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リスとイタリア少女

 午後3時、授業が終われば後は基本的に何をしても良いことになっている。留学生集団は初めの2、3日こそ大人しく図書館で宿題を片付けたり、カフェテリアでお茶を飲んだりしていた。しかしタクシーの呼び方を覚えた途端、授業が終わると同時に数台のタクシーを学校に呼びつけ、ボストンの街へと繰り出すようになっていた。


 一方僕はと言えば、タクシー代を払う余裕がないうえに、留学生集団から無視されていたので、まだ1度もボストンへ行ったことがない。だから真由子さんの提案してくれた週末のボストン観光が楽しみで仕方なかった。


 といっても週末まではまだ時間がある。さて今日は寝るまでの時間をどうやって過ごそうか。

 そんなことを考えながら森の小径を歩いていると、1匹のリスがこちらに背を向けて地面に座り込んでいる。いつもなら3m以内に近づけばあっという間に逃げていくのに、今日はあと1mの所まで近づけている。

 ちょっとしたチャレンジ精神でどこまで近づけるか試してみた所、なんとリスの真後ろに座れてしまった。手を伸ばせば届く距離である。どうやらリスは頬袋の木の実を地面に埋めるのに脳のメモリを全て使っているようだった。


「ヘイ、シュウ。そこで何してるの?」


 いつものテンションでニコラが元気に話しかけてきた。あ、これはさすがに気付かれるかな?と思ったら、リスはまだ木の実を埋めるのに手こずっている。お前の野生はどこに行った?

 ちょいちょいと手招きしてニコラを隣りに座らせる。リスに気付いたニコラは思わず歓声を上げそうになるが、自分で自分の口をバッと塞ぐ。『どういうこと?』と訊きたげに僕とリスを交互に見るニコラの目は好奇心で輝いていた。


 目の前で揺れるモフモフ尻尾。その誘惑に逆らえなくなったニコラが、おもむろにリスの尻尾を掴んだ!リスは「ギャ!?」っと悲鳴を上げるとニコラの手をかいくぐり、あっという間に森の奥へと逃げていく。


「あ〜〜〜!!クッソカワイイ!!何アレ?どうしてリスが逃げなかったの?ひょっとしてシュウが何かした!?」


 ニコラの目には僕が動物使いにでも見えたのだろうか。もちろん僕は何もしてない。リスが冬のためにエサを蓄えてたのをそっと見ていただけだ。


「だとしてもすごくいい経験ができたよ、ありがとう!」


 そう言って微笑むニコラをついまじまじと見てしまう。同じ授業で知っているはずなのに、森の中で見るニコラはまるで別人かと思うほど美しかった。その金髪はまるで木漏れ日を吸収し自ら光っているようにさえ見える。まるでファンタジーに出てくるエルフのようだ。


「ニコラは……このあと何するの?」

「うーん、まだ決めてないよ。シュウは?」

「僕もまだ。きみは普段この時間は?」

「えーっと、ランニングしたりジムで運動したりしてるかな」


 おっと、このエルフは案外活動的なんだな。


「シュウも一緒にどう?男らしくなれるよ」


 あれ?遠回しに男らしくないって言われてる?……たしかに暇を持て余してる僕には魅力的な提案なんだけど、あまりに激しい運動をすると夜中の空腹に耐えられないかもしれないので、僕は丁重にお断りした。


「えー、一緒にやろうよ、つまんないよぉ!」


とニコラがだだをこねる。「お前一体何歳だよ」と言いかけるが、レディに歳を訊くのは御法度だとケイに教えられていたので、なんとか質問を飲み込んで別なことを訊くことにした。


「普段は誰とやってるの?」

「一人だよ。いっしょに遊んでくれる人いないし」


 なんてこった。ここにも僕と同じぼっちがいた!


「イタリア人は私一人だけだからかな。あんまり友達いないんだよね」


 『あんまり』と言っているが、この様子だと『ひとりも』かもしれない。よし名誉挽回、僕の男らしい所を見せてやろうじゃないか!


「ニコラ!」

「何?」

「……僕と……友達にならないか?」


 よし言えた!あれ?日本語で言うよりも英語の方が言いやすいかも。そもそも僕は今まで自分から「友達になろう」なんて言ったことあったっけ?


「ねえシュウ。私たちもう友達だと思ってたんだけど……」


 そうなの!?つまりさっきの『あんまり』の中に僕が入ってたんだ。せっかく勇気を振り絞って言ったのに。


「まあ、せっかくだから私も言っておこうかな。友達になろう、シュウ」


 こうして僕たちは国を越えた友達となった。

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