プレゼントと特訓
リア様を部屋まで送り届けたところで大事なことを思い出した。
「あ、オーディションの練習するの忘れてた!」
「そういえばボストンから帰ったら一緒にやる約束でしたよね」
あれ?そんな約束してたっけ?
「それではどこで練習しましょう?談話室でよろしいですか?」
「もう遅いから劇の練習とトーフル対策は明日から始めよっか」
僕はリア様からこれまでのプリントを預かり、明日からに備える。
「それでは加納先生、明日からよろしくお願いしますね」
「こちらこそお相手よろしくお願いします。リア=キャピュレット嬢」
そうだ、もうひとつ大事な物!
「今日の記念に、これをリアお嬢様に」
僕はそう言ってポケットから小さなギフトバッグを取り出した。
「私にですか?たしかガラスの星条旗でしたっけ?」
それはとっさにごまかしただけだ。さすがに好きな子にガラスの星条旗は贈らないよね。
「とりあえず開けてみてよ」
「まあ、キレイ……ガラス製のウミガメですね!」
よかった、リア様の表情から察するに突き返されるような事はなさそうだ。
「リアが水族館で僕にフォトフレームくれただろ?そのお返しと今日の感謝をこめて」
「でもどうしてウミガメなんですか?」
「ん?リアが水族館で一番はしゃいでたのがウミガメだったから」
ウミガメを見つけたときのリア様といったら、子供のように目を輝かせていたっけ。
「は、はしゃいでなどいません!私はべつにこんなもの——」
「あれ?気に入らなかった?そしたら無理して受け取らなくてもいいけど……」
高校のとき好きな子に渡したプレゼントをそのまま突き返されたトラウマが突然よみがえる。やっぱり僕ってプレゼント選びのセンスがないみたいだ……。
「あぁっ、その、とても気に入りましたわ!ありがとうございます。大切にしますわね」
あちゃあ、リア様になんか気を遣わせちゃったかな……。
シャワーを浴びて一日の垢を落としパンイチでベッドに横たわる。なんだか今日の疲れが一気に押し寄せてきた。それにしてもどうして僕はこんなに間が悪いんだろう……。ああ、明日からどんな顔してリア様に勉強を教えればいいんだか。
僕がモンモンとしているとルームメイトがいらついた声で話しかけてきた。
「おい、さっさと服を着ろ、見苦しい!それと携帯がうるさくなってたぞ!部屋で使うときはちゃんとマナーモードにしておけよな!」
くそ、言い返したいのに正論ばっかりで何も言い返せない。せっかくの素敵な1日のしめがこんなことになるなんて、僕、何か悪い事でもしたかな?
ケータイをマナーモードに切り替えようとのぞいたらリア様から一通のメールが届いていた。
「先ほどは素敵なプレゼントをありがとうございました。私とっても嬉しかったんですよ。売り言葉に買い言葉であんなことを言ってしまいましたが本心ではありませんからね。
それでは明日からいっしょに頑張りましょう。おやすみなさい」
添付された画像にはてのひらの上にガラスのウミガメを乗せてピースするリア様が写っていた。やばい、なんてかわいいんだ!あ〜〜!これこそ素敵な1日にふさわしい終わり方だよ!
「お、おい、何をくねくねしてるんだ!さっさと服を着ろ!」
おう、悪い悪い。まあ、そうかっかするなよ。世の中楽しい事で溢れてるんだからさ!
翌日の日曜日は1日中リア様といっしょだった。ただし浮ついた雰囲気はどこにも無く、大学合格とオーディション合格のために1日中英語付けになっていた。
「リア、よく考えたらさ、もし受からなかったとしてもアーグルトンなら語学研修生として通うことができるよ」
「そんなことなら私は潔く今の大学に進みます。これは私が自分に課した挑戦なんです!もしシュウが手伝いたくなかったらやめてもらってかまいませんから」
もちろんそんなわけがない。僕はリア様のプリントから苦手を探し出し、教える作業へと戻った。
オーディションの練習は劇場の鍵を借りて本番さながらにやることができた。アーグルトンほどではないにしろ立派な劇場でやる練習に思わず力が入る。
「すごい、本物の舞台俳優のようですね!」
昨夜は嬉しくて眠れなかったので、僕はロミオのセリフをだいぶ暗記してきた。その一節を披露したらリア様が手放しで褒めてくれた。演劇部に入っててよかったと心から思う。
「おほめにあずかり光栄です。でも声量があるだけで、これじゃあ演技とは呼べないよ」
「演劇に関してはずいぶんストイックなんですね」
演劇以外ではそんなにゆるく見えるのかな?
「まあこんなかんじでストイックに演出やってたらものすごいバッシングを浴びせられたけどね」
「どうしてそんなことに?」
「……演劇部にも体育会系部活動と同じように大会があってさ、それをどんどん勝ち上がっていくと全国大会まで行けるんだよ」
「へ〜知りませんでした!」
「うちの学校は無名だったけど、僕が3年のときには県大会までいけてさ、うまくやればそのうえの中部大会、もしかしたら全国にも行けるかもしれなかったんだ。ちなみに全国大会の様子はテレビで放映されるんだよ」
「まあ、それは力が入りますね〜!」
うん、みんながリア様みたいなひとだったらきっとうまくいったんだろう。
「それで結果はどうなったんですか?」
「惨敗だよ」
「どうして!?」
「大会を目前に3年生がみんな辞めていったんだ。『お前にはついていけない。全国に行きたいなら一人で行ってくれ』ってね」
「そんな……」
「だからもし僕が無茶な要求したらさ、リアも無理って言ってね。このオーディションも、トーフルの勉強も。僕は熱が入るとどうも暴走しちゃうみたいだからさ……」
そう、僕はこの『空気が読めない』『空回りする』というふたつの呪われたスキルによって日本では散々な日々を過ごしてきた。自分が熱くなればなるほど周りが冷めていく感覚……。
もうあんなのはまっぴらごめんだ。リア様の前では絶対にやらかしたくない。
「シュウの部活仲間がどんな方達だったかは知りませんが、それって今の私からしたらむしろ歓迎すべき事ですよ。いくらでも厳しくしてくれて結構です。それで合格点が取れるなら安い物ではありませんか!」
なんてこった。こんなところに僕の理想をぶつけられる相手がいた!
「僕の特訓は厳しいよ?」
「私のスタミナは知ってますでしょ?私はまだ1度もバドミントンでシュウに負けてないんですから」
リア様がすべてを笑い飛ばすように僕を挑発してくる。
「ほら、どんな特訓をするんですか?腹筋ですか?」
「長い目で見たらおなかまわりの筋肉を鍛えるのは重要だけど、本番までもう時間がないからね。これからは今ある筋肉でどうしたら上手に声が出るか勉強していこうか」
「はい、先生!」
こうして劇場には遅くまで僕たちの声が響いていた。