2.雪の足音
「きっと、今夜は雪になるわね」
お母さんの言葉に、タツヤは目を輝かせました。タツヤたち一家がここへ越してきて、初めて降る雪だったからです。
前にタツヤたちがいた暖かい地方とはちがって、この北の国では、雪がいったん降りだすと、雪解けの季節が来るまで、雪はどこまでも降り続くのだそうです。
「わたし、雪にならないうちに、けいちゃんの家へ行って来る。借りたノートを返さなきゃ」
タツヤの二つ年上の姉、カズミはそう言って、たんっと元気いっぱいに立ち上がりました。
「ぼくも行くっ!」
タツヤがカズミに続きます。
「はやく帰るのよ。じきに暗くなりますからね」
お母さんの声に送られて、タツヤとカズミは家を出て、商店街の方向へ歩き出しました。
二人が歩いてゆく商店街は、人もまばらで、北風が二人の耳もとをびゅうと、かすめては、木の葉を舞いあげて通り過ぎてゆきます。身を切るように冷たい夕暮れでした。
カズミの同級生のケイコの家は、この商店街で小さな洋品店を営んでいます。カズミは、お母さんの買い物を手伝っているうちに、洋品店の子どもが自分と同じ小学校の四年生なのを知り、あっという間に友だちになったのです。それが、ケイコでした。
「ごめんくださ~い。ケイちゃん、いるぅ?」
「あっ、来た、来たっ。カズちゃん、待ってたのよ」
カズミの声が聞こえると、すぐにケイコとケイコのお母さんが、店さきに出てきてくれました。
「カズちゃん、手ぶくろを欲しがってただろ。カズちゃんが好きそうなかわいいのが入ったんだよ」
ケイコのお母さんは、人なつこそうな笑顔を浮かべて、真っ赤な手ぶくろをカズミの前に差し出しました。
さくらんぼみたいなぼんぼりが二つ、手ぶくろの手くびのところで、ふるふると揺れています。
「わぁ、かわいい!」
「そう言うと思って、売らずにとっておいたんだよ。お母さんもカズちゃんの新しい手ぶくろがいるって言ってらしたから、電話していいって言ったら、はめて帰っていいよ。お代は明日にでも、もってきてくれたらいいから」
「ほんとう? さっそく、電話、電話っ!」
カズミは喜び勇んで、店の電話に飛びつきました。
タツヤはケイコと一緒に、ケイコのお母さんに出してもらった温かいココアに、舌づつみを打ってご機嫌な気分になっていました。
ところが、
「お母さんのケチッ! 買っちゃ、だめだって! おまけに、早く帰って来いって、おこるのよ!」
* * *
帰り道、カズミは、お母さんに腹がたってたまりませんでした。
暗い空には、そんなカズミの暗い気持ちをあらわすかのような灰色の雲が、ぼってりと厚い壁を作っています。
「あんなに、にごった雲から降るのに、どうして雪はあんなに白いんだろうねぇ」
カズミの気持ちも知らずに、タツヤが、ふしぎそうに、つぶやいたその時、
「あっ、白ウサギっ!」
二人の前を、真っ白なウサギが、さっと通り過ぎて、ぱっと飛び散るように消えていったのです。そして、それが通った道すじだけが、飛行機雲のように、くっきりと白く輝いていました。
二人は急に、ぶるっと寒気を感じてしまいました。しんしんしんしんと耳元に遠くの方から小さな音が響いてきます。こわいような、心細いような、けれども、わくわくするような、ふしぎな気分が二人を包み込みました。
「早く、帰ろ……すごく寒いよ」
一瞬、顔を見合わせすと、二人は突然、家に向かって走り出しました。そして、お互いに奪い合うように、家のドアに飛びつきました。
ドアをあけたとたんに、ストーブの火の温かさと、灯油のにおいが二人を包み込みました。
台所から流れてきたおいしそうなスープの香り。タツヤは、そのとたん、急にお腹がすいてしまいました。カズミもなんだか、ほっとして、さっきまでの寒さがうそのように思えてなりませんでした。
お母さんがすわっていたのでしょう。ここへ引っ越してくる時に、おばあちゃんからもらったロッキングチェアーが窓辺で揺れていました。
カズミはそれに何気なく、目をやった瞬間、あっと大きく目を見開き、その後でにこりと笑顔を浮かべました。
ロッキングチェアーにおいてあるクッションのすきまから、ころりと赤い毛糸玉がころがったからです。その上では、すっかり編みあがった青色の手ぶくろと、あと少しで編みあがりそうな赤い手ぶくろが、タツヤとカズミに向かって手を広げていたのですから。
~完~




