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死に顔がニヤついていましたよ?

 僕は舞台の中央で寝そべるリア様の上半身を抱え起こし、客席に通る大きな声でささやく。


「ああ、リア!君の美しさがまるで旗のように、未だ君の唇と頬を赤く揺らめいている」


 まったく、シェイクスピアはどうやってこんなセリフをひねり出したんだろうな。女性の美しさを旗に例えるなんてスーパー紳士にだってできっこない。


 僕の腕の中にいるリア様の顔をまじまじと見ていたら、薄目を開けてこちらの様子をうかがっていた。ここで恥ずかしがったらリア様の思うつぼだ。僕は自分のセリフを最後まで演じきり、台本どおり毒をあおって自殺した。


 さあ、ここからはリア様の番だ。仮死の薬の効果が切れて目を覚ます……はいっ!


「シュウ……私の夫はどこにいるの!?」


 おお、これはなんとも……自分でセリフを喋るぶんには問題ないけど、自分に向けて喋られたセリフにはグッと来るものがある。

 さあ、リア様その調子でどんどん進めていって!……あれ?次のセリフは?


「やましいおもいでやってません?」


 素のリア様が死体として寝転がる僕に訊いてきた。目を開けるとリア様の顔が息のかかりそうな距離にある!劇中なら問題ないけど素でこの距離は恥ずかしい!


「本当にこういう練習法があるんだってば!」


 後ずさりながらリア様との距離をとる。


「ほんとですか?なんだか死に顔がニヤついていましたよ?」


 やばい、自分のシーンが終わったと思って油断してた!


「そういうリアだってずいぶん恥ずかしそうだったじゃないか」


 見てなかったから適当に言ってみたけど、どうやら図星だったらしい。リア様が顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「恥ずかしいってことはそれだけキャラクターにしっかり感情移入したって事でもあるんだから。そこから理解を深める事によって、よりリアリティーのある演技ができるようになるんだよ」

「……わかりました。さあ、もう一回です!」




 演劇の稽古が終わると劇場が閉まるまで控え室でトーフルの勉強をした。ここなら誰にも邪魔される事がないから都合がいい。それにしてもリア様のスタミナは天井知らずだな〜。


「そろそろ閉まるから切り上げて出ようか」


 2人きりで劇場に閉じ込められる所を妄想するが、そんなことになったらこの暑さで倒れてしまうだろう。リア様のためにもそんな事態だけは避けたかった。


「もう少しやっておきたいんですが、どこか勉強に集中できる所はないでしょうか?」


 それなんだよな〜。学校の施設はジム以外は同時に閉まってしまうし、寮の談話室は僕たちだけの物じゃないので騒がしくされても文句は言えない。どこかいい勉強場所がないものか……。って、僕はもうその場所を知ってるじゃないか!


「いいところあった!」

「本当に?では案内してくださいます?」


 でもどうしよう。リア様が気に入ってくれるといいんだけど……。




「ここは……チャイニーズレストランですか?」

「うん。台湾出身のおばちゃんがやってるお店だよ。ここのチャーハンは絶品なんだ」


 僕がリア様を連れてきたのはもちろんおばちゃんのお店だ。思えば僕がトーフルに合格できたのはここで真由子さんと勉強できたのがすごく大きい。


「私、別に晩ご飯を食べにきたわけでは……」

「いいから、さあ、入って」


 あ、そうか。きっと真由子さんもジョージさんと勉強するためにここに来てたのかもしれない。ひょっとしたらここで勉強する事がアーグルトン生のかくれた伝統になったりして。なんて事を考えていたら、見知った顔がふたつ、僕たちに先んじてトーフル対策をおこなっていた。


「あっ、リア〜!」


 リア様に気付いたニコラがこちらにすっとんできた。


「ニコラ〜!こんな所でどうしたんです?」

「ケイにトーフルの勉強を教えてあげてるんだよ」


 知らない場所に少し怯えていたリア様だったが、お気に入りのニコラを見つけてご満悦のご様子。僕とケイはというと、なんだかお互いに気まずくて視線が泳ぐ。教える側と教えられる側という立場の違いはあれど、考える事はいっしょだったってことだ。


「私もシュウに教えてもらいにきたんですよ」


 リア様はそんな僕らをよそに、ニコラとの会話に花を咲かせている。


「おそろいだねー。なんならリアにも私が教えてあげようか?」

「ニコラはトーフル満点だったんですよね。頼もしいですわ」


「……おい、ケイ、どういうことだよ」

「それはこっちのセリフだ。何でおまえらまでここに来るんだよ?」

「仕方ないだろ、2人きりで勉強できる所ってなかなかないんだから!ケイはひとり部屋なんだからニコラを連れ込めばいいじゃないか」

「おい、そんな人聞きの悪い事言うなよ!あの部屋で2人きりになんてなったら理性が保てなくなるだろうが」


 はぁ、全く何を言ってるんだか。この前だって2人きりでカレーを食べたんだろ?ちゃんと理性を保てて……あれ?ひょっとして……


「おまえらのファーストキスって僕がカレーを作ったあの日?」


 どうやら図星だったらしい。焦ったケイが僕の口を封じにかかる。ええい、鉛筆で真っ黒になった手で顔に触るな!


 僕たちがこっそりもめていると、リア様は課題の続きを広げてニコラと仲良く勉強を始めてしまった。


「おい、こんなところでもめてる場合じゃないぞ、ケイ」

「ああ、その通りだな、シュウ」


 僕たちは一時休戦し、それぞれのパートナーと向かい合った。


「リアは何か食べたいものある?」

「……そうですねぇ、北京ダックは置いてありますか?」


 多分置いてありません!


 リア様は僕のすすめたのチャーハンコンボをおいしそうに食べてくれた。ケイといいリア様といい、上流階級にも通じるおばちゃんの腕前を僕は誇らしく思う。


 ご飯を食べ終えた僕たちは、閉店時間までトーフルの勉強にいそしんだ。他のお店でこんな事やってたら怒られるかもしれないけど、おばちゃんはいつも笑って僕たちを見守ってくれている。


 語学研修所を卒業してもおばちゃんの店にだけは絶対通いたいなぁ。

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