1.迷い雪
寒い寒い北の国では、冬になると、しんしん、しんしん、雪が降り続きます。
「この町は、なんてきれいなんだろう!」
まだ、雪の結晶になったばかりの雪の子は、仲間の雪たちで、真っ白に染め上げられた町の景色にみとれるばかりでした。
「どんなに町を見たくても、仲間の手を決して離してはいけないよ。すぐに迷子になってしまうから」
それなのに、雪の子は、
「少しくらいなら平気だよ。それに、僕は見かけによらず、強いんだ。ちょっとくらいの風になんか負けたりしないよ」
その時です。突然、力強い北風が、雪の子をびゅうと吹き上げました。
なれた雪なら、くるくる舞い上がり、別の北風のしっぽにつかまって、すぐに戻ってこれたでしょう。けれども、雪の子は、油断していた上に自分が思っているほど、強い雪ではなかったので、北風に吹き上げられるままに、北の国を飛び出してしまいまいました。そして、知らず知らずのうちに、南の国まで飛ばされてしまったのです。
* *
ここは、常夏の暑い国。
お日様は、ぎらぎら輝き、雪はもちろん、氷のつららの一しずくさえ見つけることは、できません。
「ここは、何て暑いんだろう」
雪の子は、体をつらぬくように降り注ぐお日様の光が、痛くてたまりません。
「そうだ! あそこで遊んでいる子どもたちに、帰りの道を教えてもらおう」
北の国では、雪と子どもたちは、大の仲良しです。南の国に子どもたちだって、きっと、親切にしてくれるはずです。
雪の子は、できるだけ体を大きく伸ばして、きらきらと輝きながら、遊んでいる子どもたちの輪の中へ舞い降りてゆきました。
「誰か、北の国への道を知らない?」
ところが、子どもたちは、誰も雪の子に見向きもしません。子どもたちが気付くには、雪の子はあまりにも小さすぎました。そして、何よりも、南の国の子どもたちは、雪というものを知らなかったのです。
日はとっぷりと暮れ、夜の闇に真赤な松明の灯だけが、ゆらゆらと揺れていました。
すっかり、体が弱ってしまった雪の子は、海の岸辺でたった一人、北の国を思って、ぽろぽろと涙を流しました。
するとその時、
「まあ珍しい。こんな南の国に、雪の子がいるよ! お前さん、いったいどうしたの?」
それは、一羽の渡り鳥でした。
「帰り道が、わからないんだ。ぼく、暑くて死にそうだよ」
すると、渡り鳥は、やさしく微笑んで、こう教えてくれました。
「今夜、この海の上を、北風のお姉さんの南風が通るから、それに乗せてもらうんだね。そうすれば、北風が通るところまで、お前を運んでくれるよ」
喜んだ雪の子は、海の岸辺で、ひたすら、南風を待ち続けました。
やがて、南の夜空にオレンジ色のマントをなびかせ、お母さんのような優しい眼差しの南風が、海の向こうからやってきました。
ところが、疲れ果てた雪の子は、南風に乗れる場所まで飛んでゆくことができません。
「ああ、南風が行ってしまう!」
とっさに、雪の子は、真っ赤に燃える松明の灯の中に飛び込みました。すると、松明の灯がゆらりと揺れ、真っ白な光があたりに浮かび上がりました。
その瞬間、雪の子は、水の粒になって、上へ上へと舞い上がり、南風のマントのポケットへしっかりとしまいこまれました。
* *
北の国では、真っ白な雪が降り続いていました。
「みんな、ただいま! 帰って来たよ!」
南風から北風に渡された雪の子は、大喜びで、雪の町へ舞い降りてゆきました。
「何だい、どこへ行ってたんだい。心配させないでくれよ」
「ごめんごめん。ちょっと南の国へ行ってきたんだ。でも、やっぱり、ぼくはここがいいや。仲間がこんなにいっぱいいるんだもん」
町では、雪の仲間たちが、両手をいっぱいに広げて、雪の子を待っていました。雪の子は、今度は風に飛ばされないように、しっかりとその手につかまりました。
~完~




