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お肉様とリア様

 出てきた焼うどんのカツオブシの香りに思わずつばを飲みこむ。ここ3日ずっとTVディナーを食べてきただけに、目の前の焼うどんがキラキラと輝いて見える。


「いただきます!」


 麺を口に含んだ瞬間、ダシと醤油の絶妙なハーモニーに心を奪われる。そしてひと噛みすればわかるそのコシ、乾麺じゃない、手打ちの讃岐うどんだ!


 あまりのおいしさに一気にすすり上げたくなるが、こんなにおいしいもの、次はいつ食べられるか分かったものじゃない。とりあえず主役の麺からはしをはずして肉を味わってみる。


 う、うまい!なんだこの肉、小さいからと完全に油断していた!噛んだ瞬間ほろっと崩れ旨味があふれ出す……これは以前ケイに高級レストランでおごってもらった牛フィレ肉だ!どうしてこんな贅沢な使い方を!?


 疑問に思いシェフの方を見る。


「お気に召しましたか」

「最高です!なんでこんないい肉を使ってるんですか!?」

「当店ではシャトーブリアンをお出ししているんですが、その成型時に出る端切はぎれもやはりおいしいので、こういった形で提供しております」


 なんてこった。これが幻のステーキ・シャトーブリアンの端切れか……。端切れでこんなにおいしいのなら、本物のシャトーブリアンは一体どれだけおいしいんだろう?


「シャトー……ブリアン……」

「シュウもシャトーブリアンがお好きなんですか?よろしければ一口いかがです?」


 え!?ひょっとして、リアの目の前に燦然さんぜんと輝くお肉様がシャトーブリアンでありますか!?思わずごくりと喉がなる。


「はい、どうぞ」


 どうぞって、ええっ!?皿に置かずに直接口に!?これは漫画なんかでよく見る『あ〜ん』と言う奴ではなかろうか?っていうか関節キス!?いいの?本当に食べていいの!?


 心の中の葛藤を極力表に出さないよう、僕は努めて冷静にお肉様を頬張った。

 うまい、うますぎる……。こんなにうまい赤身肉があっただなんて……。霜降りの和牛こそ至高だと思ってたのに価値観を覆された!ああ、こんなに幸せでいいんだろうか。僕明日にでも死ぬんじゃないの?


 ハッ!こんなことしてたら実際にマキちゃんに殺される!


 恐る恐る横目でマキちゃんを見てみると、料理がまだ出てきておらず、手元の和紙で箸置きかなにかを作っている。そちらに集中していてどうやらお肉様の受け渡しには気付かなかったようだ。ふぅ……助かった。




 その後、ケイからもロブスターを一口もらったり、デザートの抹茶アイスクリームを食べたりして、とても贅沢な時間が流れていった。


 マキちゃんは食事の間もなぜかちょくちょく箸置きを作っていた。そしてようやくそれが完成したのがデザートを食べ終わった頃。って、それじゃあ箸置きの意味ないじゃん!


「ステキ……白バラですね、マキちゃん!」


 え、白バラ?よくよく見るとマキちゃんの手元には本物のバラと見まがうような白バラが完成していた。


「花言葉は『心からの尊敬』です。リアさん、もらってくれませんか?」

「これを私に?ありがとうございます。大切にしますね」


 なんてこった!何の変哲も無い和紙からバラを生み出した上に、花言葉だと!?なんとオシャレな!もしマキちゃんが男だったら危なかったんじゃないかコレ?


 リアが手元のバラに夢中になってる間に、リアの背中越しにマキちゃんが余裕のドヤ顔を向けてくる。ぐぬぬ……なんたる敗北感!


「す……すごいね、僕も見せてもらっていい?」


 僕だってばあちゃんにいろんな折り紙を教わってきたけど、目の前のバラと比べたら児戯同然だ。まあ子供の遊びなんだから当然なんだけども。


「マキちゃん、シュウにも見せていい?」

「……リアさんにあげたものですから」


 どうぞご自由にってか?僕はリアからバラを受け取りまじまじと眺める。眺めた所で折り方は見当もつかないんだけど。裏を見ると幾何学的に折り込んでいて、ティッシュのバラのように丸めただけじゃない事が分かる。


「マキちゃん、これどうやって作るの?作り方教えてくれない?」

「は?あんたにはプライドってもんが無いの?」


 プライド?そんなもの牛にでも食わせとけ。こんなすごいものが折れるならマキちゃんにだって頭を下げよう!


「お願いします、この通り!」

「パッと教えて作れるほど簡単なものじゃないから、これ」

「そこをなんとか」

「うっさい!ググれ!」


 そう言うとマキちゃんはメモ用紙に『折りばら』と殴り書き僕に渡してきた。これでググれば作り方が乗ってるってことなのかな?マキちゃんってばツンデレ〜。




 打ち上げがお開きになるとケイはすぐさまどこかへ飛んでいった。どうやらニコラに呼ばれてこれから彼女の家族に会いにいくらしい。


 考えてみるとニコラのお父さんからしたら、ケイは『幼い娘に近づくどこの馬の骨とも知れないアジア人』なわけだ。はたしてケイは無事に帰ってこられるのだろうか。考えただけで寒気がする。外国人の彼女を持つと大変ダネー。


 残されたリア、マキちゃん、そして僕の3人は、そろってショッピングに行く事になった。しかしそれを聞きつけたリアの取り巻きたちがぶーぶー文句をたれてきた!


「リアさん、私たちと買物行きましょうよー」

「なんでそいつも一緒なんですか?女子だけでいいじゃないですかー」

「荷物持ちなら私たちがしますから。ほら、加納くんも空気読んでよ」


 その文句が収まらないとわかるや、リアが笑顔で全員を黙らせる。


「今日私はマキちゃんとシュウをねぎらうためにこの会を催しました。2人が私の勉強を手伝ってくれたことに感謝してのことです。……ですから打ち上げはここで解散としましょう。よろしいですね?」


 一見相手の同意を得ようとしているようにも見えるが、これは明らかな命令だ!リアのこんな迫力のある笑顔を僕は初めて見る。さっきまでぶーぶー言っていた取り巻きたちが、今ではヘビに睨まれたカエルのように何も言えないままうつむいている。


「……それではお二人とも、プルデンシャルセンターに参りましょうか」


 女王のような微笑みでそう言い放つリアの佇まいは、まさに『リア様』と呼ぶにふさわしかった。

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