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通し稽古

 ランチの後は劇場にて卒業発表の練習だ。


「さあみんな、本番まで残すところあと10日!今日からは本番を意識してやっていくからね!」


 そう言うとパメラは2部から5部までの役者を劇場の観客席に座らせ、台本を確認しておくよう言い、1部の役者を連れてどこかヘ行ってしまった。


「本番さながらということは、最初から最後まで通してやるってことなんでしょうか?」


 大半の生徒が台本をおぼえるのに必死になっている中、すでに自分のセリフを完璧に暗記しているリアが僕に話しかけてくる。


「そういうことだろうね。あと1部のやつらが連れられてったのは、衣装を着たりメイクをするためだと思うよ」

「なるほど。どんな衣装があるんでしょうね」


 実は僕もそれが楽しみで仕方ない。アーグルトンの劇場を見学したときは、これまでの舞台に使われてきたであろう衣装が大量につるしてあった。ひょっとしたらこの学校にも同じように眠れる衣装のストックがあるかもしれない。


「あ、緞帳が降りてきましたよ!」

「そういえば板付きだったっけ」

「いたつき……ですか?」


 ん?……そうか『板付き』って舞台用語だったっけ。ここのところリアとはずっと一緒に劇の稽古をしてたから、演劇部の仲間と話すような感覚で喋ってしまっていた。


「袖から役者が登場するんじゃなくて、幕が上がったときに役者が既にステージ上にいることを板付きって言うんだよ」

「なるほど。ちなみに英語ではなんと言うんですか?」

「英語では……あれ?何て言うんだろう?」

「珍しいですね、シュウが答えられないなんて」


 そりゃあ、トーフル関連の質問になら、リアが合格できるようにこっちも必死で勉強してきたから答えられたんだけど……


「ひょっとして舞台関連の英語、全部おぼえ直さなきゃだめなのかな?」

「頑張ってください、未来の役者さん」


 まあ、自分の興味のある分野だからおぼえるのは苦じゃないだろう。むしろ大学の講義が始まる前に気付けてよかった。大学に入ったら1年生のうちは一般教養のクラスをとった上で、舞台関連の用語もしっかり勉強していこう。


 僕がそんな決意をしていたら辺りがフッと暗くなり、ステージの脇にスポットライトが当たる。その光の円の中にパメラが現れて、今日の流れを説明して行く。1部を演じている間に2部が着替え、2部が演じている間に3部が着替え——と言った具合だ。


「1部の子たちは役作りを終えて、この幕の後ろで準備している。緊張してると思うから、拍手と声援でもっと緊張させてやりな!」


 するとノリのいいラテン系なやつらから野次のような声援、拍手、そして甲高い口笛が巻き起こる。僕たちもそのノリに押されるように拍手を送る。こうして僕たちの『ロミオとジュリエット』の幕が開けた——。




「あんたたち、そう気を落とすんじゃないよ!誰だって最初はこんなもんさ!」


 落ち込む生徒たちを気遣ってパメラが激励してくれる。しかし自分たちのレベルの低さに気付き全員が落ち込んでしまっていた。


「はぁ、どうせ落ち込むならしっかりと反省しな!これらのメモリにそれぞれの班の映像が入っているから、それを観て自分たちの何がダメだったかを書きだしな。そしてそのうちのどれでもいいからひとつを明日までに克服する事!」


 授業時間はのろのろと進んだ劇の最中にとっくに終わっていたので、とりあえず今日の授業はそこまでとなった。

 リアと僕がいつも通り居残り稽古の準備をしていたら、いつもはさっさと帰ってしまう同じ5部を演じるやつらが僕たちに話しかけてきた。


「これまでは残って稽古するお前たちのこと馬鹿らしいと思ってたけどさ、今日の2人の演技を見て別格だと思ったよ。今のままじゃ俺たちがおまえらの演技を台無しにしてしまう。……なあ、俺たちも一緒に稽古をさせてくれないか?」


 高校の演劇部時代、やる気のないやつに舞台をやらせても無駄だと悟った僕は、この授業でもリア以外の演技に干渉する気はなかった。他がダメでも僕たちさえちゃんとやっていれば大丈夫。いつの間にか僕はそんなことを考えるようになっていた。

 しかし彼らは僕たちの演技を見て、せめて最低限の演技でもできるようになりたいと言いだした。僕にはこれが、まるで演劇部を捨てて行った仲間たちが返ってきたように思えて目頭が熱くなってしまった。


「よし、それじゃあまずはパメラが言ってた通りこの映像を見て、自分たちの弱点を探そう!そのあとで稽古開始だ!」

「それなら俺はパソコン室からラップトップを借りてくるから、その間にシュウはこいつらの相談に乗ってくれよ。舞台の上で緊張しない方法が知りたいらしいんだ」

「任せてくれよ兄弟ブラ!」


 こうして研修期間最後の2週間で、僕に外国人の演劇仲間が増えた。彼らから訊かれる事には僕の全力を持ってアドバイスをしてあげた。ちょっと引かれたかもしれないけど、それくらい嬉しかったのだからしょうがない。




 しかし、いやだからこそか……。舞い上がる僕は全く気付いていなかった。このときリアがどんな表情をしていたのかを。2人きりになれる時間が残りわずかとなっていることを——。

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