討伐
ギルドで提携している武器防具などを扱う店に行くと、革製のブーツ、手袋、麻の服、旅用のフード付きマントなどを二人分購入した、それと宿代を考えると、そろそろ財布の中身が厳しくなってくるため、一晩休んだらさっそく行動を開始すべくギルドに出向いた。
討伐依頼、駆除依頼は壁の一面に張り出されており、各自その討伐を行い、現場でバッティングした場合はなるべく穏便に当事者同士の話し合いで解決というのがルールだそうだが、基本的に駆除であればお互いに距離を置いて被らないように獲物を狩っていくのが暗黙の了解であり、討伐依頼の場合基本的に被る事はほとんどないと言われた、何故なら討伐依頼がでるような標的は並の掃除屋では困難な存在であるため、そんな厄介な標的に挑むような者達は滅多におらず、そんなパーティーがバッティングする可能性などほとんどないと言ってよかったからであった。
そんな依頼の中で目を惹かれたのは、金貨1000枚という破格の懸賞金が懸けられた魔神将であった、大雑把な位置は書かれていたが、地理に詳しいわけではないため、若干不安があり、受付に細かな位置を訊ねると、辺りから笑いが沸き起こった。
10代前半の少女がベテランの手練れパーティーでも討伐は困難で返り討ちに遭う可能性が極めて高い魔神将討伐に名乗りを上げれば、冗談か身の程知らずと捉えるのが普通であったが、その笑い声はアンネローゼのプライドを強く刺激した。
「お嬢さん、悪い事は言わん、辞めといた方がいい、そこの兄さんがいくら手練れでも二人で魔神将討伐なんて伝説の英雄みたいな事が出来る奴はいないよ、地道に稼いだ方がいいさ」
誠実そうな申し出をしてくれる人物もいたし、その言葉に嘘があるとは思えなかったが、アンネローゼには勝算とも言えるものがあった、チェフの強さは少なくとも20人以上の荒くれ山賊をあっさりと殲滅するものであり、その実力はベテラン掃除屋より遥かに上であると思われたからだ、しかし彼女はこの時まだ知らなかった、金貨1000枚の懸賞金が懸かる魔神将の実力を、そしてそれを狩るかに凌駕する常識外れのチェフの実力を。
誰の忠告も聞かず場所の確認をすると、雑貨屋で携帯食の準備をするべくギルドを後にしたが、その時点ではもはや笑い声はなく、みな少し寂しそうに二人の死を悼む気持ちになっていた、無謀な若者の死はやはり気分のいいものではなく、ギリギリで勝てそうな算段があるのであれば、賭けの対象にもなったかもしれないが、この時点では皆二人の死を確信していた。
王都から約5日ほどの土地に厄介な討伐対象が住み着けばたしかに穏やかではいられないと言うのも理解できた、街道から少し外れた処に地割れのように開いた穴の奥に迷宮を造り住み着いているとの事であった、そのかなり大がかりな迷宮を維持するために魔神将自らが下位の魔物を召喚し使役していた事もあり、誰一人近寄ろうとはしていなかった、下位とはいえ、ゴブリンやオーク程度ならなんとでもなるが、オーガまでいたら割が合わないと考え敬遠するのも当然の事であった。
迷宮内部に入ると、ボロボロとゴブリンやオークがあちこちから大声で叫びながら襲い掛かって来たがチェフの敵ではなかった、道中の盗賊から奪った剣で全て一撃で戦闘不能にしていき死体と流れ出す血で途を染めるように進んで行った。
道中で罠も仕掛けられていたが、そのすべての罠にかかりながら全てを無効化して行った、石畳の地面が大きく開くと開く寸前に地面を蹴り跳び上がり壁を蹴って安全な場所へと着地して何事もないように回避する、矢が飛んで来れば全ての矢のシャフトを掴み数歩後ろを歩くアンネローゼには全く危害が加わらないようにしながら進んで行った。
さすがに迷宮を一日中まるで隠れるそぶりもなく堂々と進軍するかのように進んで行くと敵の迎撃もほとんどなくなって来ていた、底を突いたのかも知れないし無駄と諦めたのかも知れないが、少なくとも煩わしくなくなった点はいいことだとアンネローゼなどはホッとしていたが、吐き気を催すような嫌な気配を前方から感じた、その気配は明らかに直感などというものではなく、空気が違うような感覚であった、言うならば腐った死体が長時間放置された密室の空気を更に濃くしたようなそんな印象を受けた。
この先に絶対になにかいる、しかも今までの魔物が雑魚としか言いようのないくらい格上の何かが間違いなくいる、そんな予感を肌で感じていたが、ここまでくる中でのチェフの強さを再確認でき、それでもなんとかなると高を括っていた側面もあった。
進んで行くとかなり広い大広間のような空間に出た、その中央付近で待ち構えているのは見ただけで吐き気を催すような魔神であった、これが魔神の中でも最上位に位置する魔神将かと思うと、たしかに手練れの掃除屋パーティーでも討伐困難であろうという事が本能的に理解できた気がした、さすがに足手纏いであろう事は理解できたので、入り口の影に隠れるように中を見ている事にした、やはりどのような戦いが行われるのかには興味があったため、吐き気を堪えてその戦いを目に焼き付けるべくしっかりと見ていた。
よく見ると禍々しい気配を纏っているだけではなく、片手には人間にとっては両手剣とも思える巨大な剣を握っており、ここに来るまでの間に倒したゴブリンやオークの持つ粗悪な武器とは明らかに違う逸品なのであろう事が素人目にも理解できた。しかし見れば見るほど邪悪な外観をしており、嫌になる表皮も鱗のような金属のような不思議な光沢を放っており、並の剣ではその外皮そら突破できないのではないだろうか?そんな不安も感じてしまった。
視界に居たはずのチェフが消えたと思ったら次の瞬間に魔神将と激突していた、振るった剣は確実に魔神将の首を捉えたはずであったが、それに反応した魔神将の剣によりチェフの剣は見事に切断されていた、安物の粗悪品と逸品の激突であり、ある意味当然の結果ではあったが、返す剣撃がチェフを捉えそうになるがその一撃は左手で放ったバックハンドブローによって迎撃され事なきを得ていた、いや、正確には左手の革製の手袋は斬れそのチェフの左手甲からも鮮血が流れていた。
魔神将はこの戦闘に若干の惑いを感じ始めていた。まず手練れの剣士でもあんなふざけた速度での攻撃は今までなかった事であり、人間の限界を超えていると言ってよかった、しかも業物での一撃を革製の手袋でのバックハンドブローで迎撃し、かすり傷しか負っていないそんな事があるとは到底思えなかった。
「貴様、何者だ?」
その魔神将の声は確かに人が発する言語であり、アンネローゼの耳にも確かに聞き取る事が出来た。
「さあ?ちょっと前まで山で猟師してた普通の人のつもりだけどね」
そのチェフの言葉には挑発の意図もなければ、はぐらかす意図もなかった、ただ単にありのままを言ったに過ぎなかった、魔神将にはその意図は分からなかったが、少なくとも問答に意味がない事だけは理解すると、いくつもの火球を数発同時に放出し始めた、かなり高速で飛来する火球ではあったが、チェフの動きの方がはるかに早く、当たる気配は全くなかった、しかし間合いを詰めることが出来ずどうしてもkの状況が長引けば勝負がどちらに転ぶのか全く予断を許さないのではないかと思わせた、しかしここは魔神将の居城ともいえる場所だけにそこに長時間とどまり続ける事で不利になる事も十分に考えられるだけに勝負を急ぎたいところであった。
火球を避けながら間合いを詰めるような動作を見せるが、まったく隙らしい隙を見せず、火球の連発を止めるそぶりを見せなかった、魔力切れを待つ戦術も考えられたが、一気に終わらせるべく、勝負に出た。
右足で地面を踏み抜かんばかりに重心を懸けると左手でバックハンドブローを放つかのように一つの火球を弾き飛ばした、しかし同時に襲ってくる後2発の火球に対して無防備とも思えたその時、左手のバックハンドブローによって開いた身体の勢いをそのまま前方に着き出すように右手で正拳突きを放った、その突きは向かってくる二つの火球を蝋燭の火をかき消すように消滅させるとそのまま吸い込まれるように魔神将の胸部を薄紙のように通過して行った。
その拳技によって空いた胸の風穴を信じられないような目で見る魔神将をさらに追撃のように拳撃が襲いさらに胴体に二つの風穴が空くと、立っている事が出来なくなり崩れるように前のめりに倒れた『拳聖と言われ、かつて我が葬った者の拳技を使う、いったい何者だ・・・』それが数百年を生きた魔神将の最後の思考だった。
魔神将が倒れた事により勝利したのであろう事は予想できたが、途中経過はしっかり見ていたつもりだったがほとんど分からなかった、高速で動き回り最後動きを止めたかと思ったら超高速で腕を振り回し、気付いたら魔神将が倒れた。それが見ていたアンネローゼの見解だった、常人の彼女にはその程度の理解しかできず、それが正常とも言えた。しかし、倒され少し経つと魔神将から放たれていた禍々しい気配は薄れ、吐き気を催していたような空気も若干マシになってきたような気がした、それでも迷宮の内部であり、ここに到着するまで何匹ものオークやゴブリンで血の絨毯を敷き詰めてきただけに、空気がいいとは到底言えなかった。目的を達したならとっとと外に出て思いっ切りいい空気を吸いたいというのがその時強烈に感じていた欲望であった。
「ねえ、倒したの?」
ジッと立ったまま倒れた魔神将の死体を見ていたチェフは、その声に我に返るように振り向くと、答えた。
「たぶんね、生命力が強いからうかつに近寄らない方がいいかもしれないけど、死体を担いで帰ろうか」
「あの剣も回収したら?盗賊の剣は折れちゃったみたいだし、あれならかなりいい剣なんじゃない?」
「そうだね」と答えると魔神将の死体に近づき完全に死んでいるのを確認すると、軽々と自分より遥かに大きく体積もある死体を担ぎ、剣をつま先で軽く蹴り上げると胸のあたりまで蹴り上げられた剣の柄を掴みまた来た道を出口に向かって歩き始めた、出口までに出会った敵もいたが、一目見ただけで一目散に逃げだし戦闘は一切発生することなく地上へと到着した。