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イケメン紳士K

「あれ、シュウじゃん。それにニコラも!こんなところで何やってるの?」


 ケイが洗濯物をもって地下の談話室に降りてきた。


「シュウにプールを教えてもらってたんだよ」

「プール?ああ、ビリヤードか」

「そう、そのビリアルド」


 お腹を空かせられない僕と、体を動かしたいニコラの折衷案として、ビリヤードを提案してみたらすんなり受け入れてもらえた。


 ちにみにプールがアメリカ英語で、ビリヤードが普通の英語、ビリアルドがイタリア語である。ニコラはこれまで1度もプールをやったことがなかったので、ぜひ経験しておきたかったらしい。


「シュウとっても強いんだよ!私まだ1回も勝ててないんだ」

「へぇ……」


 ケイの視線が突き刺さる。いいじゃないか、女の子の前で少しカッコつけるくらい。


「ねえ、ケイは何しにきたの?」

「見ての通り洗濯だよ。この部屋の奥がランドリーになってるからね」


 驚いたことにケイは一人暮らしに必要なスキルを大抵身に付けていた。本人曰く、高校からすでに寮生活を送っていたため、狭い部屋にも家事にも慣れっこらしい。


「シュウ、これ洗濯機にぶち込んだら俺と1セットやろうぜ!お前の強さを見せてくれよ」


 イヤだよ。そもそも初心者だった僕にビリヤードを教えてくれたのはケイじゃないか。一日いつじつちょうで今の所ニコラには勝てているが、未だケイには1勝もできていない。このままではせっかく築き上げたイメージが崩れかねない。


「さあ、ニコラ。もう遅いし寮まで送っていくよ」

「これからケイとやるんでしょ?それ見たら帰るよ」


 はぁ……どうしたものか。このままじゃたった1セットでケイに全てをもっていかれる。実力で勝つのは難しいだろうなぁ。あいつ不思議な技でボールを曲げたり跳ばしたりするし。


「お待たせ。じゃあやろうか」


 くそ、こうなったらお前の引き立て役になってやんよ!


「勝負はナインボールでいいよな?」

「オッケー」


 そもそも僕はケイからナインボールしか習っていない。ナインボールとは白い手玉で1〜9番までの玉を順に弾いていき、穴に落としていくゲームである。玉が穴に入ればプレイ続行で、入らなければ選手交代だ。


 このゲームの面白い所は、玉を落とした数を競うのではなく、最終的に9番の玉を穴に落とした方の勝ちであると言うこと。たとえ1〜8番までを順調に落としたとしても、9番を落とせなければ負けてしまうのである。


 ブレイクショット(一番最初のショット)はケイが僕に譲ってくれた。ちなみにこの1回で9番が入ってももちろん勝利である。だから一見この行為は初心者である僕へのハンデにも思える。

 しかしブレイクショットで9番を落とすなんてプロにも難しいことだ(とケイが言ってた)。つまりこれは僕がどこかでミスを犯す事を前提とした、ケイの見せかけの優しさなのである!


 緊張していたせいかブレイクショットでは結局ひとつも落とすことができなかった。つまりケイの出番である。ケイは優雅なポーズで1番を落とすと次の玉に集中する。ニコラの方をチラリとも見ていない。

 ああ、こんなストイックなところも女子にはカッコ良く映るのかもなぁ。

 続く2、3、4番を順調に落とすとニコラが「ケイかっこいい!!」と歓声を上げる。それでもケイの表情は微動だにしない。はあ、この調子では9番まで落とされそうだ。


 諦めかけたその時、ケイが初めてミスをした。5番を落とせなかったのである!ケイでもミスを犯す事があるんだな。よっしゃ、チャンスが巡ってきたぞ!さてどうやって5番を落とそうか。


「ん?……ケイ、これって」

「おもしろいだろ?」


 白い手玉と5番を結ぶ直線上に7番がある。これじゃあ玉を曲げたり跳ばしたりできない僕には5番を狙うことができない!だからといって7番に当てたりすればファールとなり、次のケイのターンで好きな場所に白い玉を置かれてしまう。


 圧倒的不利!ちくしょう、こうまでして僕の惨めな姿をさらしたいのか?

 こうなったら僕もケイと同じように玉を跳ばすしかない!確かケイは玉の下の方をついて跳ばしてたはずだ。


 狙いをさだめて……そいやっ!玉は勢いよくジャンプした!


 ……そしてそのまま台を越えてケイの手の中にすっぽりおさまった。


「ご苦労様。次はもっとうまくできるよ」


 そういうとケイは台の上に玉を置き、難なく5番を落とす。その後6、7、8番を順調に落とし、最後の9番もミス無く落とした。


「ケイすごく強いんだね!」

「まあね。俺はシュウのコーチだから」

「ほんとに!?じゃあ私もケイに教えてもらったらシュウより強くなれる?」

「もちろん。ニコラならあっという間だよ」


 くそ、好き放題言ってやがるなぁ。ケイの紳士め!完璧超人!お前の母ちゃん超美人!!


「シュウ、外暗くなってるからニコラを寮まで送ってあげろよ」


 あれ?超絶紳士なケイならきっと自分で送ると思ったのになんか意外だな。ひょっとして負けた僕に花を持たせようとしてくれてる?


 僕はニコラを寮まで無事送り届けた。ニコラは道中ケイの華麗なプレイの話ばかりしていたが、別れ際に「また遊ぼうね!」と言ってくれた。よかった、友達関係はこれからもちゃんと続くらしい。

 自分の部屋に帰るとケイがトランクスとTシャツのみで音楽を聴いていた。普段はスーツやオシャレ着でびしっと決めてるケイだが、部屋の中ではこの有様である。ファッションリーダーのケイがこの調子なので、寮内の男子フロアは基本的にみんなトランクスにTシャツ姿で過ごすようになっていた。


 まったく、ケイの影響力恐るべしだ。


「おかえり、シュウ。無事にニコラを送り届けられた?」

「もちろん」

「なあ、……彼女、俺のこと何か言ってなかった?」


 ん?ケイがこんなこと訊くなんて少し意外だな。他人の評価など気にしない、絶対の自信を持つ男だと思ってたのに。


「ケイのスーパープレイに驚いてたよ。あんな風にできたらいいなってさ」

「他には?」

「他?」

「ほら、その、カッコいい……とか」


 あれ?ひょっとしてこれって


「ケイ、ニコラに惚れてるの?」

「そそそそんなんじゃねえよ!」


 そうだったのか。それにしてもスゴい焦り様だな。


「ケイなら女の子なんてすぐに落とせるんじゃない?今日のスーパープレイも計算のうちなんでしょ?」

「は、スーパープレイ?何の話だよ」

「ケイほどのイケメン紳士なら彼女作るのに何の苦労もないんだろうな〜」

「だから何の話だよ!?」


 おっといじりすぎたかな。ケイの反応があまりにもおもしろかったから。


「俺、今まで彼女ができたことなんて一度もねえよ……」


 え、マジで!?

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