいいわよ」


 彼女なりの考えもあった、こう言えば、安い店ではなく少なくとも中堅以上の手堅い店に連れて行くであろうという、結局この考えはほどほどのところで当たったと言えた、元々この男はそこまで強欲な性格でもないため、そこまでの高級店で食事をたかる図々しさは持ち合わせていなかった。しかし小心ながら若干のおこぼれに与りたいという願望もやはり持ち合わせており、折衷案的にそれなりにいい店に連れて行って食事にありつく事に成功した。

 その店の食事はそれなりに、量、質ともに良好な事で有名な店だったが、零細的な稼ぎの彼には若干敷居が高い店でもあった、わりといい稼ぎにありつけた時にお祝い気分でいく店、そんな印象の店であったが、二人はわりと気に入ったようで、けっこうな量を注文していた、大半はチェフと言われた男が食べたのだったが。


「今日は案内ありがとう、これは御礼ね」


 アンネローゼはそう言うと一枚の金貨を差し出してきた。その金貨を見て側にいたウェイトレスはギョッとしてトレイを落としそうになっていた、市中の食事処で金貨が出回る事など皆無と言ってよく、話の全容が分からない人間にとっては、いったい何の取引が行われたのかと訝しく感じられるのも無理からぬ話であった。


「ちょっと待ってくれ!多すぎる!ここの食事代だけで十分なくらいだ、ちょっと町をウロチョロしただけなんだから」


 良心が咎めるというより、過分過ぎるが故にすんなりと受け入れられない気持ちが強く出た、金貨一枚など一年分の稼ぎにを上回るかもしれない稼ぎを半日足らずで労せず稼ぐのは絶対におかしいとの思いが強く出てしまっていた。


「相場が分からないのよ、多すぎるなら、なにかあった時に助けてくれたり教えてくれればいいわ」


 なんとなく感じていた事であったが、この発言でほぼ確信に近い物を得た気がした。


「なぁ、あんた育ちがいいとは思ったが貴族とかそういう階層の出身で庶民の暮らしや掃除屋スイーパーなんてほとんど縁のない世界で生きてきた人間なんじゃないのかい?」


「ええ、没落貴族で何をどうやって生きていったらいいのかまったく分からないのよ、幸いチェフがいるから何とかなってるけどね」


 過分な報酬を断る事などからこの男はそこまでの悪辣な人物ではないとの確証を得た故の軽口であった、しかも知ったかぶりをし続けていても一般常識や世間の相場に疎い事がバレるのは時間の問題であると感じたが故のカミングアウトでもあった。


「だと思ったよ、自分はしょぼい掃除屋スイーパーだけど、今後知りたいことがあったら言ってくれれば飯奢ってくれればそれで引き受けるよ、さすがに金貨はしまっとくれ、目の毒だ」


「いいわ、手付金だと思って受け取ってくれれば、大金稼いだのは知ってるでしょ?」


 かなりの葛藤があった、喉から手が出るほど欲しかったが、あまりにもうますぎる話であるとしか思えなかった、罠の可能性はないであろうが、やはりここまでの幸運は気味が悪く感じてしまうと言うのが本音であった。

 しかし、結局は欲が勝り金貨に手を伸ばす事となった。


「俺の名前はヤン、よろしくな、知らない事や間違う事もあるかもしれないが、騙したりしない事は誓うよ」


「ええ、よろしくね」


 この契約とも言えないような契約は結局のところ両者にとっていい結果を生んだ、ヤンにとっては定期的な収入源が出来たようなものであったし、アンネローゼ達にとっては圧倒的に足りない一般常識を吸収するいい機会を得た形となった。

 このようにして最初の町での社会復帰プログラムは徐々に進行して行くかのようにスタートした。

 


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