僕たちの『これから』
ホテルのレセプションでタクシーを手配してからロビーへ行くと、リアとマキちゃんが仲良くソファーに腰を下ろしていた。当然僕のスペースは無いので仕方なく向かいのソファーに座る。
「タクシー手配してきたよ」
「ありがとうございます」
「ありがと、加納くん」
『リアさんと2人きりにしてくれて』というセリフが後に続くような気がした。それほど目の前の2人は仲が良さそうと言うか……イチャイチャしているように見える。美人が仲良く触れ合ってるのはいいもんだけど、ひとりは僕の好きな人で、ひとりは僕のライバルなんだよなぁ……。
そんな事を考えながら2人を眺めていると、リアの胸元を飾る一輪の花が目に入った。
「それさっきの折りばら?」
「ええ。マキちゃんに頼んだらヘアピンでブローチにしてくれたんです」
なるほど、こんな使い方もできるのか。悔しいけどよく似合っている。僕も練習して早く折れるようにならなければ!そんなことを一人心に誓っていたらホテルのスタッフがタクシーの到着を教えてくれた。
日本のタクシーに乗った事がほとんど無いから違和感を感じる事はないんだけど、アメリカのタクシーは自分でドアを開けなくちゃいけない。そしてこの国には『レディーファースト』という習慣が根付いているため、女性と一緒にいるときは男がタクシーの扉を開けることになる。まあ、全部ケイに教えてもらった事なんだけど。
その教えを活かすチャンスだとばかりにタクシーのドアに近づこうとしたら、僕のワキをさっとかすめたマキちゃんが先にドアを開けてしまった!
「リアさん、どうぞ」
「ありがとうございます」
なんとも自然な流れだ。僕が呆然と見守る中、リアは奥の席へと腰掛ける。そしてマキちゃんはリアの隣りをちゃっかりキープしてしまった!僕は仕方なく助手席に座り運転手に目的地を告げる。
タクシーが走り出すとリアがため息をつきこんな事を言い出した。
「はぁ……。私、言い過ぎてしまったでしょうか」
一瞬なんの事かと思ったが、どうやら取り巻きたちにあんな態度を取った事を今更ながら後悔しているらしい。あんなに女王様然としてかっこよかったのに。
「そんなことありません!とてもかっこよかったですよ!」
マキちゃんが即座にリアをフォローする。フォローというかこれは思ってる事をそのまま口にしているだけだな。
「リアさんが悩む必要なんてどこにもありません!」
「マキちゃん……。ありがとうございます。あなたがいつもそばにいてくれるから、私は安心してアメリカ生活を送れてるのかもしれませんね」
「そんな、言いすぎですよぉ。くふふ」
リアってば本当に言いすぎだよ。マキちゃんの声色がかつて無いほどご機嫌になっている!
「私はいつだってリアさんの味方ですからね」
あ、ここぞとばかりに手を握りやがった!ちくしょう僕だって……
「ぼ、僕もリアの味方だから……」
そう言って後部座席に手を伸ばそうした瞬間、助手席にかなりの衝撃が走った!暗くて何が起こったかよくわからないが、後ろにマキちゃんが座っている、それだけで予想がつくと言うものだ……。
「シュウ、マキちゃん、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね!」
リアが言うところの『これから』は語学研修所にいられる残り2週間の事だけじゃなく、その先のアーグルトンでの4年間のことも意味しているのだろう。
「まかせてくださいリアさん!」
「こちらこそよろしく」
これからの4年間だけじゃなく、できればそこから先の人生も——。
プルデンシャルセンターに着いたら営業時間が残り1時間を切っていた。僕だけならゆっくり見て回ることもできるんだけど、リアとマキちゃんには全く足りなかったようだ。
外出先ではいつも優雅に決めているリアが、今は僕とバドミントン勝負をするときの目つきをしている!
入り口のエスカレーターも遅しと、リアが颯爽と階段を駆け上がっていく。
「そんなに慌てて、一体何を買うつもりなの?」
「この前の騒ぎでマキちゃんのパジャマがダメになってしまったでしょ?ですから新しいものを買っておきたくて」
「リアさん!おぼえててくれたんですね!」
感動的なシーンなのかもしれないが、みんな駆け足なのでうまく決まらない。
新しいパジャマを買おうと、ブランドショップをどんどんはしごしていくリアとマキちゃん。僕がいることを忘れてしまうのか、それともマキちゃんの嫌がらせか、2人はランジェリーコーナーを駆け抜けていく。こんなのただの布切れだと念じるも、気恥ずかしさは拭えない。男に生まれた限りこれは仕方ない事だと思う。
気になるものでも見つけたのか、2人は足を止め、商品を体にあてたりしながらああでもなあいこうでもないと言いあっている。
「マキちゃんの新しい髪型は、かわいいと言うよりカッコいいんですよねぇ」
「やっぱりこういうフリフリは似合いませんよね……」
もちろんパジャマの話ね。
「ギャップを狙うならアリかも知れませんが……シュウはどう思います?」
え、そんな話を僕にふりますか!?
「アリっちゃアリだと思うけど……」
「素直に似合わないって言ったらどう?」
「いや、女の子らしくてかわいいと思うけど。あ!マキちゃんとリアなら男女のペアルックでもいけるんじゃない?」
半分イヤミ、半分本気でそんなことを言ってみる。マキちゃんに殴られるのを覚悟しながら。しかし返ってきた反応は思いもしないものだった。
「それだ!!」