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猫虫  作者: コージ
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 ぼくがみどりと出逢ったのは、今現在交際中で、パートナーと言えるリカと出逢ってから、約一年が過ぎようとしていた、去年の夏真っ盛りの七月頃のことだった。それは取り立てて運命的なものでも、特に感動的な情景を伴ったものでもなかった。偶々当時、友人である長谷川美輪が雇われ店長として勤めていたカフェの、常連客の一人と顔を合わせた、というだけのことだった。

 美輪とは、彼女の前の勤務先社長との仕事絡みで知り合って以降、歳は離れてはいたが気心が知れた友人の一人だった。その後、彼女が転職した個人オーナー経営のカフェに、ぼくは美輪の馴染み客の一人としてときどき通い続けていた。最初の頃こそ、偶に美輪に挨拶がてら立ち寄っては、コーヒー一杯で帰る冷やかし程度の客でしかなかったぼくだったが、通い続けるうちに、のんびりと本を読んだりしながら長居したりするようになり、いつしか立派な常連客の一人になっていたのだった。

 そのカフェでは、不定期に常連客向けの音楽イベント・パーティーを夜間に限定開催していた。パーティーなんて催し自体には、ぼくはまったく興味が向かなかった。その頃のぼくには。なので、あまり気が進まなかったが、﹁一度くらいは顔を見せてくださいよ」と言う美輪の誘いを度々反古にするのはさすがに気が悪いな、と思って、ほんのおつきあいのつもりであの夜のパーティーに顔を出したときに言葉を交わしたのが、みどりとの交際の切っ掛けになったのだった。正確に言えば、そのときが初対面というわけではなかった。お互いにそのカフェの常連客同士ではあったので、それ以前にも、店内で何度か顔を合わせたことはあったからだ。けれど、直に言葉を交わしたことはそれまでは一度もなかった。それは、その必然性がなかったから、という極当たり前で、自然な成り行きの結果でしかなかった。とにかく、あの夜までは。


 ヘッドフォンを首に引っ掛けたDJが、テーブルトップに二台横並びにされたターンテーブルでレコードを交互に掛け流し続けていて、その俄拵えのDJブース手前のフロアでは、グラスを片手に持った女性二人が軀を揺らしながら、愉しげにお互いに顔を寄せては、何やら言葉を交わし合っていた。

﹁何度か、ここでお会いしてますよね?」

 独りカウンター席に陣取ってカンパリ・ソーダで喉を潤していたところに、ぼくの顔を覗き込むように声を掛けてきたのが、みどりだった。丁度、Chi-LitesのメロウでダンサブルなSoulチューン――そう、"Stone Out Of My Mind"だった――がスピーカーから流れていて、ぼくは、そのDJが速めにセットしたピッチ・コントロールに違和感を覚えながらも耳を傾けていたが、︵ゼロに戻せよ、せっかくのグッド・チューンなのに……)と、やはり少々苛立ちを感じはじめていたところだった。

﹁ええ、お顔はお店で拝見して覚えてはいました。こんばんわ」

﹁ですよね。深山みどりと言います。よろしく」

﹁本田純です。こちらこそ、よろしく」

﹁美輪ちゃんのお知り合いなのよね?」

﹁そう。彼女の以前の職場絡みというか。ぼくの仕事上の先輩の経営するインテリア設計事務所で、美輪ちゃんがアシスタントをしてたときからのつきあいなんですよ」

﹁インテリア関係のお仕事をなさってるの?」

﹁いえ、ぼくはフリーランスのグラフィック・デザイナーをやってます」

﹁グラフィック?」

﹁印刷物とか、カタログとか、えーと……会社のロゴ・マークのデザインとか、つまり、ああいう紙媒体なんかの平面デザイン一般ですかね」

﹁ああ! わかったわ」

﹁深山さんも、美輪ちゃんの?」

﹁ええ。美輪ちゃんにはここでいろいろとお世話になってて。あ、みどりと呼んでもらっていいです。美輪ちゃんのお知り合いなんだし」

 みどりは、ぼくが彼女のことをいきなり呼び捨てにする根拠としては乏しい理由付けをして、その権利を無条件にぼくに賦与しながら、空いていた隣のストゥールにまったく無遠慮に腰掛けた。

 意外な感じがした。どちらかと言えば飾り気がなく、目立たないタイプである美輪の友人女性としては、みどりは明らかにミスマッチなタイプだったからだ。

 みどりの年齢は、近くで見ると、ざっと四十手前くらい――つまり、ぼくとほぼ同年代か、その少し上――に見えた。けれど、その推定年齢よりも見ように依っては更に若く見える女だった。それは同年代の既婚女性が持つ、最早メインストリームからは食み出てしまった、あの特有の所帯染みた野暮ったさを、微塵もその身に纏わり憑けていなかったからだ。髪は、ちゃんと根元から亜麻色に染められていて︵彼女の地毛の色なのかもしれないが)、しっかりウェーブが掛かっていたし、お洒落なEmilio Pucciのプリント柄ワンピースが似合っていた。身に着けているアクセサリーにも卒がなく、それらは一見して安物ではないと判る物だったし、決してお世辞ではなく、そのすべてにおいてファッション・センスが良く、整っていた。実際に裕福なのかどうかまでは知れないが、それ相応の装いに見えた。見た目に貧相に見える部分があるとすれば、若干体軀の肉付きが悪いところ――女性目線ではこれでも﹁太っている」と言うのだろうけど――以外には些かもなかったし、ちょっとした山の手マダムで通る出で立ちだった。また、そんなスタイリングが実に板に着いていた。

 みどりが間違いなく既婚であることは、そんな彼女の醸し出す雰囲気から、容易く見極めることができたし、彼女の口調には、明らかに異性と会話を交えるに頓着しない、経験的に相当な場数を踏んだ――慣れ――が感じられた。そこには、一部の独身女性に見受けられる自意識過剰な異性に対する安っぽい見せ掛けの恥じらいらしきものが一切感じられなかった。また同時に、それを見定められまいと意識した自己防衛的な堅さも、その物怖じしない態度からは見受けられなかった。

﹁わたしは人懐っこいってよく言われるの。来るもの拒まず、去る者追わず、って感じで。実際、サッパリした性格だから」と、みどりはにこやかに自己評価した。

 ぼくは咄嗟に返す言葉を見つけることができずに、ただ薄ら笑いを返しながら、みどりのその言葉尻に違和感を禁じ得なかった。確かに、みどりは人当たりは善かったが、率直に言って、彼女のそれは﹁人懐っこい」というよりは……そう、どちらかと言えば、﹁馴れ馴れしい」が、むしろ的を射た表現だと思った。

 けれども、それにしては何かしら怪しげで、華やかさが感じられる独特なムードをみどりはその身に纏っていた。それはやはり、同世代の一般女性からはワン・ランク飛び抜けた、上手くポイントを押さえた、お洒落な着こなしが大いに起因していたと思う。彼女のプッチ柄のワンピースの胸元は大きくV字に開いたもので、大胆に胸の谷間が露になっていたけれど、それも本人は特に意識している素振りはまったくなかった。ブラのストラップが肩口から見え隠れするような、基本的なスタイリングのヘマもやらかしていなかったし、ワンピースのしなやかな薄手のプリント生地は、彼女のヒップのラインにぴったりと密着していたが、その表面に無粋なショーツの当たりラインは浮き上がらせていなかった。

 特に嫌みな派手さが感じられない、さり気なさを押えたファッション・センスであるにも関わらず、みどりが醸すイメージの華やぎは一体どこから来るものか、と、暫し考えてみたら、それは彼女自身なのだ、ということをぼくはようやく把捉した。つまり、この、みどりの些か日本人離れした目鼻立ちの際立ったルックスと、オープン・マインドなキャラクターから出てくる、自然体の所作素振りの数々から成るものなのだ。それはまるで、パーティー慣れした欧米人的な、社交性を身に着けた立ち居振る舞いだった。そして、みどりは誰の目から見ても、美人に類する女の一人であると言えた。

﹁ここでお見掛けする度に、一度、ゆっくりお話をしたいと思ってたの」

 みどりはあっさりと、ぼくにそう告白した。それには少々驚いた。

﹁ねえ、純さんは、きっとご両親に愛されて育ったでしょう? わたし敏感だから、そこのところはよく分るのよ。あなたを見てると凄くよく判るわ。わたし、直ぐに感じたもの」

 この最初の僅かな会話の遣り取りで、﹁本田さん」から﹁純さん」へと、みどりのぼくに対する呼称が変わっていた。まあ、そこらへんのところは、この際、いいとしよう。どうやら、みどり本人が先に自己評価したとおり、彼女の辞書には﹃人見知り』という言葉は載っていないようだった。

 このパーティーで初めて言葉を交わしたときの、ぼくが感じたみどりの印象は、そんな、一々耳に引っ掛かる言葉尻の妙な違和感を除いては、決して不愉快なものではなかった。ぼくに対しての彼女の対応は、終始、好意的なものだったから。むしろ、それは薄気味悪いくらいに。

﹁純さんのご両親はお元気になさってるの? 聞かせて」

 いきなり両親の話から聞かせて欲しいと言うみどりには少々戸惑ったけれど、正直、別の意味でまた驚かされた。何故なら、ぼくは前年に母を亡くし、このとき、それからまだ月日浅く、その失意からはまだ完全には立ち直れていなかったからだった。それは、みどりの知らざることであり、その種の事柄に関して、みどりの感受性は敏感だったのかもしれない。

 昨年母を亡くしたこと、その喪失感にまだときどき陥ることがあることを、ぼくは正直にみどりに話した。

﹁純さんはお母さまに愛されて育ったのね。羨ましい」

﹁でも、ぼくは母に何も返してやれてなかった……」

﹁いいえ、そんなことないと思うわ」

﹁いや……」

﹁今でもお母さまがしっかり見守ってらっしゃるわ」

﹁そうだとありがたいな」

﹁純さんと違って、わたしの両親は、親としては本当に最低な人たちだった。国家公務員? 外交官って職でね、年中、殆ど国外に居たの。仕事第一主義でね。子どもになんて関心無かったのよ、勝手に産んでおきながら。だから、小さいときは両親に連れられて、わたしも外国を引きずり回されたりしたんだけど、結局、学校やらの問題で日本に住む母方の祖母に預けられたの。それがまた、その祖母が輪をかけて最低な人でね……意地悪な最低なおばあさんだったの。孫のわたしのことがまったく可愛くなかったみたいなのね……何故かは知らない……だからわたし、大人ってそういうものなんだとずっと思ってたわ。お蔭でわたしは周りの大人に愛されて育った、という感覚がまったく無いの、本当に。純さん、ほら、昔、旧ソ連の日本大使館で、立て籠り事件が有ったのを知らない? ときどき、昔のテレビのドキュメンタリー番組なんかで、チラッと当時の本物の映像が出てくることがあるでしょ?」

 それは、今でも度々、テレビ番組で特集されたりするくらい有名な、過去の大きなテロ事件だった。

﹁ああ、あの?」

﹁そう、あれ。当時、大騒ぎになったらしいわ。あの事件のときに、わたしの父は巻き添えで死んだの」

﹁あのときの事故で……」

﹁ええ、そう。そういうこと。……当時、わたしの両親は、今で言う、ロシアの日本大使館の職員をしていたのよ。それで、母は助かったけど、父は犯人確保の突入のときの交戦の巻き添えで亡くなった人たちのうちの一人になってしまった、というわけ。わたしはまだ小さかったから、あの事件のことは殆ど覚えてない。事件の詳細をちゃんと知ったのは、もっと大きくなってからのことだったから。だから、父の憶い出というものは、わたしの記憶には殆どないわ。ひょっとしたら、父だけはわたしに優しく接してくれたのかもしれない、たぶん。そんな感じが今でもするの。でも、残念ながら、その記憶が抜け落ちていて、わたしにはまったく無いの。ねえ、わたし、とても不幸でしょ?」

 これは、なかなか稀有で壮絶な身の上話であり、ぼくは内心驚きはしていたのだけれど、当のみどり自身はというと、まるで知人から聞いた珍しい話を語るように抑揚薄く、表情を曇らせるでもなく、さばさばと話した。なので、そんな彼女を見ながら、ぼくの方は大いに感情移入をし損ねた。というか、このとき、どういう態度を表すべきか、迷ったまま、ただ戸惑いながら対応するしかなかった。「うん、うん……」というように頷いて見せて。

﹁両親が当時、旧ソ連の日本大使館職員だったのには、何やら特別な理由が有ったらしくてね、わたしの家系にはロシア人の血が混じってるらしいの」

﹁なるほど、そう言われれば」

 確かに、ロシア人との混血であるということなら、一般日本人女性の持つ外見から受ける印象とは一種異質なものを感じる、みどりの華やいだ雰囲気の源として、納得できた。

﹁わかる? わたし、やっぱり少し日本人離れした顔をしてる?」

 みどりは両眼を見開いて、態とその顔をまざまざと見せるようにぼくに向けながら、愉快げに笑った。

 カウンターに投げ出されていたみどりのスマートフォンが小刻みに震えて、カンター・トップを小さく響かせた。それに気づいたみどりは、その手にスマートフォンを引き寄せてそこに顔を落とし、画面をちらっと一瞬確認すると、直ぐにこちらに向き直って続けた。

﹁……それも、何やら特殊なロシア人の血筋らしいわ。だから、両親は大使館では優遇された待遇だったらしいわ。そんなことはわたしにとってはどうでもいいことなんだけど。……そんなわけで、わたしは子どもの頃から、実の両親に見放されて育ったのよ。本当に、とても不幸な人生の始まりだったの」

 父親の不幸を別にすると、要するに、彼女は両親の放任主義によるお嬢さま育ちらしい。

﹁いいの?」と、ぼくはみどりのスマートフォンに目を遣って訊いた。

﹁ええ、大丈夫。もう少し」

﹁その、育ての親である、おばあさんとは?」

﹁あんなの、とっくにわたしが呪い殺してやったわよ」

 無表情に、みどりはそう言い捨てた。きっぱりと。迷いも、何の憂いすら見せず。

﹁ねえ、純さん、思ったとおりよ。わたし、きっと、今夜の出逢いは運命なんだと思うわ」

 みどりはぼくの眼を見据えてそう言った。何処かの新興宗教の教祖が、悟りを希求する信者を諭すように。或いは、怪しいロシア人と日本人の混血タロット占い師が、弟子に予言を託すかのように。

﹁今夜は用事が在って、もうそろそろ出ないと、なの。ねえ、純さんとわたしはとても通じるものがあると思うの。連絡先を頂戴」

 みどりとぼくの、どことどこが、どう合い通ずるのか、通底するものが一体どこに在るというのか、俄には彼女の見解に同意し兼ねたが、かと言って、それを否定することもできなかった。彼女の瞳がぼくの視線を捉えて離そうとしなかった。このひとは本当に人を呪い殺せるのかもしれない、とぼくは思った。

 思いも依らず、今夜のDJの選曲はぼくの好みにマッチしていた。ただ、ピッチ・シフトを多用するところだけは、どうにもこうにも頂けないな、と、ぼくは頭の中で、そのDJの仕事ぶりを評価するレポート上の項目の一つ――﹃無闇にピッチ・シフトを多用』欄――に〼を着けながら、ぼくは名刺の裏にスマートフォン用チャット・アプリのIDを記して、それをみどりに手渡した。

﹁ありがとう。楽しかったわ。また今度。純さん、おやすみなさい」

 みどりは、ぼくから受け取った名刺と自分のスマートフォンを一緒にクラッチ・バッグに仕舞うと、席を立って店から消えた。

 いつの間にか、それほど広くはない店内は招待客で埋まり、パーティーは大盛況だった。

 ぼくはそのまま独りカウンター席で、みどりから聞かされた身の上話の一部をなんとか咀嚼して消化しようと努めたが、それは、まるでアマゾンの奥地の未開原住民から振る舞われた、原材料も調理方法も未知な歓待料理のようなものだった。ともあれ、ぼくはその原住民に歓迎されたことだけは間違いないようだった。

﹁純さん、こういうのも適にはいいでしょう?」

 客の応対とドリンクのサービングに右往左往していた美輪がやって来て、ぼくの様子を伺った。

﹁大忙しだね」

 通常営業時とは違って、店長の美輪はアルバイト・スタッフと三人で忙しなく仕事をこなしながら、顔見知りの常連客たちの応対に追われていた。

﹁いつもはこんなにいっぺんに人が集まるのって稀ですもんねー。でも、ときどきはお祭りみたいな賑わいっていいもんです。気分転換にもなるし。ただ、後片付けが大変なんですけどね」

 美輪とみどりは旧知の間柄らしいし、その美輪が共通の友人なわけだから、何なら、美輪にみどりのことを聞いて掘り出してもよかったが、第一、あの晩の状況からして、それはしたくなかった。というか、あのときはそんな必然性も感じなかった。ぼくは、とにもかくにもその場はやり過ごして、問題の処理を後回しにする癖がある。

﹁DJさんの選曲、どうです?」

﹁うん、いいと思うよ」

﹁毎回ジャンルを変えて、ジャンル毎にDJさんをお願いしてるんですよ。今夜はメロウ・ソウルって括りで」

﹁なるほど」

﹁純さん、音には煩いから、お誘いしたものの、そこんとこはちょっと心配でした」

﹁いいと思うよ、選曲は」

﹁良かった」

 カウンターの中でドリンク作りしていたスタッフに呼ばれて、美輪はまた仕事に戻った。

 みどりのぼくに対する素振りには、どことなく特別な好意――彼女のその基準は解らない――を示したものと受け取れもする仕草が垣間見れはしたが、どうも、それは男が勘違いしがちな、彼女の無意識による思わせ振りに他ならないような気がする。つまり、みどりのようなタイプの女は、一定の好意を抱いた相手なら、異性であれ同性であれ、それが誰であれ、おそらく、同様の態度を見せるのであろう、というのがぼくの読みだった。この手の女には、以前にも大変な目に遭わされた経験があったから、そこのところは免疫があった。恋愛感情の有る無しに関わらず、つきあうには最も厄介なタイプであり、要注意な女性と言えるだろう。それに、彼女は間違いなく既婚女性である――本人に訊いて確かめたわけではないけれど。つまり、既にこの時点で、すべてのぼくの異性交遊のプライオリティ・リストから、みどりは除外してもよいのだった。

 ただ、もし、例外的にみどりをリストに繰り入れする必然性を見出すとすれば、それは、日本人とロシア人の良いとこ取りをしたと言える、みどりのあの美貌と、彼女が纏った独特の妖艶な雰囲気に依る、と言い切れるだろうかと思う。それは、ミステリアスな女の妖艶さであり、もっと平たく言えば、﹃大人の女の色気』だった。正直に言って、それは異性としての目で見れば、魅力を感じないわけではなかった。ただし、これは彼女に対して抱いた印象を厳格に客観視して申さば、の話だ。

 何れにせよ、みどりに対するぼく自身の立ち位置は、遠巻きに設定しておくに越したことはないな、と思った。﹃君子危うきに近寄らず』が、正にピッタリな相手な気がした。平たく言えば、男にとっての、リスキーな女の雛形を体現した典型の一人、と言えそうだった。


 みどりからの連絡は、その夜遅くにスマートフォンの無料チャット・アプリで届いた。

﹁楽しかった。また今度お食事行きましょう!」[既読]

﹁こちらこそ。よろしくお願いします」[未読]

 無論、この返信は社交辞令の範囲のものだ。


 ところが、そんなこちらの都合と思惑は、数時間後の翌日には水泡と帰したのだった。

 ぼくは仕事場兼自宅のマンションに帰って、深夜にちょっとした仕事を片付けたので、その分、翌日は昼までゆっくり寝て休んでいた。その日はのんびりしてもよいことにしていたので――ここがフリーランスの自由裁量の成せる技だ――スマートフォンの設定をマナーモードにして就寝していたのだった。

 昼過ぎに目覚めて、スマートフォンの画面をチェックすると、無料チャット・アプリのトーク・メッセージの着信通知が立て続けに入っていた。それらの送信主は、すべてみどりだった。

﹁純さん、今日、午後から空いてますか?」[既読]

﹁純さん、居るの?」[既読]

﹁純さん、起きてる?」[既読]

﹁寝てる?」[既読]

﹁連絡ちょうだい」[既読]

﹁ねー、早く」[既読]

﹁まだ寝てるの? 早く起きてー 起きなさい!」[既読]

 それらは連投されていた。トーク画面に既読が付いてしまったので、何らかの返事を返さないわけにもいかない。

 起き抜けで頭がまだぼんやりしていたし、何があったのか、これがぼくに何を求めてのメッセージなのか、その用件の中身が抜け落ちているので、まったく要領を得ない。

﹁おはよう。どうしましたか?」[未読]

 取り敢えずは、当たり障りの無い様子伺いのメッセージを返信をしておき、スマートフォンはテーブルの上に放置して、ぼくはシャワーを浴びた。

 シャワーを済ませて浴室から出ると、髪をタオルドライしながら、温かいコーヒーを胃に流し込んで寛いだ。じんわりとカフェインが効いて、やっと頭がアイドル回転し始めた気がした。スマートフォンの画面を見ると、また新たにみどりからのトーク・メッセージ着信のお知らせアラートが表示されていた。

﹁今日、美輪ちゃんのお誕生日だったのを忘れてたの! みんなで一緒にお祝いしてあげない? 十五時にランブルフィッシュでみんなと待ち合わせして待ってます。必ず来てね!」[既読]

 美輪の誕生日が今日だなんて、ぼくは知らなかったし――前夜のパーティでも、そんなことは耳にしなかった――、第一、美輪とは、気心の通じる友人とは言っても、年齢差もあり、互いに誕生日を祝い合うほどまでの親密なつきあいでもなかった。とは言え、最早、知ってしまった友人の誕生日を何の祝いもなしに無視するわけにもいかない。そんなわけで、ぼくは急遽予定を変更せざるを得なくなり、みどりが待ち合わせに指定した、街中の有名なカフェ・レストランに出向くことになってしまったのだった。


 約束の時間に遅れそうだったので、息を切らして走って、やっとのことで辿り着いた、みどりに指定された店の店内には、何故か、みどりだけが一人、優雅に脚を組んで椅子に凭れて座っていて、アイス・カフェ・オ・レだか、アイス・ミルクティだか、ミルクの混ざったドリンクの入ったDuralexのタンブラー・グラスを手に持って飲んでいたところだった。ストローを銜えながら、みどりは立ち尽くすぼくを見上げて、不敵な微笑みを浮かべた。

﹁美輪ちゃんとみんなは未だ来てないんだ?」

 ぼくは、周りの店内の客席を見渡しながら、みどりに伺いを立てた。

﹁あのね、わたし、美輪ちゃんのお誕生日、勘違いしてたみたい」

﹁何だって?」

﹁今日じゃなかったのよ、美輪ちゃんのお誕生日」

﹁……」

﹁でも、ね、丁度良かったじゃない? 二人で昨夜のお話しの続きしましょうよ。わたし、もっと純さんのこと知りたいの」

 ところが、みどりの話す話題は、﹁もっと純さんのことを知りたいの」と彼女が言った、その誘い文句とはまったく矛盾するものだった。その内容の殆どは、彼女の身の上に起った、つい最近の日常の出来事をバラバラに連ねたものだった。早い話が、それらはみどりが関わった誰かに対する愚痴の数々だった。ぼくは当惑した。一体何のために、延々とそのようなくだらない話をする必要があるのか? そして何故、その相手が今、このぼくでなければならないというのか?

﹁ねぇ、純さん、どう思う⁈」と、話の切れ目毎にみどりはぼくに意見を求めた。その度に、ぼくは苦笑を返すばかりだった。

 それに、みどりの話し振りと態度、その言葉の使いざまときたら、彼女の容姿の外見から抱くイメージからあまりにも乖離するもので、また、話の内容の猥雑さ、下品さと言ったら、ぼくがこれまで遭遇した他の女性たちのその類型を遥かに凌駕するものだった。それは、正しく醜態と言えた。もし、この場が、みどりがぼくに取り入りたいと望んで設けられた場であったのだとしたら、彼女は完全にぼくに対して取り返しのつかない失態を仕出かしたと言えたが、彼女の態度からは、そんな認識の欠片さえ、これっぽっちも感じられなかった。

 みどりの口調は、終始、かなり辛辣なものだった。その矛先は、大凡、彼女の知人たちや友人諸氏――正確に言えば、みどりは自分の友人たちのことを﹃下々の者』と呼称した――に向けられたものだった。

 それら数々の愚痴のネタを憶い出して喋る度に、みどりは表情豊かに眉間に皺を寄せて、その美しく引かれた筈の眉尻を吊り上げた。

﹁……でね、女同士の内緒の会話だからって、彼氏との下ネタばっかり自慢げに吹聴すんのよ、あの糞女……」

 そんな彼女の表情を見るのは、彼女に対する特別な感情移入の有る無しとは無関係に、気分宜しい筈がなく、ぼくは非生産的な労働に半強制的に従事させられる、初老の人夫にでもなった気分がした。それから尚も、みどりは縫い合わせるべき生地の無い空を、ミシンの上糸と下糸で絡ませながら精力的に縫い続けて、その成果を、一見平和なこの世界に無下に放出し続けた。無駄としか思えないその血深泥の作業によって生産された大量の汚れた糸屑の連なりを、ぼくは彼女の側で、まるで従順な侍従のように頷きながら腰を折って、テーブルの下でせっせと拾い続けるだけの哀れな老人夫と化していた。

 正直なところ、みどりとその周囲の連中との間に生じた様々な軋轢の数々の原因は、ほぼすべて、みどり自身にある、と、そうとしか断ぜざるを得ない話ばかりだった。或いは、それはどっちもどっち、だった。それら当事者とは無関係な、第三者であるぼくの公平な見解では。もしも、みどりの罵りの対象とされた不幸な彼女の知人諸氏側の立場に組みするとすれば、彼女はクレーマーであり、トラブルメーカーであり、そのような思慮の欠けた、一方的に独善的な厄介者でしかないようにさえ思えた。次第にぼくは、みどりにとっての﹃友人』の定義が判らなくなり、その本来の在りようを探し直した。けれど、そのぼくの正直、且つ正当な評価なり意見を、彼女にそのまま述べ伝えることは控えた。次には、ぼく自身がみどりの愚痴の対象人物リストに加わるような災難を回避するためだ。

﹁……ねぇ、そんなのおかしいでしょう? そう思うでしょう? 純さん!」

 それでも、繰り返しみどりが意見を求めたので、﹁そういう対人関係の嫌なことは、気に留めずに早く忘れてしまった方がいいんじゃないかな」みたいな、たぶん、そんな当たり障りのないことだけ、それは辛うじて、今はぼくがみどりサイドに立って居る、そのぎりぎりの暫定的立場表明として、やんわりと宥め賺すように、何度か繰り返し言ったと思う。

 とにもかくにも、ぼくはこのとき、何というか……みどりの人格、品性を疑ったし、その人間的な資質の貧相さ、民度の低さにとてもがっかりさせられた。そこには、前の晩に初めて話したときには少しばかりは感じられた、大人の女性らしい気品さが微塵も遺さず消え失せていたし、そのような、みどりが纏っていた筈の妖婉さや、女性としての魅力の何もかもが、根刮ぎ剥げ落とされた別人のみどりが居た。むしろ真逆に、そんな粗雑さを見せつけることに、彼女はある種の快感を覚えているかのような態度にさえ感じられた。それは、落ちぶれて疎外感に苛まれた水商売女や、救いのない人間不信から逃れられない、裏稼業の男の情婦が見せそうな、排他的に周囲の者を威嚇牽制する、粗暴で幼稚な態度に似ていた。

 みどりのような美しい女性――そのルックスのことを言っている――との会見に、明るく、愉快であろうヴィジョンを描いて罷り越し、彼女と接しようとしていた自分を、自分で気の毒に感じた。ぼくを幻滅せしめるに充分な材料を、今、目の前で彼女自身が惜しみなくも提示していたからだ。実際、みどりが着ていた夏らしいインディゴ・ブルー染めの薄手の麻素材のサマードレス姿は美しかったし、少なくとも、それはそうあって不自然ではなかったと思う。

 そのような、ぼくの淡い期待を裏切る彼女の態度の一つ一つが、果たして、彼女の真意を純粋に示したものであったのか、それこそが本来のみどりの素顔と言える姿なのか、まったく、みどりにはその掴みどころが無かった。うっかり上滑りして、本来隠すべき本性を現してしまったというよりは、敢えて、その本性をぼくに対して曝け出して見せたような、むしろ、そんな確固たる意思表明であるようにさえも感じた。ひょっとすると、そこには、彼女に対するぼくの耐性面接テストみたいな思惑が隠されていたのかもしれない。けれども、それは当時のぼくには些か重過ぎた。やっとのことで母の死を乗り越えて、あの長く暗かったトンネルから抜け出せた、というところに、再び、暗澹たる闇の淵へと連れ戻されるのはご免被りたかった。もしも、そんなテスト対象とされているのであれば、ぼくは喜んで落第させてもらいたかった。

 一体、みどりはぼくの何が知りたかったというのか、それは解らないままではあったけれど、逆に、それこそは単なる上滑りから出た軽口だったのだろうと増々思えてきたし、みどりがぼくに対して特別な感情――つまり、それは朧げな恋愛感情などというようなもの――を些かも抱いてはいないのであろうことだけは、最早、これで明白となったと考えた。何故なら、出逢ったばかりの異性が、自分が特別な好意を持つ相手に対して、ここまで露骨に悪態を曝け出すようなことはするまい。これも常識的に考えて。

 まあ、それはそれで構わなかったのだけれど、ただただ残念に思ったのは、彼女の美貌とは相容れない、その言動の醜悪さぶりのギャップであり、それは、まるで詐欺行為にも等しい、裏切られたような落胆をぼくに与えた。けれども、ここは思い違いをされないように述べておきたい。それは、ぼくの男としての浅ましい下心が打ち砕かれた――といったような類いの落胆ではなく、美しい華だと思って、近づいてよくよく見てみたらば、花弁の奥に蠅の死骸をたっぷり溜め込んだ食虫植物だった、といったような感慨だと言えば、誰もがぼくのこの意を察してくれることだろう。そんな風に、みどりはぼくをホラー・ミュージアムの中に一人取り残された迷い子同然に放ったらかして、延々と喋り続けていた。

﹁……人を呼び出しといて、なんだって言うのよ、ねえ。わたしを何だと思ってるのかしら、あいつら! ……」

 その文句は、ぼくが今、そのまま彼女にお返し申し上げたかったのだけど、彼女にとっての絶好の愚痴の捌け口として、ぼくはみどりに見初められたのだろうか。だとすれば、それは飛んだ外れ籤を引かされた気分だった。そんなお相手役も、もうそろそろご辞退願い申し出ようと、遂にぼくは意を固め始めた。その心算に至るまでに、もう彼此、一時間と少しばかりの時間を消費していた。もうごめんだった。そう、もうこれ以上の会見の続行は時間の無駄と考え、徐に、この場から退散させてもらうつもりの構えだった。﹁あ、そろそろ……今日は仕事が残ってるから……」とか言って。

﹁わたしって、生まれつき、とことん人との出逢いに恵まれてないんだと思うわ……」

 ところが、それまでとは口調を一変させて、みどりは自身の過去にまつわる出来事を、落ち着き払った態度で語り始めたのだった。ぼくは用意していた退散の切っ掛けの台詞を言いそびれる羽目になってしまったのだった。

﹁……だからかは分らないけど、不思議なことにね、わたしの周りでは何故か、人が消えたり死んじゃったりが多いの。……一人目は中学三年のときだったわ……」

 何やら神妙な顔つきで、みどりは語り始めた。

﹁彼は自宅の部屋で首を吊って死んだの。彼とは中学の一年のときの同級生で、当時、あっちから一方的に交際を迫られ続けてたのよ。でも、最初からわたしは彼に興味はなかったし、幾ら言い寄られても、わたしは彼のことを好きにはなれなかった。だって、そうでしょ? それでも、彼はしつこくわたしに付き纏ったの。今で言えば、立派なストーカーよ。それは三年間続いて、突然終わった。わたしから言わせれば、それだけのことだったの。

 二人目と三人目は、高二のとき。彼らは、二人で競い合って、わたしを我が物にしようとしていたのね。そんなこと、わたしの知らないところで行われていたことだった。わたしにはどうしようもないことだったのよ。わたしが彼ら二人を引き合わせたんじゃなかったし、全部、わたしの知らないところで起っていたことなの。でも、あれから、周りの人たちにはいろいろ詮索された。……わたしが彼らをけしかけたなんてことはなかった……二人共々、校舎の屋上から落ちたの。喧嘩で揉み合った末に、落ちたらしいわ。

 四人目は女性だったから、あれは、わたしもショックだったわ。彼女は、高三のときのクラスメイトだった。取り立てて親しくはなかったけど、学校の友だちの一人だったの。彼女が死んだのは高校卒業後のことよ。彼女は遺書を遺さなかったから、それが噂の火種を広げる結果になったわね。わたしが彼女の死に深く関わってるって、勝手に邪推されて。とても迷惑だった。彼女が好意を持っていた男子が、わたしに弄ばれてた、とか、何とか。……ほんと、その子の親とか、周りの大人までが、そんな噂話に尾ひれつけて騒いでね。世間って、まったく勝手なものよ。

 五人目は、大学二回生のとき……というか、彼はどうなったのか、知らない。行方不明のままらしいのよ。インドの山奥だか、何処かに行ったまま、消えてしまったらしいの。彼の親族が、そのことを公にすることは望まなかったらしいから……おそらくは自殺目的の失踪だった、って言われてたわね。刑事事件にもならなかったし。でも、彼が親友に、わたしのことが原因らしいことを仄めかして言い遺してたみたいなの。わたしへの想いを募らせた挙げ句に絶望して、なんとか……大抵、こっちの迷惑なんて顧みない、そんな身勝手なものよ。でも、この人は、未だに行方不明のままだから、勘定に入れてどうなものなのかしらね」

 そう言い終えると、みどりは薄く笑った。

﹁六人目は……」

 そして、驚くべきことに、みどりに関係した人物の死亡者リストは、まだ終わってはいなかった。

﹁就職して二年ほど経ってからだったかしら? ……同僚、というか、会社の先輩の男性ね。この人は電車のホームから線路に落ちて、電車に……ね。事故というよりも、やっぱり自殺でしょうね。このときも、わたしが社内でいろいろと詮索された……噂では、わたしが彼の不倫相手だった、てことになってたわね。そうやって、みんな、犯人探しをするの……いい人だったのに、きっと誰かのせいだ、そうだ、あの女のせいに違いない、ってね。彼の奥さんから、脅迫紛いの手紙まで届いたのよ。気味が悪かった。それで結局、わたしは追い詰められて、会社を辞めるしかなかったわ」

 こんな特異なエピソードを過去に持った人物の話は初めて聞いた。作り話みたいな話だったが、それは何の脈略もなく突然語られ始め、妄想の類いの話にしては、驚くほど淡々と、しかも、あっさりと立て続けに語られた。災害事故時の役所の死亡報告書を読み上げるみたいに。まるで缶ビールのプル・リングを開けるみたいに簡単に、過去にみどりと関係した人々が、次々とこの世から居なくなっていった話だった。常識的に考えて、彼女の周りで、人々がふつうではない死に方で死に過ぎていた。そこには、テレビ・ドラマにはお決まりの感動秘話は付いてこなかった。情熱的な男女間の色恋沙汰の片鱗や、友情の縺れ、人と人との出逢いが織りなす人間模様――そういった人間臭い、情動無くしては聞くことのできない、感動を呼び起こすための﹃種』を完全に欠いていた。それは、もしかしたら、語りべたるみどりが意識的に割愛したのかもしれないが、むしろ、その必要性を彼女が一切感じていないが故のことのような気がした。

﹁だけど、言っておくけど、わたしが、あの人たちの最期に直接関わった話じゃないのよ、これはぜんぶ。問題は、後で憶測を元に、勝手にわたしが関連づけられてるってことなの」

 みどりは、それを強調した。ならば何故、そんなことを今、ぼくに伝えねばならないのか。それほど親しくもない相手であるぼくに対して、何故、それは唐突に今語られたのか。その語り口は、当事者談としては、あまりにも冷淡に過ぎた口調だった。ぼくは、そこに奇妙な興味を感じて、惹かれた自分に驚いた。それは、未知なるみどりの得体の知れなさに、だった。

 人はそんなに容易く死んでゆくものなのか? と思った。それは主に、みどりの語りぶりのその口調から感じた印象に依るところが大きかった。無感性、無感情、無機質的――﹁あんなの、わたしが呪い殺してやったわよ」――育ての親である、彼女の祖母の死について言い捨てた、前夜のあの言葉が追想された。そこには、全能感に満ちた、揺るぎのない尊大さがあった。

 この日、初めて、ぼくはみどりに率直に訊いた。

﹁きみは……なんというか……それらの人たちの失踪や死について、感傷的にはならなかったの?」

﹁わたしが傷ついて、苦しんだかどうか、てこと? 純さんは優しい人だから、解らないのね……」

 そう言って、みどりは慈悲深げな表情でぼくを見た。

﹁ううん、実際、あんなふうに問題の矢面に立たされていたら、そんな気持ちを抱く暇さえ持たせてもらえないものなのよ。それはもう、畳み掛けるような勢いで、周りは辛辣なものなの。問答無用で、一方的に攻撃対象なのよ、わたしが。有無を言わさず、集中砲火で一斉射撃を喰らうの。傷つくなんて、生易しいもんじゃないわよ。ねえ、純さん、それがどんなか、想像できる?」

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