僕はそれだけで十分なんだよ
営業時間のこり30分、様々なお店をまわった末、ついにマキちゃんはオシャレなペアルックパジャマを発見した。僕のアドバイス通りカップル向けのものを……。
「リアさん、これにしましょう!これがいいです!」
「そうですね。これならマキちゃんにも似合いますわ」
理想のパジャマを見つけ色めき立つ2人。しかしこんな夫婦パジャマを着られたらますますカップルみたいじゃないか。あんなアドバイスしなけりゃよかった。
「すいませーん。これ、他のサイズ置いてますか?」
男物のパジャマが大きすぎるのかマキちゃんが店員に話しかける。マキちゃんはここのところだいぶ英語を喋るのがうまくなってきた。ニコラと仲良くなれたのが大きいんだと思う。
「こちらの商品ですね。そちらの彼ならこのSサイズで大丈夫だと思いますよ」
おいコラ店員、何を勘違いしている!マキちゃんがものすごい目で睨んでくるじゃないか!
「あの……“私が”これを着たいんですけど……」
「オウ、これは失礼しました。しかしこちらは男物でして、一番小さいものがこのSサイズとなっています」
「わかりました。じゃあこれください」
「よろしいんですか?……わかりました。それではレジの方へどうぞ」
店員さんもいろいろ言いたいことがあっただろうに、マキちゃんのひと睨みで簡単に折れてしまった。
それにしても170ある僕でもSサイズになっちゃうんだな。これがアメリカサイズというものか。そんなのを150ちょっとのマキちゃんが着たらどうなるんだろう。
男友達からパジャマを借りて「他に着るものが無かったんだから仕方ないでしょ!」と言うマキちゃんを想像して少し萌えた。
リアがペアルックパジャマを買い終わり、これで一息つけると思ったらそうでもなかった。
「ああ、残り30分もありません!急がなければ」
「まだ買うものがあるの?」
「何を言ってるんですか?シュウへのお礼がまだでしょう!」
「それなら焼うどんをおごってくれたじゃない」
そう、僕は結局一番安い焼うどんでさえリアにおごってもらっていた。ここのところTVディナーで食費が浮いていたとはいえ、やはりおばちゃんの店5回分は財布に厳しく、リアの『ここは私が』という甘い誘惑にあらがえなかったのだ。
「それでは形に残らないじゃないですか……」
「形に残らなくても、あの焼うどんは僕の体の一部となって、おいしかったという記憶は忘れるまで忘れないよ」
「結局忘れるんじゃないですか!」
おいしいものの記憶は滅多に忘れる事無いんだけどね。
「とにかく、私がシュウにプレゼントしたいんです!早く行きますよ!」
そう言うとリアはほぼ駆け足でメンズブランドのお店に入っていってしまった。
リアは残りの25分で僕にネクタイ、カフリンクス、ドレスシャツ数点を見繕ってくれた。
タイは僕が普段着ている白シャツによく似合うからとピンクのものを。
カフリンクスはタイと同系色がいいからとやはりピンクを。
僕の持ってるシャツではカフリンクスがつけられないと知るや、即座に店員にサイズを測らせ、できる限り体に合ったシャツを選んでくれた。
「白シャツだけでは寂しいですから、色味のあるものも持っておきましょう」
とピンクのシャツをさりげなく白シャツの下に隠したのを僕は見逃さなかった。
「そんなに買ってもらっちゃ困るよ」
別にピンクが嫌だから言ってるわけじゃない。
「私からのプレゼントは迷惑ですか……」
リアがショックを受けたようによろける。しまった、言葉が悪すぎたな。
「迷惑じゃない!むしろ嬉しいよ。ただ……」
「ただ?」
「僕にはリアに返せるものが無いから……」
そうなのだ。僕はリアが喜びそうなものを何も持ってないし、買う余裕も無い。フォトフレームのようなものならまだしも、これだけのものをプレゼントされてしまったらどうしたらいいかわからなくなってしまう。
「何を言ってるんですか?先ほども言ったようにこれは私からのお礼なんですよ」
「だからそれは焼うどんをおごってくれるだけで十分だって」
「無償で家庭教師をしてくれた対価がそれでいいんですか!?」
「うん、それだけでいいよ」
「謙虚も過ぎればイヤミになりますよ!」
「だからさぁ、リアがアーグルトンに来てくれるなら僕はそれだけで十分なんだよ!」
あ、言っちゃった。言っちまったぁあああああああ!!!!
「そ……そうですか……。でもやっぱりお礼はさせてください。もう時間もありませんし、これ、買ってきますね……」
そう言うとリアは僕から逃げるようにレジへと駆けていってしまった。
え?なに今の反応。僕はどんな顔してあのプレゼントを受け取ればいいの!?今のって告白したことになっちゃうの!?僕は、僕は——
「ねえ……どさくさにまぎれて何言ってんの……?」
僕が思考の迷宮に入り込もうとしていたら、ドライアイスのような冷たい声が僕を現実に連れ戻した。真っ赤になった顔すら青醒めていくような感覚。氷のヘビが背中をはって耳に忍び込んでくる。
「あんた卒業発表が終わるまでは気持ちを伝えないって言ってたよね?あれはその場しのぎの嘘だったんだ?」
「嘘じゃない!今のは告白じゃないってば!」
「今のが告白じゃないならなんなのよ?」
「仲間……仲間意識ってやつだよ!うん。これまでは一人きりでアーグルトン目指してたのが、ともにやっていく仲間ができて嬉しかったというか……」
おお……我ながら苦しいな。あとテンパると英語が出る癖なんとかしないと。
「へえ!じゃあさ、私もその仲間の一員なんだ?」
「何言ってるの?当然じゃん。マキちゃんも大切な仲間のひとりだよ!そういえば、ケイも今アーグルトンに来る事考えてるんだ。この4人が同じ学校だなんて面白いと思わない?」
「へ?あ?そうだね……」
あれ?急に冷たい感じが無くなったぞ。ひょっとしてケイが来るって言ったからかな?
「お待たせしました。何を仲良さげに話してたんですか?」
ええ!?あれが仲良さげに見えるって、ちゃんとコンタクトはめてきた?
「……加納くんの仲間意識についてです」
「そう!今まで一人だったのが、リアとマキちゃんが一緒にアーグルトンに来てくれることになって、それだけで僕は十分幸せだな〜って話!」
「……あ、なるほど!そういうことなんですね」
「うん、そういうこと」
「私もお二人と同じ学校に通える事が、とっても幸せですよ!」
ぐはっ、まぶしい!なんてまぶしい笑顔なんだ!
「そういえばね、もしかしたらケイも短い間だけどアーグルトンに来るかもしれないよ」
「……やっぱりトーフルの出来がよろしくなかったんですね」
「うん。まあ、あいつの事だから、1セメスターでトーフル合格しちゃうだろうけど……。ごめん、そのケイから電話かかってきた」
「もしもし、ケイ?そっちは順調かい?」
「シュウ……お願いだ!助けてくれ!!」