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くじら雲 壱

 ピン、ポン、パン、ポーン。


「 全校生徒にお知らせします。くじら雲九号の接近にともない、本日これ以降の授業は中止との決定が下されました。速やかに帰宅の準備を開始してください。繰り返します …… 」


 昼休みも終わりかけた頃、学校中に流れる放送。その内容からして本来緊迫した雰囲気となるべき教室は、どこかほわんとした雰囲気になっていた。放送をしたのはひなたん先生、こと神代日向。童顔が災いして生徒に親しまれすぎている社会科教師だ。 放送が終わるとすぐに担任の池ジイ(担当科目は国語。推定年齢六十四歳)が教室に現れ、慌ただしくホームルームを終えて解散となった。鞄を抱えた同級生たちと一緒に教室を出る。しかし廊下を歩いて階段まで来ると、下駄箱に向かって降りていく同級生から離れて俺は階段を昇り始めた。


「 鳥山くん、帰らないの? 」

 周囲と逆行する僕に気づいた学級委員長が、すぐに心配そうな顔で声をかけてきた。

「 ああうん、帰るけど。屋上でメシ食ったときに弁当箱置いてきちまったから、回収してくる 」

 嘘だけど。男には、可愛い女子に嘘をつかなきゃいけないときもある。


「 そう。早く帰りなよ 」


 まだ心配そうな顔をしている委員長に軽く手を振って、いそいそと屋上へと向かう。階段を上って屋上のドアを開け、給水タンクの下に潜り込んだ。ここなら警備員が見回りに来ても身を隠せる。


 くじら雲というのは、超局地的豪雨・雷をもたらす雨雲のことだ。普通は気象学で「局地的」と言えば直径数Kmから百Kmの範囲を言う。しかしこのくじら雲というのは広くても直径三十Km程。大体が数百mの範囲にしか発生しない。なので「超」局地的と言われる。だが超局地的にしか起きないとは言え、くじら雲の被害は甚大だ。その雲の下にあるもの全てをその雷で打砕き、豪雨で押し流す。建物などはほぼ全壊だ。けれど、こんなに破壊力のある現象でありながら最近は死傷者は出ていない。その理由は二つある。


 一つは、観測が非常に容易であること。名前の通り、真っ黒なクジラが群れをなして泳いでくる姿にそっくりなのだ。肉眼ではっきり見える。おまけに実際に雨や雷を出す前に独特の「キュオー……ン」というこれまたクジラの鳴き声のような音を、まるで警告のように一定時間鳴らす。だから被害を受ける前にその地域から逃げ出す時間があるというわけだ。

 そして二つ目は、このくじら雲の動きを「予言」する存在がいることだ。彼(彼女、かもしれないが)の予言は必ず当たる。気象庁の警報などというレベルじゃない。くじら雲がどこを「標的」にするかまでをピタリと当てる。過去何度も実績があるから、表立ってそうとは言わずともほとんどの人が予言を信じて行動するようになっている。あまりにも当たり過ぎるからこの予言をしている者の自作自演じゃないかと言われてるけど、いったいどこの人間が気象をコントロールできるというのか……なんて考えていたときだった。


「 おや、誰かと思えば鳥山君ですか。君は帰らないのですか? 」


 うげ。月岡。それに的場さんまで。いつからここにいたんだ?

 正直、僕はこの月岡というやつが苦手だ。成績優秀。運動は得意ではないようだが、それも持病のせいで持久力がないというだけの話で致命的なほどではない。そしてそんなささやかな欠点でさえ、顔が良いせいか女子には「 支えてあげたくなる! 」などと言わせるポイントになっている。小説執筆が趣味でどこかの文学賞に応募、あっさり大賞を受賞。出版社からは続編執筆の依頼まであり、高校生作家デビューかと思われたが「 続編を想定していた作品ではないですし、やる気にムラがあってコンスタントにこのレベルを書けるわけじゃないので。また良いものが仕上がったらそのとき賞に応募します 」 と言って断ったという。そして弓道部のエースにして凛とした美少女と名高い的場さんと絶賛交際中。…… まあつまり僕とは住む世界の違う男だ。ついそんな苦手意識を滲ませながら返事をしてしまう。


「 月岡こそ帰らないのかよ、的場さんまで連れて。くじら雲が来たら危ないんじゃないのか 」

「 ここには来ませんから大丈夫ですよ。来るのはあの場所。旧ワタナベ重工工場跡地です。ここからよく見えるでしょうが、被害が及ぶことはないでしょう。鳥山君も、あの予告小説を読んだからここにいるのではないですか? 」


 その通りだ。せっかく一人でゆっくりくじら雲を見られると思ったのに。僕は返事の代わりに小さくため息をつくと、スケッチブックを広げヘッドホンを耳に掛けようとした。

「 ときに。鳥山君は絵を嗜むのですか。僕は絵については明るくありませんが、それでも美術の課題など見かける度に凄いものだと思っていましたが。もしかして、かの有名な鳥山石燕の子孫なんですか? 」

「 違うけど。描くのに集中したいから話しかけないでくれるか?」

 また更にイラッとしてバッサリと会話を切ってしまった。それに、鳥山石燕 ――― 俺が尊敬して止まない絵師――― の子孫なのかなんて軽々しく言ってほしくはない。そりゃ、苗字が鳥山、名前も雲雀とくれば、そう思うかもしれないけどな。


「 これは失礼。や、来たようですよ 」


 月岡はそんな俺に気を悪くした様子もなく、西側の空を指差した。黒くうねりながらこちらに迫ってくる、雲の塊。あの「鳴き声」も聞こえてくる。……これから人が作ったいろんなものを壊すというのに。なんて、綺麗な声なんだろう。歌ってるみたいだ。

俺は掛けようとしていたヘッドホンを掛けずに、その声を聞きながら描くことにした。急ぎ墨汁を硯に注いで水筒に汲んでおいた水を紙コップに移し筆を握る。そして空を見上げた。


 黒々とした雲の大群が、その身をうねらせ鳴き声を上げながらゆっくりと近づいてくる。「超局地的」と言われるそれは気象現象の範囲としては小さいらしいが、ただの人間から見ればやはり巨大だ。圧倒されなて唾を飲みながらも、目は放さない。やがて予言通りに旧ワタナベ重工工場跡地の上空に到達すると、その場で群で遊ぶようにクルクルと回りながら鳴き続ける。跡地とはいえ、昨日までは解体業者くらいはいたはずだが今日は姿を見ない。予言を信じてとっくに避難したのだろう、逃げる人の姿などもない。それが十分も続いただろうか、不意に鳴き声が止まり。


「 うわっ!!」


 音と光の爆発。思わず両腕で顔を庇った。百年分を一気に爆発させたような稲光、雷鳴、瀑布としか言いようのない雨が工場跡地に降り注ぐ。俺らのいるこの屋上には雨一滴飛んできはしないとはいえ、顔を庇う腕を外すのも恐ろしい程だ。けれど負けるわけにはいかない。庇う形から腕を解いて、描く体勢を取る。あとはもう、くじら雲が暴れるのをやめるまで何枚も何枚もその姿を写し取った。


 ◆


 くじら雲が去る頃には、俺の周りは破り取られたスケッチブックのページだらけになっていた。息をついて顔の汗を拭う。ざっと二十枚は描いたかと思いながら見渡しす。ふと気づけば俺のすぐ隣で月岡が一枚を手に取り、じっと見つめている。


「なっ……勝手に見るなよ!」


 そう言って取り上げると、今度は辺りに散らばしてあるページをしげしげと眺める。コイツがいたことを、すっかり忘れていた。慌ててそれらも回収しようとして見ると、いつの間にかどの紙の隅にも石やペットボトル、ペンケースなどが置かれている。ぽかんとしているところに、的場さんが小石を持って現れ、まだ何も置かれていない紙の隅にそれを置いた。

「 沙矢、ありがとう 」

 月岡は、クラスでは見たこともない優しい眼差しで的場さんにそう声をかけた。

 通常、スケッチといえば鉛筆やクロッキーで行うことが多い。けれど今回はいきなり墨汁で描くことを選んだ。鉛筆ならば描いても破り取らず、そのままページをめくれば次の紙を使える。しかし墨汁で描くと乾かさなければその上に新しい紙を重ねることはできない。仕方なく、書いた端から破り取り自分の周囲に並べていったのだ。しかしそれを不意の風などに飛ばされないように押さえるのは完全に忘れていた。


「 ……すまん。的場さんも、月岡も 」

「 いいえ。それより鳥山君。あなたには、くじら雲はこんなふうに見えているのですね。うん、やっぱりあなたは人と違う目を持ってるんだ 」


 月岡は不思議に目を輝かせながら俺の絵の一枚を手に取る。


「 僕は、ずっとこう思っていました。くじら雲は、他の雷や台風などの気象現象とは違う。その在り方が、あまりにも人間臭いと 」

「 人間臭い……?」

「 まず形。くじら雲の形は、言われてみればクジラに見える、なんてものじゃない。誰かがクジラの形にしようとはっきり意思を持って作ったとしか思えません 」


 たしかにそうだ、と思わされた。

 例えば日本には 「 月には兎がいる 」という伝承がある。月の凹凸が作る模様がそう見えるからだ。けれどその兎は世界の別の地域ではカニだと言われたり、バケツを持った少女だと言われたりする。けれどこのくじら雲は違う。世界中の誰が見ても「 クジラ 」と言うだろう。


「 それに、鳴き声。わざわざ鳴き声で自分の存在を知らしめて避難する間を与える。破壊はしても人命は奪いたくないという、情のようなものを感じませんか?世間では台風のような気象現象という位置付けになっていますが、こんな人間臭い現象を自然現象と言うには無理があると僕はずっと考えていました。では、自然現象ではないなら何なのか。これだけの人間臭さから、どこかの天才が作った新種の兵器かとも考えましたが、どうもぴんとこなかった。ですが鳥山君、あなたはわかっていたのですね、あれが何かを。僕もあなたの絵を見て、初めて理解しました 」


 そう言うと、月岡は地面に並べられた紙を一枚、手に取った。


「 あれは気象現象なんかではない。ましてや新種の兵器でもない。あれは --- 」


 --- 妖怪です。


 くじら雲が消え、空は昼空と夕空の間のセピア色。いつの間にか出ていた虹をバックに、月岡は真面目な顔で言い放った。



ダッシュを繋げた長い棒がiPadだとうまく出せない……


感想に飢えてます。

でも厳しすぎたら凹みます。

何卒。

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