退寮ルール
「ところでマキちゃん、スカンクに餌をやってるの誰かに見られたりしてない?」
「あんたはマキちゃんって呼ぶなし!……誰にも見られてないと思うけど、それがどうかした?」
ああ、やっぱり知らずに餌やってたんだな。その点は情状酌量ポイントだよね。
「この寮には『野生動物に餌付けをしたら退寮』ってルールがあるんだよ」
「そんな!餌って言ってもカフェテリから持ってきたパンクズをあげてただけだよ!?」
うん、それは立派な餌付けだね。
「とにかくバレたらやばいから、誰かに今日の事聞かれても『突然スカンクが窓から入ってきた』とか言っておいてね」
「え?見逃してくれるの?」
マキちゃんは僕をなんだと思ってるんだ。たしかに恋のライバルがいないにこした事はないけども、ここでマキちゃんが退寮になんてなったりしたら、責任を感じてリアが一緒に辞めてしまうかもしれないだろ?それに僕としてもこんなことでマキちゃんがいなくなったりしたら寝覚めが悪い。
「マキちゃんがいないと、どこかの誰かさんが泣いちゃうからね。ところで真由子さん?」
「え、あ、ハイ?」
話しをふられると思いもせず涙ぐんでた真由子さんがきょとんとした表情で返事をする。
「この件は全部もみ消してくれますよね?」
僕の発言にリアの表情が一転、とても不安そうなものになる。真由子さんのさじ加減ひとつでマキちゃんの進退が決まってしまうのだから当然だろう。まあ、かくいう僕は真由子さんがもみ消してくれるであろう事に、ほぼ100%の自信をもっているんだけど。
「もちろん、このことは誰にも言わない!だってあなたたちは私の大切な後輩になるんだもの」
「真由子さん!」
リアとマキちゃんの感極まった声がハモる。そうか、たしかに大切な後輩のためなら真由子さんは口をつぐんでくれるだろう。僕が確信を持ったのはその点じゃなかったんだけどね。
「それにね……あの『野生動物に餌をあげちゃいけない』っていうルールなんだけど……アレができたのって、実は私のせいなの」
「えええっ!?」
だと思った。そうじゃなきゃ退寮になっていてもおかしくない真由子さんが堂々とメンターをやってるはずがない。
「私もマキちゃんと同じでね、この寮で1人で寂しかった頃、あれに餌をあげてたんだ。見た目だけはかわいいからね」
「ですよね、わかります!」
マキちゃんから激しい同意が伝わってくる。
「そんな私のせいでできちゃったルールで、あなたたちが苦しむ所は見たくないもの」
「ありがとうございます、高岡先輩……」
あ、いつのまにか真由子さんとマキちゃんの間にあった心の壁が無くなっている。初めてのボストン観光が失敗して以来、ずっと見えない壁があるかのように接していたのに。災い転じて福となすとはまさにこのことだな。……服は捨てなきゃダメみたいだけど。
あれ?そういえば……
「真由子さん、1人で寂しかったって、そのころジョージさんとはまだ付き合ってなかったんですか?」
「ああ言っちゃった……」
「ええええっ!?先輩付き合ってる人いるんですか?しかもジョージって、外人!?すごい!!」
しまった、ジョージさんと付き合ってる事は秘密だったのか。
「はぁ……。今夜はたぶんあなたたちの部屋使えないでしょうから、2人とも私の部屋にいらっしゃい。そこでいろいろ恋バナしましょ」
「やった!!」
そういえば真由子さんこういう話大好きだったっけ。いったいこの3人でどんな恋バナが繰り広げられるんだろう。
「あ、でも先輩……私、その……スカンクのガスまともに浴びちゃって……」
「においなら気にしないで。私も同じめにあった時、ある人が部屋に泊めてくれてとても助かったから」
「え!ひょっとしてそれがさっきの外人さんですか!?」
「フフ、話の続きは私の部屋でね。夏とはいえいつまでも裸でいたら風邪引いちゃう。ほら、シュウ。いつまでここにいる気?ここは女子エリアのお風呂なんだけど?」
「そ、そんな言い方されたら僕がヘンタイみたいじゃないですか!」
「ごめんなさい冗談よ」
「先輩、そいつホントにヘンタイです!さっきも私の裸のぞいたし!!」
ちょっ!せっかく退寮の危機から救ってあげたのに、恩を仇で返すかのような退国の危機!!
「あれは不可抗力で仕方なく……」
「そうよマキちゃん。あの時は私もシュウも、あなたを助ける事で頭がいっぱいだったんだから!」
「え、そうだったんですか……?」
「そうよ高橋さん。リアちゃんもシュウも、スカンクが狂犬病を持ってるかもしれないって私が教えたとたん、あなたの事を探しに寮に飛び込んだんだから」
あれ?僕はリアの事が心配で後を追いかけただけなんだけど。まあ、きっと深層心理ではマキちゃんの事も心配してたはずだ。うん。
「そうなんだ……。さっきはヘンタイって言って、その……ごめん」
「こっちこそ、裸見ちゃってごめんね」
「その事はもういいから!見たもの全部忘れて!!」
誤解が解けた後、僕は念のため、マキちゃんの部屋の窓から外に出て、その場にあったパンクズを目立たないよう処分した。これでマキちゃんが餌をやってた証拠はどこにもない。
そういえば女の子たちは外に避難したままだっけ。爆心地は相変わらず酷い臭いだったけど、他の部屋はもう戻っても大丈夫だろう。スカンクがいない事も証明されたしね。
僕はそのまま寮の外をぐるっと回って、女の子たちに部屋に戻っていいよと教えてあげることにした。もう時間も時間だし、いつまでもパジャマのまま外にいるのはかわいそうだ。
「みんな、もう戻っても大丈夫、だよ……?」
あれ?どうしたんだろう?なんだかみんなの視線が妙に冷たい。そういえばさっき真由子さんを泣かせたみたくなってたっけ。
僕の言葉に答える事も無く、女の子たちはヒソヒソ話をしながら自分たちの部屋へと戻っていく。
「……ホント、あいつ女の敵だよね……」
どうしてこうなった!?