聖なる日の酒場にて
——アルミドナ王国ベルタ街六丁目。
其処にある下宿の部屋で、俺は隣に住んでいる女を招き入れて晩酌をしていた。
そんな時、彼女が何を考えていたのかはわからないが、つまみを食べながらチビチビと酒を飲んでいた俺へと話題を振ってきた。
「そういえば、君は聖なる日というのを知っているか?」
「……聖なる日? 数日後にやる誕生祭の事か?」
こんな寒い日が続く中、この王国では国教としている宗教の創始者の生まれを祝う日が数日後にある。簡単に要約すると、国全体で派手な誕生日パーティーを行うらしい。
「ああ、その誕生祭の事でもある。ここにも僧侶みたいな信心深い奴は居るから、私達にも祭りの準備を手伝えとか言いそうだな」
「そいつは面倒だ。俺は騒ぎを肴に酒を飲んで居るだけで充分さ」
そう言うと、彼女は呆れたような目で笑う。
俺にとっては今まで働き過ぎたのだから、のんびりと何事もなく暮らせればそれで良いのだ。
だからこそ、この下宿に居る間は長い休暇が欲しい。
「相変わらず君は格好つけるね。偶には此処じゃ無くて、酒場で飲むのも良いんじゃないかい?」
「……それはあれか? 遠回しにデートしてくれって事か?」
こいつはそんな事を言う奴だっただろうか? と疑問に思うが、こいつも一応女性という枠には入るのだ。そういう事も考えているのであろうと少しの善意で答えてやったのだが、彼女は呆れる素振りを見せる。
「まったく、君は自分の推論を推論にも関わらず確定させて返してくるね。デートの誘いなんて、こんな年になってまで私がやると思うか?」
「年齢は兎も角、姿は充分若いと思うがな」
彼女は、長い黒髪の先端を髪ゴムで纏めており、その髪が劣化しているような様子は見えないし、顔も充分綺麗でありながら、青春真っ盛りな年頃に見える。人間と比べても充分美しいだろう。
「お世辞は要らないし、それを言ったら君も同じじゃないかい?そんな落ち着いた風格を出しときながら、随分と若い人間の顔をしているじゃないか」
「これは元々だ、俺が望んだわけじゃない」
ぶっきらぼうに言葉を返すと、彼女は酒を片手に笑った。
「ははっ。やはり君は捻くれ者だな」
別に、俺が彼女の容姿を褒めたのはお世辞ではない。本心から言っただけであり、それを正面から受け取らない彼女の方が捻くれ者だ。と自分の中で言い返し、声に出さないようにする。
俺が黙ったからだろうか。先程のように静かになり、お互いにのんびりと酒を飲み、つまみを口に入れていく。
そんな時の流れが遅くなった時間に満足しながら、部屋にある窓を眺めると、部屋の中の温もりとは対照的に、激しく雪が降っていた。この調子では朝になると積もった雪が待っており、誕生祭の準備の前に雪かきで大変な事になる。俺も下宿の管理人にやらされる事になるんだろう。なるべく働きたくはないが、雪かきは流石に手伝わないと此処を追い出されるかもしれない。そんな事を考えながら、杯を傾けた。
◆
翌日、地面を白い雪が多い、下宿に住む男達は——と言っても、この下宿に男は俺を合わせて二人しか居ないのだが——婆さんにスコップを持たされて外に追い出された。
そんな中、一緒に雪かきをする男に昨夜あった事を単純な時間を埋めるように話してみた。
「全く、折角のデートを断ってしまうとは情けないなお前も!」
「いや、あいつもデートでは無いと言っていたし、それは違う。祭りがあったとしても家に篭っている俺が気になっただけだ」
実際にあいつはそう言っていたし、俺もそれで合っていると思っていたのだが、彼はその考えを否定する。
「絶対にそれは無いな。お前よりもあいつと長い間此処で一緒に住んでいるだけの俺の予想ではあるが、あいつは自分の事になると口数が急に減る。恐らく照れ隠しなんだろう。それに、お前が此処に来るよりも前に知り合っていたんだろう? 脈もあるじゃ無いか」
彼の言う通り、俺とあいつはこの下宿で住む前からの知り合いであり、一緒に同じ仕事をこなした事もある。俺が休暇を取り、この下宿に入ったら偶然にもあいつが居た。そんな関係であり、それでいてあいつが自身の事になると口数が減る理由を俺は知っている。
この事は俺達同僚全員の特徴であり、共通している事だ。だからこそわかるが、あいつは照れ隠しなどしない。彼の考えは、違う意味では的を得ているが、本質的には全くの別物だとわかる。
「まぁそれもあり得るかもしれないが、何よりあいつが俺を好いている理由がそもそもないだろう。単なる仮定では納得がいかん」
「少しは夢を見ても良いと思うがな。それに、あんな美人にそんな事言われて靡かないお前に対して俺は驚くね」
「話の論点を逸らしては意味がないだろう。俺は証拠が無い限りそれを真実だとは絶対に思わん」
そう切り返して彼の方を向くと、少し気まずそうに顔を逸らしながら、手に持つスコップを雪に刺す。
「むぅ、確かに俺は話を逸らしたし、確実に事実を求めるのはお前らしいが、少しは自分で推理するのも悪く無いぞ?」
「残念だが推理は苦手だ。何より俺が出来る筈がない」
これは本当の事である。
俺は実際に起こった事や、事実、証拠を前提として行動を始める。
そもそも最初から手掛かりがないものには手を付けないし、それをこなせた事は一度も無い。
だからこそ、俺はあいつが言いたい事を自分から理解しようとは思わないし、やるだけ時間の無駄だと思っていた。
「……お前はもうちょっと自分に素直になった方が良いと思うんだがなぁ。それにまだ時間はあるし、他の奴にも話して意見を聞いてみると良いさ」
最後にそう言った彼の言葉が、俺には負け惜しみのように聞こえたのであった。
実際そうなのだろう。
そう感じつつ、俺は目の前の仕事に取り掛かる事にした。雪かきは楽な仕事だ。雪を退けるという明確な目標がわかっているのだから。
◆
雪かきを終えた俺は、そのままおとなしく昼寝をする予定のはずだったのに、何故か祭りに使う部屋飾りの為に紙を切る作業をしていた。
……全ての元凶はあの男だ。
此処に住む僧侶に俺の話を勝手に伝え、アドバイスをしてうもらう代わりに手伝ってやれ、と僧侶がやっている作業を俺もやる事になり、あいつはそのまま下宿を出て遊びに行った。
「あの……嫌なら手伝わなくても大丈夫ですよ?」
とは、僧侶の言葉だが。
此処まで話を大きくしておいて彼女が仕事をしているのを横目で見つつ、彼女と話をするのは何処か気まずい。
そんな俺は手伝うしかなく、まんまと彼の策に嵌ったのである。
「いや、迷惑をかけるのだから俺も手伝った方が良いだろう、何より俺が納得できん」
「は、はぁ……私もその事について口を出す事はそんなに無いのですけど、というか私も面倒だし」
「すまん」
「ああ、大丈夫ですよ! 早く終わるのは私が楽で良いので、そのまま作業を続けてもらった方が嬉しいです!」
彼女は僧侶だからかはわからないが、素直に本心を話す。他の信者にもよく相談を受けているようなので、そう考えるとこの中では彼女がアドバイスに一番向いているのでは無いかと感じた。
「それで、俺は別に何もしなくて良いと思うのだが、やはりデートはしないといけないのだろうか?」
「そもそも、あの方はデートを望んでいる訳では無いと言ったのでしたらそれで良いですよ。やる必要はありません」
「なるほど、それじゃあやらなくて問題無いな」
「ええ」
と、直ぐに話が完結した。
実に早急で簡単な終わりである。
もっと長い会話になると思っていたのだが、このまま部屋を出るのも気まずいので、とりあえずそのまま飾り付けの作成の手伝いをして終わらせる事にした。
そして、昼前には無事に作業も終わり、僧侶に部屋飾りを手渡す。
「ありがとうございました! 私は二割しかやってないので凄い楽でしたよ!」
「ああ、俺も満足いく答えを貰えたしな。誕生祭はまったりと部屋で酒を飲む事にする」
これで俺の行動も決まったし、僧侶の話も聞いた事だから、自分の部屋に戻ろうとしたが、僧侶に声をかけられる。
「ところで、貴方は私の事についてどう思います?」
「ああ、素直に本心を話してくれるから、相手にしやすいし付き合いやすいと思っているが」
突然の質問だったが、先ほど考えていた事をそのまま答えにして返す。これは実際合っている事だし、そのままの意味だ。
そんな俺の答えに対して、僧侶は何かを企んでいる様に微笑む。
「ええ、確かに私は本心を話します。僧侶なので。……だからといってですが、必ずしも思った事を全て喋るとは限らないのですよ?」
「ふむ、そうなのか」
良い事を知ったのかどうかはわからないが、これもまた彼女の本心からの発言なのだろう。
ならばそれを俺は覚えておくだけだ。
しかし、僧侶は俺の返事が気に入らなかったのか、苛立っている様に頭をかいた。
「ちゃんと言わないとわからないですかね……あの方も女の子なんですから、プレゼントの一つくらい渡してあげたらどうです? 普通に喜んでくれると思いますが」
「祭りにプレゼントをあげる習慣なんてあるのか?」
誕生祭にはそういう習慣はなく、皆で騒ぐだけのいつもと何ら変わりない祭りだった事を把握している。
「ああ……なるほど、それを知らなかったのですか。この王国、いや大陸に住む人なら普通に知っていると思いましたが、貴方は知りませんでしたか」
そう、嫌味ったらしく彼女は言った後。再度口を開いて俺に情報を教えてくれた。
「確かに誕生祭は創始者の誕生を祝う祭りです。ですが、その日は同時に感謝の日とも言って、親しい者に感謝をして、記念に何かを渡す日でもあるのですよ」
「つまり、あいつは俺に何か物をよこせと言ってきたって事か?」
あいつだったら俺が何も渡さなくても自分で手に入れる事が可能だろうに。
益々、意味がわからなくなってきたが、この俺の返答も何処か間違っていたらしい。
彼女はさっきと同じように頭をかきながら、俺に一枚の紙に何か書き込み、それを俺に手渡してきた。
「ああ、ほんっとうに面倒ですね貴方は! 女心ぐらい理解してあげてくださいまったく。私からの早い感謝の日のプレゼントです。ありがたく使ってくださいね」
「あ、ああ……」
◆
誕生祭の夜。
アルミドナ王国ベルタ街3丁目の酒場。
俺は僧侶から貰った紙に書いてあった場所に向かい、酒場の扉を開くと、そこにはあいつがいた。
誕生祭という日にも関わらず、その酒場に居る人間は騒ぎもせず、壇上にいる一人の女を眺めて談笑する。そんな俺もカウンターに座り、店主に酒を注文してそれを飲みながら、あいつを眺める。
彼女は俺が来た事に気付いたのか、少し驚いた表情を浮かべたが、すぐにその表情を笑みに変えた。
——女は踊る。
俺が今まで見た事がない艶やかな服を着て、見た事もない踊りを踊る。
あいつの髪が空に浮かんで、揺れる。
俺はこの時点で、ようやくあいつがやりたかった事に気付いたのである。
「まさか君が此処に来てくれるとは思わなかったよ。よく気づいたね」
彼女は踊りの区切りが付いたのか、壇上から降り、別の踊り子にその場を任せ、酒を片手に俺の隣に座る。
「これで合っていたか。下宿の皆にアドバイスを貰ってよかった」
「ああ、そういう事か……まったく、今日の君は素直だな。言わなければ良いのに。ふふっ」
「それもそうだな、善処する」
「もう遅いんだけど……まぁ良いか。さて、と私は君に何かを渡したいと思ったが、生憎、君が好きそうな物がわからない。だから昔から得意だった踊りを君に見せようと決めたんだけど、正直に言うのも何か恥ずかしくてね。とりあえずもう少し見ていってくれよ」
そう言って彼女は手にもつ酒を一気に飲み干し、再び壇上へと戻ろうとする。
「ああ、それならちょっと待て」
そんな彼女に、俺は店で買った髪飾りを取り出して、彼女に付けてやった。
髪飾りは中心に青と赤の宝石が付いているリボンであり、彼女にとても似合っているように思えた。それを見た彼女は、再度驚いたような顔を俺にみせる。
「……へぇ、君がこんな事するなんて意外だね」
「一応俺からも何か渡した方が良いと思ったのでな。気に入らなかったら使わなくて良い」
僧侶に言われてから買ってきたのは間違いではないが、この言葉は事実でもある。
彼女が踊りを嗜んでいる事など知らなかったが、とても美しい躍りであったのは間違いではない。
「いや、実に気に入ったよ。 踊りで君から貰った事を他の客にも見せつけてやろう。それじゃあ、楽しんでいってくれ」
彼女は喜んでくれたのか、先ほどよりも笑顔になって、壇上に戻って踊りを始める。
——彼女は踊る。
彼女の髪に合わせて髪飾りも中に浮き、光を反射して二色の宝石が光る。
俺はそれを眺めながら酒を口に含む。
「——こういうのを肴に酒を飲むのも、悪くは無いな」
アルミドナ王国に雪が降る。
それは激しいものではなく、儚く、それでいて美しい。
これは誕生祭に感謝する、とある誰かの贈り物だったのかもしれない。
私はクリスマスから5000円片手にキャバクラ通いですかね……セールだし。
皆さんは私みたいなクリスマスじゃなくて、楽しいクリスマスを過ごせるよう祈っときますね!