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スカンクの臭い

 僕は目についたバドミントンのラケットを引っ掴むと、即座にリアを追いかけた。どうせマキちゃんの事が心配で何も考えずに部屋につっこんでるんだろ!?お前まで攻撃されたらどうすんだよ!


「マキちゃん!いる!?開けるからね!」


 リアがドアを叩きながら必死に呼びかけているのが聞こえる。


「リア!中にスカンクがいるかもしれない!これを!」


 持ってきたラケットをリアに放り投げる。ラケットをキャッチすると同時に部屋に飛び込むリア。僕もすぐあとを追う。真由子さんは連れ戻せって言ってたけど今はそんな事してる場合じゃない!


 部屋に入った瞬間、異臭の壁に鼻をぶん殴られた!先行したリアはむせてほぼ無力な状態に。真っ暗で何も見えないが、リアの腕を引っ張って僕の後ろに隠す。スカンクめ!死なばもろとも、かかってこいやっ!


 ……あれ?なんか静かだな?


 僕は右手でリアをかばいつつ、左手で照明のスイッチを探す。部屋の構造は僕の部屋と変わらないのですぐに明かりがつく。緊張しながらスカンクの襲撃に備えるが、部屋には猫の子一匹いない。


「強烈な臭いがしたからスカンクに攻撃されたと思ったんだけど……ひょっとしてこの臭さでも残り香?」

「マキちゃんは?マキちゃんはどこ!?」


 姿の見えないマキちゃんにリアが軽くパニックに陥っている。


「落ち着いて、とりあえず携帯ならしてみたら?」


 その手があったとばかりに急いで電話をかけるリア。


 それにしてもこれはいったいどういうことだろう。においの濃さからして明らかに爆心地はここだ。なのに被害者・加害者両名ともに不在。ベッドの下にスカンクが隠れている場合も考え、リアの落としたラケットを構えながら覗くも、結局何もいなかった。

 臭いに耐えられず2人で廊下に出ると、奥の方から携帯の着信音が聞こえてきた。


「この着信音はマキちゃんです!」


 とっさに駆け出したリアのあとについて、僕も音の聞こえる方へと走る。音は僕の知らない部屋から聞こえていた。


「マキちゃん!そこにいるの?大丈夫!?」

「え、リアさん!?」


 扉の奥からマキちゃんが顔をのぞかせる。って、なんで裸なんだよ!?


「うぎゃああああああああ!?」


 僕に気付いたマキちゃんがものすごい勢いで扉をしめた!


「なんであんたがここにいるの!?」

「そんなことよりマキちゃん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃないです!!」

「えええっ!?そんな、早く救急車を!!えーっと1・1・9……」


 それじゃあどこにもつながらないよ。アメリカの救急車は逆の9・1・1だ。パニックになると人はこんなに判断力が鈍るのか。


「高橋さん、大丈夫?どこか噛まれたり——」

「だからなんであんたがここにいるの!?最悪なんですけど!!」

「はいはい、僕は最悪でいいからちょっと聞いて!」

「すぐに女子エリアからで出てって!」


 ああ、もう。これじゃあ話もできやしない!


「マキちゃんが答えてくれないならリアが救急車呼ぶよ?それでもいい?」

「は、救急車?たかがスカンクのおならで……」

「スカンクはレイビーズ、つまり『狂犬病』の感染源になることがあるんだ。狂犬病って知ってる?」

「え、それマジなの?おなら浴びただけで狂犬病になっちゃうの?」


 あ、そのへんどうなんだろう?犬の場合ならかみ傷や引っ掻き傷が原因になるって言うけど……


「大丈夫、おならでは狂犬病にならないわ!」


 いつのまにか僕の後ろに真由子さんがやって来ていた。ものすごく調子悪そうなのに、もう一本のラケットを持って勇気を振り絞ってきてくれたんだろう。


「噛まれたり、引っ掻かれたりしてない?大丈夫?」

「……大丈夫だと思います。ハイ、平気です」


 その言葉を聞いた瞬間、リアの腰が砕けてその場にしゃがみ込んだ。


「よかった……」


 リアの眼から涙があふれ出す。よっぽど心配だったんだな。


「え?何がどうなってるの?」


 知らぬはマキちゃんばかりなり。僕はマキちゃんに現状をかいつまんで説明してあげた。


「うそ……そんなことになってるの?うわぁ、みんなに迷惑かけちゃった……」

「そういやスカンクはどこ行ったの?ひょっとして寮内に逃げ込んだ?」


 僕の言葉に真由子さんが硬直する。


「それは大丈夫。窓から出て行ったから」

「やっぱりあの部屋が爆心地だったんだ。なんで部屋にスカンクが?」

「それは——」


 話をまとめると、しばらく前から夜一人きりになってしまったマキちゃんは、寂しさを紛らわすためにかわいらしい動物に餌やりをしていた。ところがここ数日は、リアとテスト勉強をするようになって餌やりを忘れていた。そして今日また一人きりになったマキちゃんが餌をあげようとしたら、窓から動物が侵入してきたとの事。


「スカンクだってわかったのはあの臭いを嗅いでからだったの……」


 はぁ、そんなに寂しい思いをさせていたのか。1人へやでスカンクに語りかけるマキちゃんを想像し目頭が熱くなる。


「ごめんなさいマキちゃん!あなたに寂しい思いをさせてしまって!」

「リアさん、謝らないでください。全部私のせいなんですから……」

「そんなことない!マキちゃんの気持ちに気付いてあげられなくて本当にごめんなさい!」

「リアさん……」


 イイハナシダナー。これが恋のライバルじゃなかったら心を込めて言えるんだけど。


「ところで高橋さん」

「なんですか、高岡さん?」

「その……あなたが着ていた服なんだけど……」

「ああ、さっきから洗ってるんですが、全然臭いが落ちなくて」

「私もスカンクに襲われた事があるんだけどね、その臭いは落ちないから捨てた方がいいわよ」

「そんな!!」


 ドア越しにマキちゃんの悲壮感あふれる声がする。


「せっかくリアさんとお揃いのパジャマなのに……」

「マキちゃん、パジャマはまた一緒に買いに行けばいいわ。あなたが無事なら私はそれだけで十分!」

「リアさん……」


 イイハナシダナー。

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