エリオの長い1日①
俺の名はエリオ。9歳。夏休みを利用して姉のニコラの留学先であるボストンに遊びに来ている。
ニコラと3ヶ月も会えないなんて人生で初めてだったからとても心配していたのに、なぜかニコラはアメリカで日本人の恋人を作っていやがった。ちなみにその恋人は髪型はアニメに出てくる忍者みたいでカッコいいのに、なぜかやたらとオドオドしていて、俺の考える忍者にはほど遠い。日本人と聞いたときは少し期待したのに、こんなのが恋人で大丈夫かと心配になってしまう。
昨日はそいつのひととなりやニコラとの関係を探るために、ニコラの寮の談話室でいろいろ話をしてたんだけど、俺はそこで女神に出会った。
その女神の名前はマキ。ニコラの友達の日本人だ。どうやらニコラの周りには大勢の日本人がいるようで、他にも男と女がひとりずついたが俺の目にはマキしか映らなかった。
彼女には「美しい」という言葉よりも「神々しい」という言葉がはよく似合っていると思う。すっと伸びた背筋や、左右非対称な髪型、ソファーに座る仕草から食前のお祈りまで全てが神聖な雰囲気に包まれていたのだ。そのあまりの雰囲気に、俺は結局彼女とまともに話す事もできなかった。
そして今日、俺はマキに会いに行く決意をした。家族はボストンハーバーへ繰り出すぞなどと言っていたが、俺にはそんな事をしている時間がない。なにがなんでもこの休みの間にマキを俺の恋人にすると決めたのだ!
朝早くに目覚めてしまった俺は寝ている家族を尻目にマキの寮に行く準備をする。子供ひとりでホテルを抜け出すのはきっと難しいので、ホテルのレストランに朝食をとりにきてる客の家族のふりをする事にした。ちょうど上手い具合に家族連れが出て行くところだったので、そのあとについて行く事で俺は難なくホテルを抜け出す事に成功した。
駅の場所がホテルへ来るときと違っていたので少し苦労したけど、基本的にはグリーンラインという路線に乗っていれば大丈夫だったので道に迷う事もなかった。
一番苦労したのは学校へと入るゲートだ。「ニコラに会いにきた」と言えば会わせてくれるだろうけど、その時点で家族に連絡が行きマキとの時間が取れなくなってしまうに違いない。
そこで俺はこの学校が森に覆われてる事を思い出し、正面ゲートから伸びる塀にそって歩いて行った。しばらく歩くと学校のテニスコートが現れ、その奥に森が見えた。まだ朝早い時間なので誰もいないが、俺は念のためいかにもテニスをしにきたように装い、テニスコートわきの道を森へと進む。
森には今来た道の延長線上に踏み固めた道ができていた。ひょっとしたらテニスをする学生がこの近道を作り上げたのかもしれない。その考えを証明するかのようにテニスウェアを着た人がやって来たので咄嗟に森に身を隠す。遠くヘ行ったのを見計らい、森の近道をさっきの人が来た方へと歩を進める。
しばらく歩くと体育館が見えてきて、そこから伸びるアスファルトの道をさらに行けば昨日の建物に辿り着いた。「ここにマキがいるんだ!」そう思うと先ほどまでの疲れも吹っ飛ぶ。さて、どうしたらマキに会えるだろう?
とりあえず喉が渇いたので昨日の談話室で飲み物でも買おう。そう思って談話室への階段を降りるも鍵が閉まっていて開けられない!こうなったら誰か人が出てくるのを待って、開いた隙に入るしかない。
ところがいくら待っても誰も出てくる気配がない。おかしいなと思いながらもう一度地上へ出てよく見ると、ここは玄関じゃなく裏口のようだった。昨日ここしか使わなかったせいで飛んだ勘違いをしてしまった。
正面玄関へ回るとそこには厳重な警備が敷かれていた。監視カメラにカードキーの装置、そして玄関横の管理人室。とても開くのを待って侵入できる雰囲気ではない。管理人室には優しそうなおばちゃんがいるのが見えるけど、あの人から家族に連絡が入ったらアウトなので、甘えて中にいれてもらうのもやめておこう。
仕方ないので俺は植え込みの影から各部屋の中をうかがっていった。カーテンが閉まっていて中が見えない部屋もあったが、ほとんどの部屋がこの暑い中少しでも涼をとろうと窓を全開にしていた。
正面玄関がある方の部屋にマキはいなかったので裏へとまわり、森の陰に隠れながらマキの部屋を捜して行く。そしてついに見つけた。ぶかぶかのパジャマに身を包み眠っているマキを!
あ〜眠っている姿も素敵だな〜。でもなんで男物のパジャマを着ているんだろう?そこでふと嫌な予感がした俺はもう1台のベッドに目を移す。そこにはマキとお揃いの女物のパジャマを着た子が眠っていた。
ひょっとしてマキはレズビアンなのかな。嫌な考えが頭をよぎる。そういえば昨日ソファに座ったときもこの子と一緒に座ってなかったっけ?それじゃあ僕のこの恋は一体どうなってしまうんだ!?
よろよろと窓際から離れ森の木を支えに一息つく。
「ま、まだレズビアンと決まったわけじゃない。マキが学校に行くのを見計らって声をかけてみるか……」
そんな事を考えていたら突然誰かに呼びかけられた!
「ボンジョルノ、エリモ!」
見られた!まさか2階から見張られていたなんて!あ、あいつは昨日の日本人じゃないか?ひょっとして気配を消して俺の事を探っていたのか!?くっ、さすがは忍者の国の者!こうなったら俺も忍術で……『忍法・木の葉隠れの術!』
俺はすぐさま森に身をひそめ、即座に右に向かって走り出した。これなら森の反対側から出てくるだろうと思っているやつの目を巻くことができるはずだ!忍法が使えるのは日本人だけじゃないんだぞ!
こうなったら意地でもマキに話しかけてみせる。あの日本人もいつまでも2階にいるわけじゃないだろうし絶対チャンスはあるはずだ!
そんな決意を挫くようにお腹が悲鳴を上げる。しまった、朝ご飯を何も食べていない。せめて兵糧丸を持ってくるんだった!




